紡いだ言葉に色は無い

はんぺん

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故に彼女は同棲を求める

新納想佳

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「はぁ?」

 きつい表情をしていた彼女は一転して表情を弛め素頓狂な声をあげる。
 しかしその府抜けた顔ですら底知れぬ感情が秘められている気がして、恫喝されているよう。破顔してみせるが、小さく、速く、俺の呼吸は小動物の心拍のように不安定でいる。

「お前の名前は宍戸 夏樹。これは間違ってないわね?」
「え……そうだけど」

 あまり人の目を見て話さない俺と違って彼女は怖いほどに目を合わせようとしてくる。前も同じだった、だからあまり人の顔を覚えられない俺でも彼女の顔だけは覚えている。

 つり目ぎみの不機嫌そうな眼、長いまつげ、肩にかかる濡烏の髪にそれに対比するかのような白さの肌。顔も各パーツ整ってると思うし、不機嫌そうなところ以外は有り体な肯定的表現を大抵備えている美人だ。
 髪型を現代風にアレンジした不機嫌大和撫子、ってところ。

 そういえばあのときも今と同じ様に、俺の斜め前に立ち、片手を机につき腰を折って顔を近付けて話し掛けられた。
 あそびなど一切ない鋭い台詞、測るように俺の視線を逃さない髪と同色の双眸、そして息のかかりそうなほど近くにある彼女の顔。あらゆる意味で俺には荷が重い時間。激しく脈打つ心臓はもう張り裂けてしまいそうで、勿論そこに肯定的な要素など一つもない。

「このクラスに属する人間はその中で協調性を持つべきよね」
「そりゃ……まあ」
「宍戸 夏樹はこのクラスに属する人間よね?」
「じゃなかったらここに居ないからね」
「つまりお前は私の名前を知ってるはず」
「!?」

 とんだ三段論法だ。正しい用法は知らないけど多分掠りすらしない位に間違えてる。
 なんと切り返すべきか━━

「まあなんだっていいのよそんなことは。
 協調性とかクラスメイトだとか以前に、私はお前に一度名乗ってるんだから。そうでなくとも自分の一つ後ろの席の人間の名を覚えてないなんて、ホントなんなのかしら」
「あれ……そう、だっけ?」

 なんだっていいなら言わないでよ、切り返し考えちゃったじゃん……ってまあそれこそなんだっていいか。

「そうよ。まあ、お前は人の目を全く見ようとしないから、仕方無いのかもしれないけれど。
 楽だものね、逃げていれば」

 不機嫌そうに鼻をならし、折った腰を戻して彼女は俺を見下みおろした。他の誰が見ても分かるくらいに、その冷めた目は俺を見下していた。

「私は新納想佳しんのそうか
 前回どこで名乗ったかは、分かるわね?」

 彼女の静かな脅迫に俺は頷くしかなかった。実際分かってもいる。
 何故かは知らないけど、彼女と名乗る新納……もとい新納 想佳と名乗った彼女は俺のことを凄く嫌われているご様子だった。
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