朔夜蒼紗の大学生活③~気まぐれ狐は人々を翻弄する~

折原さゆみ

文字の大きさ
20 / 45

20ジャスミンの向かった先は

しおりを挟む
 ジャスミンは、私の尾行に気付いていないようだった。どんどん大学から離れていくジャスミンを追いかけていくと、そこにあったのは歓楽街だった。私の長い人生の中で、最も縁遠かった場所だ。私には、一生縁のない場所だと思っていたのに、ジャスミンを負ってここまで来てしまった。ジャスミンは迷うことなく、その場所へと足を踏み入れていく。

 ジャスミンを尾行するのが、私の今の目的であり、大学の外までせっかく追いかけてきたのだから、仕方ない。腹をくくって、私もジャスミンの後を追い、歓楽街へと足を踏み入れた。

 道の両側には、いかにもな店が立ち並んでいた。しかし、まだ日も暮れていない時間帯ということもあり、人の姿はまばらだった。今は春に近づいてきたとは言え、まだまだ季節は冬であり、日の入りも早い。もう数十分もすれば、日が暮れて辺りは闇に包まれるだろう。





「ここ、か。いったい誰とどんな用事でこんなところに待ち合わせているのでしょうか?」

 ジャスミンが入っていったのは、ラブホテルのようだった。しっかりとした足取りで堂々と入っていく様子を見ると、やましいことがないように見えるが、そもそもこのホテルに入る目的など一つ。さて、ジャスミンはホテルの目論見通りのことを致すのだろうか。


「とりあえず、私まで中に入る必要はないでしょう。しかし、念のため保険でもかけておきますか」

 外で待っていては、中での様子はもちろん知ることができない。ホテルの目的通りのことをしているだけなら、別に問題はない。もういい年した大学生だし、私が目くじら立てる必要はない。ただ、このタイミングでここを訪れる理由がわからない。もしかしたら、ここで秘密裏にやばい取引を行っているかもしれない。そう思うと、そっちの方が正解のような気がする。そうだとしたら、中の様子を知りたいが、それはさすがにばれるのでできない。


「ねえねえ、君たち、ちょっといいかな?」

たまたま、私の前を通り過ぎた男女のカップルらしき二人組に声をかける。

『私の代わりに……』





「朔夜先生?」

 能力を発動しようとした瞬間、聞き覚えのある声が私にかけられる。さて、どうして彼女がこんなところにいるのか。ここは子供が来ていい場所ではない。私の言葉は途中で終わり、不審に思った男女の二人組は私の前から走り去ってしまった。

「ど、どうして、ゆきこちゃんがこんなところに」

「どうしてと言われても、私は、車坂先生にこの場所に行けと言われただけだよ」

「はああ。まったく、こうなるから蒼紗さんからは目を離せないんです。車坂先生も蒼紗さんのことを心配して、雪子さんとわざわざ連絡を取ってくれたんですよ。まさか、雪子さんを連れて行けと言うとは思いませんでした」


 翼君もその場にいたようだ。ゆきこちゃんとはぐれないように手をつないでいた。いつものケモミミ少年姿ではなく、塾での青年モードであった。






「ガシャーン!」

 突然、窓ガラスの割れる音があたりに響いた。驚いて音のする方向を見ると、ジャスミンが入っていったラブホテルの部屋の三階部分の窓ガラスが割れていた。続いて、パーンパーンパーンと銃声音が辺りに響きわたる。


 窓ガラスを破って出てきたのは、人だった。三階の窓を割って、窓から人が飛び降りてきた。三階とは言え、下はコンクリートで固められた道路、下は柔らかい土などではないし、途中で引っかかる植え込みもない。地面に直撃したら、命は無事でも大怪我必須だろう。

いったい誰がそんな危ないことを。そう思っていたら、窓から飛び降りた人物は、そのまま空中で体制を変えて、壁に捕まっていた。よく見ると、手がウロコにおおわれて、手先からは鋭い爪が伸びていた。

 その人物はそのまま、器用に一階まで壁を伝って降りてきた。地面に足をつけると、一息ついたのか、ふうと一息ついていた。窓から飛び降りた人物は、私の尾行している人物と特徴がよく似ていた。


「とりあえず、人が集まり始めているので、いったんこの場を離れましょう!」

 翼君が言うように、辺りを見渡すと、窓ガラスが割れる音で、人々が私たちのいる場所に集まりつつあった。翼君が雪子ちゃんに何かをつぶやいた。雪子ちゃんはうんと頷くと、目を閉じて、両手を空に掲げた。

「ゆーきよフレフレ。大雪だあ」

 そして、よくわからない歌を、これまたよくわからない音程で歌いだす。すると、突然私たちの上空に真っ黒な雲が現れた。黒い雲からは、雪とは言えない、大粒の氷の塊が地面にたたきつけられていく。それは私たちの目の前に降り注ぎ、人々との間に隙間ができる。


「今のうちにここを離れましょう。急いで!」

「ですが、窓から飛び降りたのは、おそらくジャスミンです。ジャスミンを掘って逃げるわけには」

「彼女なら大丈夫ですよ。あなたならわかっているでしょう。それに、今は人のことを心配している場合ですか」

 ゆきこちゃんのおかげで、今はまだ私たちがこの場を離れる余裕はあるが、時間が経つにつれて、立ち去ることは難しくなるだろう。誰かが警察や救急車を呼んだのだろう。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

私はラブホテルの入り口に目を向ける。そこにはジャスミンが立っていた。ジャスミンは、窓ガラスを割った際に怪我をしたのか、腕や顔に小さな傷ができていた。一瞬、ジャスミンと目が遭った気がした。





「なんで蒼紗がこんなところにいるの?」

「来ちゃいけませんか?」

 ジャスミンは、私がここに居ることに驚いていた。そして、目は口ほどにものを言うとはこのことだ。どうしてここにと、目で問いかけられているような気がした。私も、目で答えを返す。

 そんなことをしている間にも、事態はさらに進んでいた。ホテルから一人の男が飛び出してきた。よく見ると、それはジャスミンの彼氏によく似ていた。


「あの人が気になるのですか?」

「いや、ただなんだか嫌な予感がします。」

「蒼紗さんが嫌というのなら、本当に嫌なことが起こるかもしれません。とりあえず、僕が、あの男がどこのだれか、ここに居る用事は何だったのか。聞き出してきましょう」


 翼君はぼんと音を立ててその場からいなくなり、次の瞬間には、ホテルから飛び出した男の前に姿を現した。そして、男の首根っこを片手で掴んでいた。


「ここでは、落ち着いて話ができませんから、別場所に移動しましょう」

 そして、なぜかついでとばかりに、ジャスミンの首根っこも反対の手でつかんでいた。そして、再び姿を消したかと思うと、私たちの目の前に現れた。二人は、翼君によって、意識を奪われてぐったりしていた。男の方は、私が最近出会った人物とよく似ていた。


とりあえず、私たちは困ったときの避難所となっている、私の家に向かうことにした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声-サスペンス×中華×切ない恋

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に引きずり込まれていく。 『強情な歌姫』翠蓮(スイレン)は、その出自ゆえか素直に甘えられず、守られるとついつい罪悪感を抱いてしまう。 そんな彼女は、田舎から歌姫を目指して宮廷の門を叩く。しかし、さっそく罠にかかり、いわれのない濡れ衣を着せられる。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。 優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 嘘をついているのは誰なのか―― 声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...