マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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14.それぞれに。「日常」は、いつも(1)

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 温泉街のバス停は、休日にもかかわらず、とても静かだった。

 悠一は、ちょうどいいタイミングでやって来た路線バスに乗り込む。
 空席ばかりだ。
 クラフト紙でできた大きな紙袋を抱えて、適当な席に座る。

 発車して、街へと進んでいく停留所ごとに、客がパラパラと乗り込んできた。
 気づけば、椅子はほぼ埋まっている。

 また、バスが停車した。
 白髪で、少し腰の曲がった女性が乗り込んでくる。
 悠一は慌てて立ち上がり、座席を譲った。

「ありがとうね」と頷いて、老女が席に座る。
 そして、悠一の手にした紙袋を眺めやり、

「あら、いい匂いがしよるだた……パンだいね」と話しかけてきた。

 たしかに、悠一が抱える紙袋の中には、天然酵母の焼き立てパンが各種、詰め合わさっていた。





 「キスのオンナ」と、尊との通話――

 ホテルの部屋で「それ」を聞いて、悠一は堪えきれずに笑い転げた。
 その爆笑が、やっとおさまり、ふとベッドサイドの時計に目をやれば、もう随分と時間が経っていた。

 部屋のドアがノックされる。
 洗濯物が戻ってきた。

 悠一は、ふわふわに乾いたTシャツと下着、そしてジャージに靴下を着込む。
 尊も浴衣を脱いでジーンズに脚を通していた。

「あ、悪い、藤堂。俺、そろそろ帰るな」

 昼には戻ると。
 母親にそう言って家を出たことを、悠一も一応、気にはしていた。

 そうか、とだけ応じ、尊はスマホをポケットに突っ込んで、カードキーを手に取った。

「オレは下のカフェで、軽く食べて帰る……たぶん、榊原さんも、なんかオレに話があるみたいだし」

 サカキバラさん? と疑問に思わないでもなかったが、悠一はただ、「そうかよ」とだけ応じた。

 乗り込んだエレベーターの中で、ふたりに特に会話はない。
 けれど、その沈黙は「居心地の悪い」ものでは、決してなかった。

 「じゃ」と。
 軽く片手を上げてホテルのロビーを出て行こうとする悠一を、尊が指先で引き留める。

 すると、スーツの男が、茶色い大きめの紙袋を持って近づいてきた。さっき、尊に部屋の鍵を渡した男だ。
 
 その男からクラフト紙の袋を受け取り、尊はそれを悠一に差し出す。

「持ってけよ。焼きたてだと、割と美味いし」

 なにが「焼きたて」なのかは、中を見ずとも自明だった。
 むせかえるほどに香ばしいパンの香りがしていたから。

「いや、こんな…貰えねぇし」

 ってか、メチャクチャ高そうだし。
 買える金も、今は持ってない。

「急に付き合わせたから。家の人とでも食って」

「『付き合わせた』って、別に…ただ一緒に走っただけだろ? そもそも、こっちは風呂まで使わせてもらっちまってさ」

 だが、悠一に差し出された尊の腕は、真っ直ぐに微塵も揺らがない。だから。

「こんなの貰う理由なんかねぇよ」と突っぱねるのが、なんだか、ひどくよそよそしく、冷酷なような気がして――

 そうやって貰ってきたパンだった。

 そして、たしかに今、バスの中には猛烈な焼きたてパンの匂いが立ち込めていて。
 悠一の中では、気恥ずかしさと共に、激しい空腹感も煽られる。

 ていうかさ。
 こんな洒落たパンとか、焼菓子とか。

 持って帰ったら、母さんが嬉しがるんじゃないかって。
 藤堂にこれを差し出されて、そんなことを思っちまったんだ。

 たぶん、俺は。

 *
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