この声が君に届くなら

折原さゆみ

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16弱い者いじめ

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「ああ、私のことが気になる?実は、去年の秋にこの学校に編入してきたんだよね。海田直(かいだなお)っていうの。一年間、よろしく!」

 快活に話しかけてくる声は、見た目と一致していて、女子特有の高めの声で違和感はない。チャラそうな見た目と同じ軽い調子で話しかけられた。声のコンプレックスを抱えた光詩にとっては、一番相苦手なタイプだった。声が出なくなって3年ほどたち、光詩の人間不信度はかなり上がっていて、初対面の人との会話をするのにも一苦労という有様だった。

「それで、どうしてマスクをしているの?見たところ、特に風邪もひいていないようで、元気そうだけど?」

『え゛え゛と……』

「その辺にしときなよ、ナオ。そいつは自分の声がガラガラで見苦しいと自覚してるから、マスクしているんだよ」

 どう答えたら、自分から興味を失くしてその場を離れていくだろうか。光詩は返事をしようと口を開くが、その言葉は女子の隣にいた、同じように茶髪に化粧をした女子生徒に遮られる。

「何それ、知らないんだけど」

「まあ、ナオは8組で、川越君は1組だったから知らないのは当然かもね。とりあえず、彼に関わっても面白いことないよ。顔はイケメンだけど、声がねえ。それでね、去年、私のクラスでは……」

 ナオと呼ばれた彼女の隣にいた女子は、昨年、光詩と同じクラスだった。ご丁寧に昨年の自分のクラス内での光詩の様子を話し始める。すでに言われ慣れてしまっているとは言え、何度聞いても嫌な話である。しかし、反論しようと声を発したところで何も状況は変わらない。むしろ、自分のガラガラ声を周囲に晒してしまうことになる。

 なんとも言えない重苦しい雰囲気になりかけていたが、それを壊したのはナオという少女だった。

「そんなことでマスクをつけていたんだ。別に私は声なんて気にしないけど。隠せば隠すだけ卑屈な気分になるんじゃないの?」

『そん゛な、ことい゛って、ほん゛とう゛、は』

「だから、それがダメなんだって。反論できるなら、最初からそうしなよ。それから、斎藤。お前もこれからはこいつのことを馬鹿にするのはやめな。弱い者いじめしているみたいでみっともない」

 じっと光詩のことを見つめる彼女の表情は真剣そのもので、冗談を言っているようにも嘘を言っているようにも見えない。化粧で大きくぱっちりと見える二重の瞳に見つめられ、光詩は見つめ返すことができずに顔をそらしてしまう。

「ということで、私の目の届くところで弱い者いじめとか許さないからね。今日から、川越?だっけ。こいつの声をからかうことは禁止だから、覚えておくように!」

 斎藤と呼ばれた女子だけでなく、最後の言葉は教室全体に向けられた言葉だった。ナオは、周囲に集まり始めていたクラスメイトを手で追い払う。

 一方的に話を終わらせた彼女はそのまま、光詩のもとを離れて自分の席に着く。すぐに彼女の周りには取り巻きの女子生徒が集まり、別の話題で盛り上がり始めた。



(初めてだ……)

「まったく、ナオの奴、ほんとに正義感が強いよなあ」

「とはいえ、確かにオレもそんな声の時期もあったから、光詩の声を馬鹿にする奴を見ると、嫌な気持ちになるな」

「私も言い過ぎたかも。今までごめんね。川越君」

 ナオが去り、光詩の周辺が静かになることはなかった。先ほど光詩の声を馬鹿にしていた女子生徒が申し訳なさそうに謝罪してきた。そのほかにも、朝話しかけてきた男子生徒二人も光詩に話しかけてきた。

 彼らは皆、光詩の声について、嫌悪感を持っていないようだった。悪の感情が見えない相手との接触は、光詩にとって初めてに近いことで、声変りを始めてからは経験したことのないもので戸惑ってしまう。

『え゛え゛と……』

 せっかく話しかけられているのだから、何か返事をしなくては。

 そう思って口を開くが、そもそも声を出すことに抵抗のある光詩が彼らに簡単に返事することは難しい。結局開いた口からは、あいまいな言葉しか出てこない。


「キーンコーンカーンコーン」

 ちょうどよいタイミングで休み時間終了のチャイムが教室に鳴り響く。光詩に話しかけていた生徒たちは、返事がない光詩のことを特に気にすることなく各自の席に戻っていく。

 新たに同じクラスとなった「海田直」という少女との出会いは、光詩の高校生活に変化を与える存在となった。

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