映した鏡

はんぺん

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君の辛さは分からないから⑤

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 恥ずかしがりの彼なりの精一杯なのか、身体には一切触れず声も出さず、救急箱のガーゼを使っているのがなんとも可笑しく愛らしい。そういう感情を自認出来てくると、ようやく涙が引いてきた。そして涙が完全に止まって、尚も懸命にガーゼを構える古城さんに私は何とか微笑みかけた。
 面倒な奴、情緒不安定なメンヘラ、そんな風に思われていないかという私の心配を余所に、彼は大きく息をいてあの笑顔を見せてくれた。

 尚も自分の感情の揺れ動きが分からない。だけど少なくとも、泣いていた事を恥ずかしがる事くらいは出来るようになっていた。今度は私が顔を真っ赤にして、明後日を向くことになった。自責自嘲をする余裕が無い。
 いつの間にか日が落ちていて、中庭の灯りだけが微かに此処を照らす。時間の流れが曖昧で、一度閉ざした口は開けるタイミングを失った。

「……髙橋の辛いことは高橋だけのモノだ。それは俺には分からないし、理解なんて出来るわけない」

 古城さんが口を開いた。恐る恐ると。
 そもそも治療だけをしに来た彼が私に気を使う必要は無いのだから、とても申し訳ない気分になる。しかしその内容は気を遣っている割には突き放したようで、寂しくて胸が苦しくなる。言ってることに間違いはない、けれど……。

「……だからこそ、どれだけ悲しんだって辛くて弱音吐いたって、大袈裟なんて事無いんだよ」

 ゆっくりと言葉を選んで、少し恥ずかしそうに古城さんはそう続けた。何故だか頭が真っ白になって、また目が潤んでくる。

「髙橋にしか、それを大事に出来ないんだ。
聞いて欲しければ聞いてくれる人に話せばいい。それで都合の悪い言葉や考えは無視すれば良い。自分を責めるくらいなら誰かのせいにしちゃえばいい。
自分が無くちゃ優先する他も無いんだから、自分か他人か、優先順位なんて考えるまでもないだろ?」

 黙って、唇を固く結んで、私はコクリと頷いた。緊張して少し早口になった古城さんの言葉は、懸命さが伝わってきてとても容易く受け容れられた。 
 私達は今さっき邂逅したばかりの真っ赤な他人で、古城さんは私の事もその悩みも知らない。だから彼の言葉には私の理解は含まれず、ただ私の辛さを認めて赦してくれた。なんの解決にならなくても、今の私を認めてくれた事が堪らなく嬉しかった。

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