汐留一家は私以外腐ってる!

折原さゆみ

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13新学期~教員の悩み①~悠乃視点

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(今年は三年生の担任か……)

 汐留悠乃(しおどめゆうの)は学校の廊下を歩きながら小さな溜息をつく。4月に入り、新学期が始まった。そこで教員たちは新たなクラスを受け持つことになる。悠乃に与えられたのは3年生のクラス担任だった。異動することは無かったが、昨年が一年生の担任をしていたのでいきなり3年生の担任になることに少しだけ戸惑いがあった。

(去年が1年生の担任だったから、今年は2年生の担任になると思ったんだが)

 大抵は1年生を担任したら次の年は2年生、その次の年は3年生という感じで、毎年担任する学年が上がっていくことが多い。それなのに、悠乃は今年、3年生の担任を与えられた。しかし、校長たちが決めた人事に口出しする気はない。与えられたクラスの担任を全うするだけだ。

 悠乃はその原因となった理由を考えて憂鬱になる。とはいえ、暗い顔を生徒の前で見せるわけにはいかない。廊下で一度立ち止まり、大きく深呼吸する。そして、今年一年毎日顔を合わせることになる生徒たちがいる教室に足を進めた。

「3年2組を担任することになった汐留悠乃だ。一年間、よろしく」

 教室に入った悠乃は生徒たちにあいさつする。生徒たちは隣の席や前後の席で気の合う生徒同士で話していたが、悠乃が教室にやってくると自然と静かになる。さすが、進学校ということはあり、生徒たちの先生に対する態度が良い。今までいろいろな学校を見てきたが、学校ごとに少しずつ生徒たちの様子が違ってくる。当然、同じ生徒などいないので学校ごとという特徴でくくられるものではないが、まじめな生徒が多そうだなという印象を受けた。

「さっそくだけど、始業式があるから体育館に行こうか。廊下に名簿順で並んでください」

 今日は始業式の日。生徒たちは席を立ち、少しの雑談をしながら素直に教室をでて廊下に並んでいく。その様子を見ながら、内心で悠乃はまた溜息を吐く。

(彼らの将来が不安でしかない)

 悠乃は現状の学校が抱える問題に頭を悩ませていた。しかし、悠乃の心とは裏腹に外は雲一つない快晴で、桜は散ってしまったが葉桜の緑が青空にとても映えていた。


 始業式の日は、部活もなく生徒たちは午前で帰っていく。しかし、教師たちはその後も仕事があるので職員室に戻っていく。悠乃もまた、他の教師と同様に職員室に向かう。

「今年から、試験的に外部に部活を委託するようになりました。ですが、まだ外部委託は試験的な導入になりますので、引き続き先生方には部活の指導をお願いしたく思います」

 教頭から部活動のことで連絡があった。部活動の外部委託は、昨今の教員のブラックさが世間に広まるようになって始められた制度だ。少しずつではあるが教員の負担軽減のために政府が動きつつある。

「3年生についてですが、今年もまた教室を3年生の受験勉強の自習室として開放しようと思っています。GW明けから実施していきたいと考えていますので、皆さん、休日も当番制で出勤をお願いします」

 今度は3年生の学年主任となった教師が話をする。自習室として学校を開放するのは構わないが、それが365日となると話は別だ。教師だって休みが欲しい。悠乃は後で校長に直談判して休みをもぎ取ろうと決意した。




「ただいま」
「おかえり」

 悠乃が家に帰ることが出来たのは夜の7時くらいだった。一年間のスケジュールを確認したり、授業の準備をしていたりしたら遅くなってしまった。

「夕食はできているから」
「わかりました」

 妻の雲母羽(きらは)は、同じ教師ではあるが非常勤として働いているので、始業式に出席はしても、その後に学校で仕事をすることはない。本来なら、学校行事も参加する必要もないが、始業式など学期の始まりなどの式には参加していた。その分の給料が出ることもないのでサービス出勤である。

(本当にこの国の教員事情は腐っている)

 どうしてこうなってしまったのか。どうにかしてこの状態を改善しないと、将来の若者で教師を目指す人がいなくなってしまう。

『いただきます』

「なんだか、元気がないですが学校で何かありましたか?」

 今日の夕食は餃子だった。雲母羽と娘の喜咲と陽咲が手伝って作ってくれたようだ。家族でテーブルを囲んでアツアツの餃子を頬張っていたら、雲母羽に心配そうに声をかけられる。

「家でまで学校のこと考えているなんてまじめな先生だね」
「それか、あの生徒とこの生徒のどっちが受けかで悩んでいたとか」

「喜咲のいうほど、僕は真面目ではないよ。陽咲の言う通りの悩みだったらどんなに良かったか」

 悠乃は本日何度目かの溜息を吐く。家族に心配をかけたくないが、教員の現状はかなり厳しい。ニュースでもさんざん取り上げられているが、現役で働いている自分が娘たちに現状を話したほうがいいだろうか。

「実は、今年僕は……」

 3年生の担任になったこと、数学の正規の教員不足で非常勤講師がいるから、昨年が1年生の担任だったが、今年は3年生の担任になったかもしれないこと、部活動で外部委託の試験的導入が始まったこと、それから3年生のための自習室の解放があり、GW明けから土日祝日関係なく学校が解放されることなどを簡潔に話した。

「喜咲たちも知っていると思うけど、教員の教員不足は本当に深刻だよ。僕が悩んでいるのはきっと、それが原因だと思うんだ。あとは仕事量が多いのも原因かもしれないね。これも、ニュースでよく取り上げられているよね。」

 悠乃の話を聞きながらも、雲母羽たちは餃子を口に運んでおいしいとおいしくできたと感想を言い合っていた。自分の話を聞いているのか不安になってしまう。それでも、悠乃が話を終えると。

「それって、かなりやばいんじゃないの?聞いてるだけで教師という職の将来性がないのがわかる」
「お父さんが今現在、教員として働いていることが神とすら思うわ」

「じゃあ、私も神なのね。夫婦そろって神なんて、私たちの娘はてん」

『うざい』

 雲母羽たちはしっかりと話を聞いてくれたことがわかった。悠乃たち教員が大変なことをしっかり理解していた。それだけで悠乃は少しだけ気が楽になる。

「何を悩んでいるかと思ったら、結構やばい悩みだったのね。こればっかりはどうしようもないけど。とりあえず、直近のことで言うのなら」

 雲母羽は自分の冗談を娘二人に突っ込まれて悲しそうにしていたが、すぐに立ち直り悠乃を真剣な目で見つめる。いつもはへらへらしていることが多いが、たまにこういう風に真面目な表情になる。

「いつもの悠乃さんスタイルを貫いたらいいと思います。部活も外部委託の人と協力していけばいいし、3年生の担任になったからと言って生徒に過剰対応しないこと、自習室も部活みたいに開放する日を減らすように校長に訴えたらいいでしょう?教員不足を嘆くのもいいけど、教員生活を今後も続けていくのなら、目の前の仕事をいかに減らして効率よく仕事をするかを考えなくちゃ!」

「珍しく、お母さんがまともなこと言ってる……」
「いつもこうだと尊敬するんだけどね」

「雲母羽さん……」

 娘たちの母親に対する株が珍しく上がっている。悠乃もまた、妻のアドバイスに感心していた。しかし、当の本人は。


「とはいっても、こんなこと悠乃さんが少し考えればわかることだよね。ごめんね、大したアドバイスができないで。悠乃さんはもう、教員生活長いから役に立たないか」

「ありがとう。役に立たないなんてことないよ」

 せっかく良いことを言っているのに、なぜか自信なさげにしていた。確かに言っていることは当たり前のことで、大したことではないかもしれない。それでも、その言葉で悠乃は今年一年を乗り切っていける気がした。

「それでさ、悠乃さんの悩みはわかったから、今度は私の悩みを聞いてくれ?悠乃さんたち正規の先生だけじゃなくて、私たち非常勤にも悩みがあって……」

どうやら、教員に対する悩みは悠乃だけではなかったらしい。

『はあ』

 娘たちは大きな溜息を吐く。しかし、母親の話を聞く気はあるらしい。

「とりあえず、いったん、食器を片付けたらどう?仕方ないから、話くらいは聞いてあげる」
「優しいねえ、喜咲は。でも、こういうのはなんだか教員の闇を知れて面白いかも。将来、絶対教員に進まないって理由になるし」

 新学期なのに、どうしてこんなに暗い話をしているのだろうか。それでも、自分の悩みを聞いてもらったからには相手の悩みも同じように聞くべきだ。そうなると。

 チラリと悠乃が娘たちの様子をうかがうが、彼女たちに大きな問題を抱えているようには見えなかった。
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