この声が君に届くなら

折原さゆみ

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41体育際が始まる

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 体育祭当日はあっという間にやってきた。当日は雲一つない快晴で、6月だというのに真夏のような陽気だった。

「第32回体育祭を始めます」

 開会式のために校庭に集合していた生徒たちは、立っているだけなのに汗ばんでいる。光詩もまた、他の生徒たちと同様に汗をかいていた。もともと体育祭に対してのやる気がないため、すでに家に帰りたくなっていた。

 開会のあいさつが終わり、体育祭が幕を開けた。



「お兄ちゃん、同じ団として、優勝目指して頑張ろうね!」

 光詩の通う高校は、校則で髪を染めることが禁止されている。必然的に生徒の髪の色は黒一色だ。そんな中、光詩たちの団の色は黒であるため、鉢巻を巻いても他の団に比べて目立たない。

(なんか、地味に面白いな)

 暑さで現実逃避をしていた光詩は、開会式が終わって自分の団の持ち場の席に座っていた。校庭の隅の木陰が生徒たちの応援席となっていた。そこで、これから行われる競技を前に現実逃避をしていた。そこに声をかけてきたのは同じ団の妹だった。

「ねえ、聞いてる?まだ開会式しか終わってないのに、どうしてそんなに疲れ切った顔をしているの?まったく、これだから帰宅部は体力がなくてダメだといわれるんだよ」

『どうして、ここによ゛夜奏楽がい゛る゛んだ?』

 妹の声に現実に戻された光詩は、妹が応援席にいることに疑問を抱く。

 基本的に競技に出ない生徒は、自分の指定された場所に待機ということになっているが、この暑さで、光詩ように素直に席についている人は少ない。校舎の片隅の日陰の涼しいところで休んでいるか、他の生徒の競技の応援のために席を外していた。
「アリスが出るから、お兄ちゃんと一緒に応援しようかなと思って」

(そういえば、そうだった)

 夜奏楽の言葉に先日、アリスと交わした約束を思い出す。



【お願いがあります】

 光詩の家で二人きりになり、互いの気持ちを伝えあった光詩とアリスは、その後、光詩に一つの頼みごとをしていた。

【私、体育祭で100m走とリレーに出るんですけど、その時に私を応援してくれませんか?】

 両想いになったからという理由でのお願いに、何か特別なことを言われるかと身構えていた光詩だが、アリスからの願いは普通の人間にとってはとても簡単なものだった。そう、普通の人間にとっては。

『そ、それ゛は……』

【私ってば、図々しいお願いでしたよね。両想いになったからと言って、出過ぎたお願いでしたよね】

 光詩は学校では極力、声を出さないように生活している。そんな自分に体育祭での応援を頼むとは予想外だった。アリスだって、光詩が学校で声を出さないようにしていることは知っているはずだ。どうして、このタイミングでそんな願いを口にしたのだろうか。

【私、実は結構あがり症で、本番に弱いタイプだから、もし、光詩先輩が応援してくれたら失敗せずに頑張れるかなって。無理ならただ、私が出る競技を見てくれるだけで充分です。それだけで力になりますから】

 光詩の戸惑いの言葉に、アリスはとても寂しそうな顔をした。それでも、光詩は彼女の願いに頷くことができなかった。


 そしてそのまま、アリスは悲しそうな表情のまま、家に帰ってしまった。その後はなかなか互いの時間が合わないことや、夜奏楽がアリスを光詩たちの家に呼ぶことがなかったので、体育祭当日をぎくしゃくした関係のまま迎えてしまった。

 あれから光詩は、アリスのお願いについて自分なりに考えていた。アリスはなぜ、光詩に体育祭の応援をしてくれなどと口にしたのか。声に悩みを持つ者同士でわかり合えていたと思ったのは、気のせいだったのか。

 気のせいではなかったと思いたい。何かアリスなりに意図があったのかもしれない。とはいえ、そんな大層な理由がなくても、両想いで恋人同士になった今、応援してほしいという頼みを無碍にするわけにはいかない。
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