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二十八話〜冷めた料理〜
しおりを挟む「私を騙そうとしても無駄です。そんな見え透いた手には乗りませんから!」
ため息を吐いた後、エレノラはそんな事を言った。
その後も「絶対に騙されません!」「食事をした後に請求してくるに決まっています!」と訳の分からない事をほざく芋娘に「私がそんな事をする人間だと思うのか」と問えば「そうとしか思えません!」と言い返されユーリウスは黙り込む。
(この芋娘は、私を一体何だと思っているんだ……)
普段なら戯言だと一蹴するが、どうにも苛ついた。
そんなやり取りを暫く繰り広げ、どうにか宥めて説得をした。
(何故、私がこんな事をしなければならない……)
疲労感を覚えながらも取り敢えず食事を始めるが、既に料理は冷めていた。
これも全て芋娘が変な言い掛かりをつけてきた所為だ。
(一体どうすれば、あのような発想になるんだ?)
……いや、考えるだけ無駄だ。何しろ相手は奇人だ。理解など出来るはずもない。
面倒だが仕方がないとユーリウスは店員を呼び、新しい物と取り替えるように言った。だがそこで何故かエレノラに邪魔をされる。
「料理が冷めてしまった事の責任は私にあります。申し訳ありません。ですが、このままでも十分に美味しいので必要ありません」
そう言って勝手に店員を下げさせた。
一瞬何が起きたのか分からず呆然とするが、店員が扉を閉めた音でふと我に返る。
「待て、この私に冷めた物を食べろと言うのか」
当たり前だが、冷めた食事などこれまで一度たりとも食べた事などない。
「はい」
だがエレノラはさも当然とばかりに真顔で答えた。
「作り直しても、時間はそう掛からない筈だ」
「違います、もったいないからです」
「だが」
「絶対にダメです!」
「……」
かなり食い気味に言葉を遮られこちらを威嚇してくる。
納得はいかないが、また先程と同じやり取りを繰り返す事になると思い今回だけは従ってやる事にする。
結局押し切られて冷たくなった料理を食べるハメになった。
「美味しい~!」
向かい側で食事を始めたエレノラを訝しげに見る。
普通ならば冷めた料理などには手を付けず、新しい物を要求するだろう。それなのにもかかわらず、エレノラはそれを拒否した挙句全く気にした素振りを見せずに食べ進めていく。
その表情は至極幸せそうだ。
これほど美味しそうに食事をする人間を見たことがない。
確かにこの店の料理は一級品と呼ぶに相応しくはあるが、流石に大袈裟過ぎるだろうと呆れる。
それにしても意外だと、眉を上げた。
落ちたパンを齧ろうとするくらいだ。食事のマナーなど壊滅的であり野生的に違いないと思っていたが……所作が綺麗だ。
「美味しいですね」
「この店は一流店だ、当然だろう」
ふと目が合うと、何となしに笑顔で話し掛けられる。
「ふふ、そうですね」
そう返事をしながらエレノラは小さく切り分けた肉を口に入れた。
食事にありつけた為か、警戒心が緩み更に機嫌がよく見える。芋娘が自分にこんな風に笑い掛けてくるのは初めてだ。
これまで顔を合わせる度に、引き攣った笑みや怒り顔、無関心な顔を向けてきた。
それに先程までは目尻を吊り上げ、あんなに五月蝿く喚いていたのが嘘のようだ。
「……」
その後も、夢中になって食事をしているエレノラを盗み見る。
芋っぽさが軽減している所為か、一介の貴族令嬢に見えなくもない。それにしてもーー
(冷めていても意外と食べれるものだな……まあ、悪くはない)
あんなに細い身体の何処に入るのかと呆気に取られた。
最終的にエレノラは約三人分の食事を平らげた。
「ご馳走様でした!」
「あ、ああ……」
テーブルの上には恐らく五人分程の料理が並べられいた筈だが、ほぼ空になっている。無論ユーリウスは一人分しか食べていない。
そんなに空腹だったのか、あるいは大食漢なのかは知らないが、どちらにせよ食べ過ぎだ……。
「あの、ご馳走様でした。とても美味しかったです。それでなんですが、残った物をお持ち帰り出来ますか?」
帰る際に呼んだ店員に、芋娘はまたとんでもない事を言い出した。
これが現実だとは思えない、思いたくない。
目眩がするようだ。
拾い食いの次は物乞い、極め付けは残飯処理……。しかもあれだけ食べたのにもかかわらず、まだ食べる気なのか⁉︎ と唖然とする。
「かしこまりました、では直ぐにお包み致します」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ユーリウスを差し置いて快諾をする店員に「勝手に了承するな!」と言いたい気持ちを抑えながら、エレノラの奇行を阻止した。
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