49 / 55
12女性が頑張る日?⑤~私たちには縁のない日かもしれません~
しおりを挟む
「ゴホン」
咳払いの音で、私たちの視線はこなでに注目する。話はまだ途中だったことを思い出す。皆の視線を集めたこなでが再び話を始める。
「部長は去年もやったことで、今年も当然やると思っていたみたい。部長と副部長の口論になっちゃって。そこで仲裁に入ったのが」
その場にいた部活の顧問だった。
「まあ、顧問が口論を止めに入るのはよくあることだと思うけど、その顧問は副部長の考えに賛成だった」
まさか、部活の顧問が副部長に賛成していたとは。父親みたいな変わり者が私の学校にもいたようだ。
「うちの顧問は、今年新卒でやってきた若い女の先生なんだけど、結構、生徒のために頑張る先生で、陸上部のユニホーム事件が秋にあったでしょ。その時に、実はテニス部にも破廉恥ユニホームの案が出ていたんだけど、それをもみ消してくれたのが、その先生なの」
そんな先生が私の学校にいるとは知らなかった。いや、その先生の存在は知っている。4月に新任の先生だと全校集会で紹介されていた気がする。しかし、そんな行動力がある先生には見えなかった。どちらかというと、気が弱そうな人の言いなりになってしまいそうな儚いイメージがあった。人は見かけによらないものだ。
「ということで、顧問が、部長の話に待ったをかけたの。それで、その話は次回の部活に持ち越しになって、その日の練習が始まったんだけど、結果が」
『悪しき風習』はなくなった。
こなでの話はこれでおしまいのようだった。話し終えると、麗華に視線を向けた。
「麗華はどうだったの?私と同じ感じでなくなったの?」
「ええと、私の場合は……」
今度は麗華が話をする番となった。しかし、麗華の話を聞くと、最初から『チョコを渡さない』という話が部長から告げられたらしい。
「陸上部では、最初からバレンタインの話は出ませんでした。とはいえ、私たち一年生の中でバレンタインはどうするのかと話題になって、それを聞いていた先輩たちに今年から、男子部員にチョコは渡さないということを聞かされました」
「きっと『バレンタインの日にチョコを学校に持ち込まない』『チョコを学校で渡さない』ことを学校側が決めたせいだわ」
「部活だけじゃないの?」
「部活だけじゃないみたい。チョコ自体、その日は持参禁止で、持参がばれたら、反省文だっていう情報が私の耳に入っている」
何気に交友関係が広い芳子が嫌な情報を私たちに教えてくれた。
『さすが進学校』
心の声が漏れてしまったが、この場にいた全員が同じことを思っていたらしい。小声ながらも、全員の声が部屋に響いた。さすが、大学進学率を上げるために頑張る学校だ。チョコ禁止にして、さらには罰則として反省文とは、つまらない学校である。
「ピロリロリン」
話しているうちにチョコブラウニーが焼きあがったようだ。陽咲が席を立ち、オーブンの中を確認するためにキッチンに向かう。両親はこれ以上、この場にいる必要はないと感じたのか、部屋を出ていった。
「なんだか、今年は二次元から最も遠いバレンタインになりそうだね」
つい、余計なことが口から洩れてしまう。そう、二次元ではバレンタインは恋人たちの神聖なイベントで、学校生活では絶対に外してはいけない大事なイベントと化している。それがまさか、学校の方からチョコ禁止と言われてしまうなんて。ここが二次元の世界だったら、戦争が起きている。
「まあ、別にいいんじゃないの。チョコは今、ここで食べればいいし。私たちに上げるような彼氏はいないでしょ」
『ハイ』
芳子の言葉に全員が気持ちよいほど元気な返事をする。今のところ、私たちに彼氏ができる気配はない。
出来上がったブラウニーが冷めるのを待っている間に、私と陽咲でお茶の準備をしてお菓子も準備する。ブラウニーの材料だけでなく、チョコレート自体も買っていた。ちょっとお高めのチョコレートだが、皆で割り勘したので問題はない。紅茶を飲み、チョコを食べながらも会話は弾んでいく。
「それにしても、どうして『女→男』っていう構図が出来上がったのか謎だよねえ」
「確かに。男女平等を掲げるのなら、おかしな話かも」
「もういっそのこと『バレンタインデー』なんて大層な名前にしないで、『女性が頑張る日』にでも改名したらいいのに」
「あながち間違いでもないのかもしれません」
「さすがにそれは頑張っている女性を馬鹿にしているみたいでやめた方がいいかも」
バレンタインデーの名前が変わる日も近いのかもしれない。
今年のバレンタインは学校にチョコ禁止ということで、出来上がったチョコブラウニーは一晩置いておくとしっとりおいしくなるとのことだったので、その場では食べずに三人には持ち帰ってもらった。
バレンタイン当日の月曜日は、私たちにとってはいつも通りの一日となったが、そこかしこで教師にチョコを没収されている、リア充たちの姿があったことは伝えておく。
とはいえ、二次元のような派手な告白大会が起きたり、下駄箱にチョコがはみ出していたりするなどということはなく、三次元のバレンタインはあっけなく終わりを迎えたのだった。
咳払いの音で、私たちの視線はこなでに注目する。話はまだ途中だったことを思い出す。皆の視線を集めたこなでが再び話を始める。
「部長は去年もやったことで、今年も当然やると思っていたみたい。部長と副部長の口論になっちゃって。そこで仲裁に入ったのが」
その場にいた部活の顧問だった。
「まあ、顧問が口論を止めに入るのはよくあることだと思うけど、その顧問は副部長の考えに賛成だった」
まさか、部活の顧問が副部長に賛成していたとは。父親みたいな変わり者が私の学校にもいたようだ。
「うちの顧問は、今年新卒でやってきた若い女の先生なんだけど、結構、生徒のために頑張る先生で、陸上部のユニホーム事件が秋にあったでしょ。その時に、実はテニス部にも破廉恥ユニホームの案が出ていたんだけど、それをもみ消してくれたのが、その先生なの」
そんな先生が私の学校にいるとは知らなかった。いや、その先生の存在は知っている。4月に新任の先生だと全校集会で紹介されていた気がする。しかし、そんな行動力がある先生には見えなかった。どちらかというと、気が弱そうな人の言いなりになってしまいそうな儚いイメージがあった。人は見かけによらないものだ。
「ということで、顧問が、部長の話に待ったをかけたの。それで、その話は次回の部活に持ち越しになって、その日の練習が始まったんだけど、結果が」
『悪しき風習』はなくなった。
こなでの話はこれでおしまいのようだった。話し終えると、麗華に視線を向けた。
「麗華はどうだったの?私と同じ感じでなくなったの?」
「ええと、私の場合は……」
今度は麗華が話をする番となった。しかし、麗華の話を聞くと、最初から『チョコを渡さない』という話が部長から告げられたらしい。
「陸上部では、最初からバレンタインの話は出ませんでした。とはいえ、私たち一年生の中でバレンタインはどうするのかと話題になって、それを聞いていた先輩たちに今年から、男子部員にチョコは渡さないということを聞かされました」
「きっと『バレンタインの日にチョコを学校に持ち込まない』『チョコを学校で渡さない』ことを学校側が決めたせいだわ」
「部活だけじゃないの?」
「部活だけじゃないみたい。チョコ自体、その日は持参禁止で、持参がばれたら、反省文だっていう情報が私の耳に入っている」
何気に交友関係が広い芳子が嫌な情報を私たちに教えてくれた。
『さすが進学校』
心の声が漏れてしまったが、この場にいた全員が同じことを思っていたらしい。小声ながらも、全員の声が部屋に響いた。さすが、大学進学率を上げるために頑張る学校だ。チョコ禁止にして、さらには罰則として反省文とは、つまらない学校である。
「ピロリロリン」
話しているうちにチョコブラウニーが焼きあがったようだ。陽咲が席を立ち、オーブンの中を確認するためにキッチンに向かう。両親はこれ以上、この場にいる必要はないと感じたのか、部屋を出ていった。
「なんだか、今年は二次元から最も遠いバレンタインになりそうだね」
つい、余計なことが口から洩れてしまう。そう、二次元ではバレンタインは恋人たちの神聖なイベントで、学校生活では絶対に外してはいけない大事なイベントと化している。それがまさか、学校の方からチョコ禁止と言われてしまうなんて。ここが二次元の世界だったら、戦争が起きている。
「まあ、別にいいんじゃないの。チョコは今、ここで食べればいいし。私たちに上げるような彼氏はいないでしょ」
『ハイ』
芳子の言葉に全員が気持ちよいほど元気な返事をする。今のところ、私たちに彼氏ができる気配はない。
出来上がったブラウニーが冷めるのを待っている間に、私と陽咲でお茶の準備をしてお菓子も準備する。ブラウニーの材料だけでなく、チョコレート自体も買っていた。ちょっとお高めのチョコレートだが、皆で割り勘したので問題はない。紅茶を飲み、チョコを食べながらも会話は弾んでいく。
「それにしても、どうして『女→男』っていう構図が出来上がったのか謎だよねえ」
「確かに。男女平等を掲げるのなら、おかしな話かも」
「もういっそのこと『バレンタインデー』なんて大層な名前にしないで、『女性が頑張る日』にでも改名したらいいのに」
「あながち間違いでもないのかもしれません」
「さすがにそれは頑張っている女性を馬鹿にしているみたいでやめた方がいいかも」
バレンタインデーの名前が変わる日も近いのかもしれない。
今年のバレンタインは学校にチョコ禁止ということで、出来上がったチョコブラウニーは一晩置いておくとしっとりおいしくなるとのことだったので、その場では食べずに三人には持ち帰ってもらった。
バレンタイン当日の月曜日は、私たちにとってはいつも通りの一日となったが、そこかしこで教師にチョコを没収されている、リア充たちの姿があったことは伝えておく。
とはいえ、二次元のような派手な告白大会が起きたり、下駄箱にチョコがはみ出していたりするなどということはなく、三次元のバレンタインはあっけなく終わりを迎えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる