私とお姉さんのチェアリング・セプテンバー

nanami360

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September

002 ろここ、海岸に座る

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覚悟を決めて、私はお姉さんが広げてくれた椅子に腰かけた。

その三角椅子は、思いのほか座り心地が良かった。
何よりも、見慣れた海岸で椅子に座っているというちょっとした非日常感が面白い。
砂地に直接座ることはあったけれど、こんな風に椅子を持ってきて座るなんてことは初めてだ。
ただ椅子に座っているだけなのに、何か特別なことをしているような充実感が湧いてくる。
このお姉さん、実は結構いい人かもしれない。
お姉さんへの警戒度が1段階下がった。

「この海岸いいよねー。観光地とは違う素朴さがいいよ。広さもこじんまりしていてちょうどいい。だだっぴろーい海岸だったら落ち着かないもんね。すごくいいよ。」
おお!私の好きな海を褒めてくれる!かなり嬉しい。
「あっ!わかります。私もこの海岸が好きでよく散歩に来るんです!」
思わず私も応じる。
お姉さんも、そうだろそうだろうと言わんばかりに満足そうに頷く。
うん、うん。このお姉さん話が分かる人だ。
また警戒度が1下がった。

お姉さんはビールを一口飲んで、楽しそうに海を眺めている。
つられて私も海を眺める。
風はなく、波も穏やかだ。
空には雲一つない。
なるほど、これがチェアリングか……ただ椅子に座って海を眺める。
いつも見ている海なのに、まるで別物。
また一つ警戒度が下がり、同時に心が軽くなっていく……。

悪くない……むしろすごくいい。
すごくいいんだけど……なんでこのお姉さんは私を誘ったんだ?
学校はどうした? とか、一人で何をしているんだ? みたいな事は何も言わず、ただ海を見ている。
何を考えているのか気になる……。気になりだすと、落ち着いて海を眺めてもいられない。
どうしよう……。
聞くべきか、聞かざるべきか……。
ウジウジと悩んでいると、お姉さんのポータブルスピーカーから聞き覚えのある曲が流れ出した。

Do you remember
The 21st night of September?
Love was changing the minds of pretenders
While chasing the clouds away……

「あっ、この曲知ってます。有名な曲ですよね。」
「おお!女子高生でもアースを知っているんだ。あっ、高校生だよね。名前聞いてもいい?」
名前!どうしよう……でも悪い人じゃなさそうだし、名前ぐらいいいか。
「ろ、ろここって言います。高校1年生です。」
「そうかー、ろここちゃん。可愛い名前だね。高1でもこの曲知っているかー。アースの名曲だもんなー、流石だなー。」
とお姉さんは感慨深げだ。
「アース? それが曲名ですか?」
「いやいや、違う違う。アースはバンド名。
正確には、Earth, Wind & Fire っていうんだ。曲名はSeptember。運命の人に出会った9月を『特別な月』って言って、12月に思い出している。そういう曲なんだよ。」
9月が特別な月……。なるほど、私にとっても特別だ。不登校になり引きこもり始めた、ある意味運命の月。
私の9月とは違う……。なんか泣けてきた。

いつもの海で過ごす非日常。
私の好きな海を好きだと言ってくれるお姉さん。
スピーカーから流れる美しいメロディー。
それらが混然一体となって、私の率直な思いが滑り出す……。

「あの……私の事聞かないんですか? 学校はどうした~とか、こんなところで何してるんだ~、とか……そういう事。
そのために手招きしたのかと思ってたんですけど……。」
「え~? そんな事言ってほしい? 言ってほしければ言うけど、そんな事百万回ぐらい言われてるでしょ? 今更そんな事言われたくね~ってならない?」
「ひゃ、百万は言われてないです! それに……言われたいわけじゃないですけど……普通、大人の人ってそういう事言いますよね?」
「そりゃー、ちゃんとした大人は言うだろうね。だけど私はちゃんとしてないから」
お姉さんはそんな事を言いながら、エッヘンと胸を張る。
「そもそもさー、学校さぼってぶらぶらしてるのなんて訳アリに決まってるじゃん。それがいかにもヤンキーですって格好してさ、繁華街で騒いでいたら説教でもするかもしれないよ。だけど、ろここちゃんは明らかに違うよね。そんな子に『何してるんだ、遊んでないで学校行け!』なんて言わないよ~。」
「じゃ、じゃあなんで私を手招きしたんですか?」
「ん~、ちょうどいい話し相手が来たと思ったから♥」
「へ!? そ、そんな理由なんですか!?」
「そうそう。普段はさー、釣りしてるお爺さんとか散歩してるおばさんがいるんだけど今日は誰もいなくてさー。どうしようかなー、そろそろ帰ろうかなーって思ってたらろここちゃんが来たから。これはいい酒のつまみになるぞって思ってさ。
さあ、お姉さんに現代女子高生事情を聴かせなさい!」
ああ、なんかいい人かもと思って油断してたけど甘かった。
やっぱりこのお姉さん変な人だ!
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