この声が君に届くなら

折原さゆみ

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55決意

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『お゛れ、部活に゛入ろう、かな゛』

 体育祭が終わり、学校に日常が戻ってきた。それから一週間がたち、光詩はあることを決意した。夕食後、いつものように光詩の部屋に妹の夜奏楽はやってきて、床に置かれたサイドテーブルで宿題に取り組んでいる。アリスが家にやってこなくても、最近は勝手に光詩の部屋に宿題を持ってきて居座るようになった。

 すでに妹が部屋で宿題をやっている光景にも慣れ、光詩もまた、自分の宿題に取り組んでいた。そんな中、光詩はなんとなく独り言のようにつぶやいた。

「今更部活なんて、どういう心境の変化?まあ、大体予想はつくけど」

 部屋には二人きりで、静かな空間で光詩の独り言は当然、妹の耳に届いた。しかし、まるで興味がないとばかりに、妹は宿題のテキストから視線を上げずに答える。しかし、返事からすでに光詩の考えはお見通しのようだ。

『陸上部の、マ゛ネ゛ージャーに、な゛ろ゛うかなって』

 そのまま光詩も妹の反応にかまわず、言葉を続ける。


「そう」

 妹の反応はいまだに薄いままだったが、ようやく宿題のテキストから顔を上げ、そのまま光詩に視線を合わせる。光詩は自分の勉強机があるため、夜奏楽は上目遣いに光詩を見つめることになる。真剣なまなざしにドキッとするが、光詩もまたじっと夜奏楽を見つめ返す。

「いいんじゃないの?お兄ちゃんが前に進めたようで何よりだよ」

『う゛ん』

 アリスと引き合わせてくれたのは妹の夜奏楽だ。さらに、アリスを好きになった後は、恋の手引きまでしてくれた。今まで将来に悲観的だった自分にやりたいことができた。

(夜奏楽のおかげだよ)

『ありがとう』

 光詩は自然と夜奏楽に感謝を述べていた。前に進むきっかけを作ってくれたのは紛れもなく妹だ。

「別に感謝されるようなことはしていないけど。お兄ちゃんが私に感謝しているのなら、そうだなあ」

 まんざらでもない顔で、夜奏楽は課題の手を止めて、あごに手を立てて考え込む。アリスの応援の件もあるので、いったい何をお願いされるのか身構えてしまう。

「どうしようかな。そんなに怖い目で見ないでよ。妹のお願いが、やばいわけないでしょ。どんだけ信用ないのかな」

『別に、信用してな゛いわ゛けじゃない』

「ちょっと何を頼むか考えるから、今は保留にしておいて。かわいい妹の願いを楽しみにしていなよ」

 これでこの話は終わりとばかりに夜奏楽はまた、課題に目を向けてペンを動かし始めた。光詩も同じように課題に目を移す。

 課題に取り組み始めた二人の間に会話はなく、テキストをまくる音やシャーペンをノートに書く音だけが静かな部屋に響いていた。

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