マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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18.forget about us

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 ベンチに横たえられてから、悠一がハッキリと意識を取り戻すまで、それほどの時間は要さなかった。

「よか…っ」

 奏が声を詰まらせる。

「おれ、もう…どうしようかと。救急車呼ばなきゃって」

 トラックジャケットごと抱きすくめるようにして、奏は悠一の身体に腕を回した。
 悠一は、顎先に奏の髪のすべらかさを感じ取る。

「なあ、平気か? 春日。気持ち悪かったりする? どうしたんだろ、トレーニングしすぎとかじゃないのかよ」

「悪かったな、小鳥遊…なんか、どうしたんだろ。でも別に、大丈夫だから……」

「ホントに?」

 奏に頷き返しながら、悠一は立ち上がろうと足に力を入れた。

「イヤイヤ、春日、ダメでしょ。まだ起きちゃ。ほら、家に連絡とかして迎えに来てもらうとか……ってか、おれが送るし。タクシーとか呼ぼうか?」

「別に、もう大丈夫だって」

 軽く顔を顰めながら、悠一はスポーツバッグを肩に掛ける。
 そうやって立ち上がれば、悠一の身体は、少しよろめいた。

「ちょ、待てって、かすが……っ、悠一!」

 かなり真剣に、奏が声を張った。

「いいって、大丈夫。ほら、小鳥遊、バス来たぞ」

 肩越しに小さく振り返りながら言い置いて、悠一は大きな歩幅で走り去る。






 「二の丸」の停留所へと、ちょうど滑り込んできたバスに乗って、悠一は家に帰る。

 両親は通夜の設営に出ているはずだ。
 「人は足りているから、今晩の手伝いは要らない」と、今朝、そう言われている。
 
 薄闇に沈んだ、明かりのない家。
 玄関のカギを開け、ゆらりと中に入った。

 食卓の上に作り置かれた夕食。
 多分、昔から悠一が好きな煮込みハンバーグだろう。

 悠一は、階段を上っていく。

 息遣いは、もう先から荒かった。

 部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた瞬間、ガクリと膝から頽れる。
 刹那――

 精液が溢れ出た。

 



 必死に、隠し続けて帰って来た。

「勃起」に気づいたのは、眩暈を帯びた失神から目覚めた時だ。

 大きなスポーツバッグを前に抱え、丈の長いトラックジャケットと、カサカサと張りのあるナイロンパンツのおかげで、何とか膨らみを隠して帰り着いたのだ。

 ――なぜなのか。

 さすがに、今はもう、悠一にも分かっていた。
 その「理由」が。

 甘い、あまい、あまい、甘い――

 「匂い」が立ちのぼる。

 悠一は、ジャケットの袖に鼻先を擦りつけた。

 秋の金の花のような、香木のような。
 すでに知っていた。その「匂い」を、悠一はとっくに知って。
 それは。

 「奏の」匂い――




 
 知っていたハズだ、ずっと前から、もっと前から。
 ただ、あまりにも身近にあり過ぎて気づかなかっただけ。

 部室に美術室に、充満していた。
 窓を開け放ったくらいでは、完全に消し去ることのできない匂い。
 そしてそれは、次第に強さを増していたのに。

 触れずとも、ビクリと痙攣する陰茎。
 焼けつくような閃光が、悠一の、固く閉じた瞼の裏に走り抜けた。

 いま、悠一が思い描くのは、

 奏の頬、耳朶。
 顎先、うなじ。ごくごく薄い色のくちびる。
 こぼれ落ちる白い歯列――
 
 その詰襟のホックをシャツを、むしり取って引き剥がして。

 露わにさせる。
 雪の白さの膚を。

 薄くひと刷毛にしたような紅色の。

 胸の突起を――

 「そんなモノ」を、男の「そんな場所」を。
 マジマジと見た記憶などないというのに。

 なぜか悠一は、その部分をハッキリと思い描いてくちびるを寄せる。
 たよりないほどにちいさな突起を、舌で舐めとって。
 そこへと吸いつく。そんな。

 ――妄想。

 ひとりでに滾り張りつめる場所は、触れることもできないほどに敏感に勃ち上がって。
 腰の揺れだけでも、十分すぎるほどの刺激になる。

 畳の上に転がりながら、悠一はトラックジャケットを脱ぎ捨て、グシャリと丸めて鼻梁に押し当てた。

 深く、深く息を吸いこむ。

「っぁ、あ、あっ……あ、っ……っ」

 悲鳴が止まらない。
 嬌声も喘ぎも、これまでの自慰の時のようには、押し殺すことができなかった。

 そして、気づけば脳内で、悠一は奏のすべてを暴いていた。

 一糸まとわぬ身体にくちづければ、それはただひたすらに「甘い」。

 あまりにも強すぎる「花」の香り。
 それは、ドロリと爛れるように醗酵して匂い立ち。

 悠一のすべてを狂わせる――

 骨格の肌触りが分かる薄い筋肉。
 けれどもそれは、異性の「やわらかさ」とは明確に異なる輪郭で。
 
 そんな――
 鋭角に切り出された、けれども、すべらかな膝を割り開き、悠一は熱塊を押し当てる。
 
 「どの部分」にたどり着けばいいのか。
 分からないのに。まるで知らないのに。

 悠一の身体によぎる感覚は、かつて体験したことのある年上の女との「交わり」だった。

 四、五年前。
 近所のマンションに住んでいた女。社会人だったはずだ。
 歳は三十近かったのかもしれない。

 完全に「雌」として成熟したその女に、悠一は誘惑された。

 何度か持った「交尾」。
 単純に肉欲としての「女の味」は、その後も忘れ難かった。
 だが悠一は、その女に対し、特別な感情を一切抱けなかった。

 中三で、なんとなく付き合った同級生とは、そこまでの関係に至ることなく終わったから、悠一が、思い描くことができる「性交」は、その女とのモノだけで――

 熱く溶けてうねる膣内へと割り入っていく感覚。
 それを、悠一は思い返す。

 けれども今。
 腕の中、抱き締めているのは「奏」の身体――
  
 そんな妄想の中に、奏の匂いの中に。
 絡め取られるように堕ちていく。
 沈んでいく。

 不意に、激烈な快感が突き上げた。
 それに遅れるようにして鋭い悲鳴を漏らし、悠一は、先端からトプリと熱液を吐き出させる。

 ――「絵を誉めたこと」に、ウソはなかったのだ。

 奏には「才能」と呼ばれるであろうモノが、たしかに存在すると。
 そう思っていた。
 なんの根拠はなくとも確信していた。

 描かれているのが自分の姿で、それが少し「気恥ずかしい」だとか。
 そんなコトは、とうの昔に「どうでもいいコト」になっていた。

 ただ心底、奏の絵を素晴らしいと、そう思っていたのだ。 
 自分と同い年の人間が、あんなモノを描き出せるなんて、と。

 なのに――

 トラックジャケットに付着した奏の残り香は、まったく消える気配もなく。
 悠一の欲望を、ひたすらに駆り立てる。

 奏を抱きすくめ、背後から激しく突き立てまくった。
 その内側、最奥まで穿ちたくて。

 自分の肉塊を捻じ入れ、奥の奥で汚濁をぶちまけたいと、今度は仰向けに引き回し、折り曲げさせた両膝を肩で担ぐようにして、奏の腰を持ち上げる。

 そして身体ごと圧し掛かるように、ふたたび、奏の中に割り入った。

孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め――――――――

 脳内を埋め尽くしていく「ことば」の意味が、もう判然としないほどに。
 
 そんな映像。
 そんな触覚。
 そんな匂い。

 すべてが、腰に鮮烈な痺れをもたらして――だから。

「…あ、っ、あ、あっ……あ」

 どこに「挿入」しているはずもない悠一の屹立は、溶ける熱襞に締めつけられる。

「かな、で、か…なで……っ…イ、クッ……イク、イク…っ」

 泣き声で奏を呼び、滑稽なほどに激しく腰を痙攣させながら、悠一は、三度目の熱液を迸らせた。

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