映した鏡

はんぺん

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君の辛さは分からないから⑥

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「言っといてなんだけどさ、そう鵜呑みにするなよ。初対面の人間の言葉なんだから話半分で聞くんだぞ?」

 私の表情を見て、殊更恥ずかしそうに古城さんはそう言った。確かに友人達の言葉より何故か彼の言葉を受け容れてしまっている。多分それは彼自身の言葉の凄みというよりは、の言葉だからという部分が大きい気がする。安全圏からではなく、共有は出来ずとも進行形で痛みを抱える同士だから。

「分かってます。都合の良いところだけ受け取りますから!」

 捻くれた考えだとは思うけれど、それすら古城さんなら認めてくれる気がした。受け取った言葉のほとんどが、私がしていた自責を諭すようなモノ。理解できるわけ無いとは言っていたが、まるで心を透かし見られたようだった。
 自分で思うより遥かに私はちょろいのかもしれない。

「……まあそれで少しでも元気になったなら良かったよ」

 はにかみ微笑んだ古城さんに満面の笑みを向けて、照れてそっぽを向かれてまた沈黙が生まれた。言いたい言葉は山程あったが、私はどれも選べずにいた。それに、さっきと違って静かな時間も私を追い詰めない。今は何だか無敵の気分だ。

 しばらく無言を噛み締めて、長いような短いような曖昧な時間の後、古城さんがスッと立ち上がった。

「じゃあ帰るよ。入り口の鍵閉められてもまずいし、髙橋もほどほどにな」

 床に置いていた鞄を私に背を向け掲げてそのまま来た道を帰っていく。何も言えないまま古城さんの背中は遠ざかっていく。距離が離れるほど心に張られたバリアも弱くなっていくようで、だから私は彼の背中を追った。

「私も帰ります。ここまで暗いと校舎って何だか不気味じゃないですか」

 すぐまた離れて、何の意味もないのは分かっている。ただこの時間を逃したく無かった。
 言いたいはずの無数の言葉は胸に収めて、どうでもいい文字の羅列を紡いで。口にした言葉以外伝わらない事が怖いから。

「そう言われると気味悪くなってきた……。じゃあバレないようにさっさと帰るか」

 この他愛も無い会話がずっと続いてくれないかな。何の進展も解決も無くていい。続いてくれるなら、それが一番に思える。

 微妙な距離感で並んで歩いて、バニラ味のようなありきたりな話をして、気付けば自転車置き場に着いていた。
 古城さんは電車だからと、手を振ってまた私から離れていく。今度はただ見送った。「さよなら」と手を振り返した。引き留めたりついていく事が意味を生みそうだったから。

 これからはまた家に帰って現実に戻る事になる。良いか悪いかは別として、家庭の憂鬱より夢から覚めたような寄る辺ない虚無感が大きく心を埋めていた。
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