この声が君に届くなら

折原さゆみ

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35気まずい空気

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【あの、少し、お話をしてもいいですか?】

 扉の外から可愛らしい声が聞こえてくる。

「ああ、ダメだよ。お兄ちゃん、いくら家に若い二人の男女しかいないからって、アリスを襲わないでよ。お兄ちゃんは紳士だから、そんなことはしないと思うけど、一応、忠告してあげたからね」

 その声を聞いた瞬間、頭の中に先ほどの夜奏楽の言葉がよみがえる。今、部屋をノックしているのは、当然、一人しかいない。この可愛らしい声の主は。

『は、はな゛しなら、ドア越し、じゃなくて、部屋に入ってきたらいい、よ゛』

 アリスは光詩と話をしたいらしい。いったい、彼女の方から何を言い渡されるだろうか。光詩の心拍数が急激に上昇する。動機が激しくなりながらも、今の自分の状況を隠すために、言葉を区切りながら、ゆっくりと部屋の外にいる人物に話しかける。

【で、では、は、入りますね】

 なぜか、相手も緊張しているらしい。外から聞こえるアリスの声もまた、震えていた。それがなんだかおかしくて、自分の心境を棚に上げて笑ってしまう。


 ガチャリ。

 恐る恐るドアを開けて入ってきたアリスは、辺りを見渡して光詩と目が合うと、すぐに視線をそらした。そのことに光詩は動揺してしまう。視線を合わせたくないほど嫌われてしまったのかと悪い想像をしてしまう。緊張した様子のアリスは部屋に入ってきたはいいが、その場で動かなくなってしまった。

『え゛え゛と……。ベッドにでも、すわ゛ったら゛……』

 立ったままでは落ち着いて話すこともできない。光詩はアリスにベッドに腰かけてもらおうかと思ったが、途中で自分の失言に気付いてしまう。彼女でもない女性に自分のベッドを椅子代わりにさせるのはどうだろうか。いや、そもそも、若い男女が一つ屋根の下、二人きりという状況もおかしい。

【あ、ありがとうございます。こちらに座りますね】

 しかし、光詩の失言に気付くことなく、アリスは床に置かれたクッションを一つ持ち上げて自分の腰の下に入れる。そのまま床に座ってしまった。光詩は自分の勉強机のイスに座っていたが、アリスと話すために自分もクッションを腰の下に入れて床に座ることにした。

『……』
【……】

 しばらく無言の時間が続く。話があると言って部屋にやってきたアリスは、何か言おうと口を開くが、声になる前に閉じてしまい、言葉にならない。光詩もまた、同じように口を開いては閉じてを繰り返す。

『あ゛の゛』
【あの】

 二人の声が部屋に響き渡る。ガラガラの低いしゃがれた声と、小学校低学年の女児が出すような可愛らしい子供っぽい声が見事にハモりを見せた。

【光詩先輩。先に用件をドウゾ】
『あ゛あ゛』

 アリスが光詩に話を先にするよう促した。まさか、同じタイミングで話を切り出すとは思わなかった。光詩はアリスの声と自分の声が重なってしまったことに戸惑いを覚える。そして、やはり自分の声はこんな可愛らしい声とは違う。見た目と一致していないという点では同じかもしれないが、根本が違うと感じた。

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