愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)

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「少し話さないか」

「……」

彼にそう言われるが、あの日の事が頭を過りユスティーナは警戒して距離を取る。

「信用ならないかも知れないが、心配しなくても、もう何もしない」

彼は先にベンチに腰掛けた。
ユスティーナはそんな様子を見て暫く考え込むが、彼の隣に少し間隔を空けて座った。サリヤはそんな二人を見て気を利かせた様に、リックを連れてその場から去って行った。

「驚きました。まさかレナード殿下がいらっしゃるなんて……」

「もう、殿下ではないがな」

彼の言葉にユスティーナはハッとして「すみません」小さく謝るとレナードは苦笑する。
無意識に口にしてしまったが、事件のあの日彼は王太子の婚約者を誘拐したとして罪に問われ、王族から除籍され今は平民になったと聞いている。

「あの、それでどうしてレナード様は此方にいらっしゃるんですか」

「……知っての通り、私は王族から除籍され平民となった。今は此処から少し離れた場所にある屋敷で暮らしてる。まあ、常に兄上の配下が見張っている故、殆ど軟禁状態だがな」

「軟禁……」

軟禁状態と言いながら、彼は今此処に平然として座っている。これは一体どういう事かと、ユスティーナは困惑した表情でレナードを見遣る。

「ただ見張りの目は緩いんだ。だからたまにこうして屋敷を抜け出して気晴らしをしている。まあ、兄上にはバレているかも知れないが。あの人は何でもお見通しだからな。此処に来たのは、その……単なる偶然だ。たまたま通り掛かったらリックに声を掛けられて、話を聞けば剣術を教わりたいと言ったので、成り行きで教えていただけだ」

彼はそう言って軽く笑うが、そんなレナードとは対照的にユスティーナは俯き黙り込む。不意に彼女の事が頭を過ぎったからだ。
そんな様子に気付いたであろうレナードは、ポツリポツリと話し出した。

「これも知っていると思うが彼女は…………ジュディットは二ヶ月程前に放火と殺人未遂の罪で火刑になり死んだ。彼女は三ヶ月独房で過ごしていたが、私は……結局面会には一度も行けなかった。……ただ刑の執行日、私は屋敷を抜け出して街の広場へとこっそりと見に行ったんだ。久々に見た彼女は酷く衰弱しやつれていて、真っ黒だった髪は白髪に変わり……以前の面影はどこにも無かった。…………泣き喚き死にたくないと叫び、火に包まれていく彼女をただ、私は見ていた……。最期に、彼女から呼ばれた気がして、居た堪れなくなりその場を後にした。……いや、違うな。私は最期まで見ている勇気がなくて、逃げ出しただけだ……」

レナードの言葉に、まるで自分が見ていたかの様な錯覚を覚えたユスティーナは身体を震わせた。そんなつもりは無かった。だが、瞳からは涙が溢れ出して止める事が出来ない。

「相変わらず君は、優し過ぎるな」

ユスティーナは首を横に振る。この涙の意味は自分にも分からない。ただ本当は泣いてはいけない。彼女は罪を犯した。それは命で償うしか出来ない大罪だ。あの時、もしかしたらリックやユスティーナのみならず他の子供達やシスター達すら死んでいた可能性もあるのだ……だから同情や哀れんではいけない。分かっている……頭では理解しているが、それでも涙は止まらなかった。
一頻り泣いたユスティーナは、涙を拭い「取り乱して、すみません……」とポツリと言った。

暫く沈黙が流れる。気不味く感じたユスティーナがレナードを横目で見ると彼はこちらを見ていた。その視線はユスティーナの首筋に向いている。

「それは……あの時の、火傷の痕か」

「……」

「身体はもう平気なのか?」

ユスティーナは小さく頷いた。

「私がこんな事を言える立場ではないが、君が生きていてくれて、良かった……。これで晴れて君は兄上と幸せになれるな」

「……」

躊躇いながらもユスティーナは首筋だけでなく全身に火傷の痕がある事を打ち明けた。

「ですからヴォルフラム殿下には、婚約解消を申し出たんです。でも婚約解消は認めないと仰って……。ヴォルフラム殿下はお優しい方ですから、私を哀れんでくれているのだと思うんです。でもそれではヴォルフラム殿下に迷惑が掛かってしまいます……。どうしたら良いのか分からなくて」

こんな話を彼に言っても仕方がないのは分かっている。でも誰かに聞いて欲しかった。弟やエルマ達にはこれ以上心配は掛けられないのでこんな話は出来ない。だからつい偶然出会したレナードに話してしまった。それにしても不思議なものだ。
以前までのレナードにだったら、きっと話せなかったと思う。それなのに今は、気付けば自然と口が動いていた。

「ユスティーナは……兄上が好きなんだな」

少し寂しそうに笑うレナードに、ユスティーナは戸惑い何と答えていいのか分からず黙り込んだ。

「少し、兄上の話をしよう。ヴォルフラムと言う人間がどんな人間なのか、君には知る権利がある」







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