映した鏡

はんぺん

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同じじゃない、同じでいたい

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 明けない夜は無い。止まない雨は無い。なんて陳腐な言葉で慰めるんだろう。今ある事実を他の事柄に当て嵌めて例えるだなんて、一体どこの馬鹿が始めたんだろう。暗い感情は夜じゃない、辛い気持ちは雨でもない。友達や私自身が当たり前のように使っていた比喩は、どうやら相手の為でなく自分に酔いしれるだけの手段みたいだ。
 今ある事実はそれ以外の何物でもない。私を見て。他の何かじゃない、求めてるのは共感じゃない。その感覚は私のものじゃない。

「最近また笑うようになったよね。落ち着いてきたみたいでよかった」

 ほら、見てくれるのは外だけだ。人は人を通して自分を知る。相手に自分を重ねて言葉を綴る。いわば鏡のようなもの、その裏側をわざわざ覗く人なんてそうはいない。私の表面に貼り付いた結果だけ見て、私自身の事なんて置き去りだ。
 
 最近、確かに普段どおり振る舞えるようになってきた。私がわがままに、言い換えれば図々しく相手に求めるようになったからだ。口にしはしないが、自分を卑下せず気に入らなければ相手の対応のここがダメだなと思うようになった。
 勿論普段私が確りと振舞えているかというとそうではない。思い返せば私が今されて辛い事を人にも多々していたような気がする。本当に私は都合がいい。その事実すらも「人間はみんなそんなもの」だと責任放棄してしまうのだから。

 今も友達の話を聞いている。私に対する所感や他愛も無い話を。引っかかるところはあっても楽しいと思える。その心配を嬉しいとも思える。笑えるし、ふざける事も出来る。まだ解決にも終着にも親の話は至っていないけど、少しは目を瞑れるようになった。
 ただ、自覚出来るくらいに上の空だ。自分の興味以外への感度が格段に鈍って、そのおかげで嫌な事実から目を背けやすくなっている。


 また古城さんと話したい。昼休みと放課後、毎日二回は友達を心配させない程度にあの物置へ足を運んだけれど、二週間一度も会わなかった。
 最初は何となくだった。また話したいな、と。その内会えないまま気持ちだけが積もり、あの日のたった数十分がずっと頭から離れない。今古城さんが現れてネズミ講の話を始めても諸手を挙げて入会する自信がある。それくらいあの日救われた存在を盲信していた。
 ほら、私だっておんなじだ。結局はあの日の溢れた感情を信仰しているだけで、古城さんを分かろうとなんてこれっぽっちもしていない。だけどあの人ならそれも認めてくれる気がする、古城さんなら。

 知らないからこそ盲信できて、気になって仕方なくて、そのおかげで苦痛な現実から目を逸らせるから余計ありがたくなる。故に想いは募るばかりだ、膨れ上がった期待が現実との齟齬を起こす事の心配なんて微塵も無い。
 会いたい。探して会いに行くのではなく、あの場所で彼も私の存在を意識して。そうして、あの出会いは特別だと感じたい。
 
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