マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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25.透明な鎖、長い夜(2)

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 東京からの役人への接待はもう済んで、すでに自邸ここに戻っているのだろう。
 隆道の声は、尊に短くこう告げた。

「『離れ』に来なさい」と。

 そうだ。
 明日は休み――

 行きたくない。あの場所へは。
 なにより、今晩はもう疲れ果てているのだ。
 けれど。 

 メールの文字とは全く違う。 
 低く深く、胆力のある音色での「命令」。
 本能が、「それ」に逆らえない。
 
 尊は椅子から立ち上がる。
 夜着を脱ぎ、シャツとスラックスに着替えると、上着を持って部屋を出た。




 「離れ」、すなわち防音の「音楽室」。

 爆弾からの避難室としてつくられたその場所は、外界からのすべての攻撃より守られて。
 外界からのすべての「助け」を拒んでいた。

 誰も――
 誰も、助けには来ない。誰も助けてくれない。

 助けて「くれない」?

 いや。
 「助け」など求めない。求めたことなどない。

 オレは藤堂家の後継者、嫡子のアルファ。
 
 誰の助けも必要ない――
 
 ドアノッカーを三回鳴らし、尊は重い扉を押し開けた。

 腰窓の傍、いつもの椅子に座る父親の姿よりも何よりも、尊が真っ先に感じ取ったのは、甘い腐臭。

 強すぎて、吐き気がこみ上げそうなほどに、それはむせかえっている。

 酸っぱい唾液を飲み下す。
 表情は、微塵も変えぬままに。

 床に座り、ソファーの座面にもたれかかるオメガの姿――

 ひどく若い。
 いくらオメガとはいえ、華奢すぎる骨格だった。ひょっとすると、まだ中学生くらいなのかもしれない。

 とろけきった瞳。
 若すぎるオメガは、完全にヒートの「ただなか」にある様子だった。

 ジーンズとセーターというシンプルな恰好だったが、そのオメガは、まだキチンと衣服は身に着けている。
 だがすでにジーンズは、ジッパーから尻、そして腿にかけて濃いシミが広がるほどにまで、分泌液で濡れそぼっていた。

 時折ビクンと、オメガが背筋を痙攣させる。
 腰が揺れていた。
 尻を床に擦り付けている。

 自尊心も自制心もなくなった「人間」の姿。
 尊には、それは「動物」よりも「醜く」思えた。

 その嫌悪を、ひたすらに白い表情の下に押し隠して、尊は佇む。
 息子の平静さに目をやり、ひとつ満足気に頷くと、隆道はゆっくり、チェスターフィールドチェアから立ち上がった。
 父が、夕食の店で別れた時と同じスーツ姿だと気づく。
 帰宅後、部屋着に着替えもせぬままに、この部屋に来たのだと分かった。

 そして、オメガのシャツの襟首を引き掴み、座面の広い背のないソファーに座らせる。

「そのまま見ていなさい」
 
 淡々と無色の声。 
 だが、隆道の語尾が、ごくかすかなビブラートに震えていることに、尊は気づく。

 いつもよりも「酒が入っている」ようだな、と。
 尊は、父親の様子を、するどい嗅覚で嗅ぎ取る。

 隆道が、オメガの下半身からジーンズを引き脱がせて押し倒した。

 尊は、視界を広げる。
 目の前の「行為」が、部屋の風景の単なる一部となるように。
 注視せずに済むように。

 ムワリと、オメガ臭が広がった。
 割り開かれた肉丘。

 浮かび上がる白い肌。
 まだ幼子の丸みと張りを残した尻肉。

 赤ん坊のような肌の滑らかさが、オメガの「年若さ」を雄弁に物語っている。
 うつ伏せにさせたオメガの背後から、隆道が肉塊を突き立てる。

 グチュグチュと、粘液の音。
 幼いオメガが、その姿とは不釣り合いに淫らな嬌声を上げた。

 隆道が、ゆっくりと、だが着実に男茎を沈めていく。
 深く奥まで穿って。
 さらに奥深くまで押し入って。

 ついにはオメガの尻の膨らみに、隆道の腰骨が打ち当たる。
 擦り上げて捻い入らせ、ひたすら執拗に最奥をこじ開けさせてから、隆道が一気に腰を引き戻した。

 悲鳴。
 オメガが泣き出す。

 激しいピストンが始まった。
 肉が打ち当たる音。溢れ出てくる濁液。

 あんあんあんあん……と、オメガがひたすらに啼き通す。

「あ、お…ちんちん、す…ご、いっ、きもちい、あっ、おっき…」

 誰に教わったのか。それとも、勝手にくちびるが動くのか。
 かろうじて声変わりは終わった様子の、しかしながら、まだ幼い母音の発声で。
 オメガは男妾めいた猥語を繰り返した。

 さっきからこみ上げて止まらない吐き気を、尊はひたすらに飲み下す。

 胃が痙攣を始めた。

 ああ、ペニスを扱いて射精でもできれば、この吐き気も紛れるかもしれないのに。

 だが、それは許されない。
 「この場」で、父が掌握するこの室内で。

 尊が身勝手に法悦を得ることは許されていない。

 逃げ場のない苦痛。
 頬を白く凍りつかせながら、尊は気分の悪さを抑え込む。

 すると隆道が、ふと息子へ視線を向けた。

「今晩はいいだろう、尊。わたしが一度射精したら、お前が自分を慰めることを許そう」

 「わたしが一度射精したら」だと?

 そんなもの、一体いつになる。
 どれだけ待てと? このクソ遅漏。

 無論、ただ「遅い」だけではないのだと。
 「このアルファ」は、父は。
 「いつ出すか」など、そんなコトはどうとでもできるのだと――

 尊はウンザリするほど知り尽くしていた。

 どこまでも出さずに続けることも、逆に「すぐに達すること」も。
 父にとってはどちらも容易いことだと。

 他人からはそうと分からぬように、尊は奥歯を噛み締める。

 吐き戻してしまわないように。
 陰部を反応させないように。
 くちびるを震わせないように。
 この場から飛び出し、逃げ去ってしまわないように――

 そして頭の中に思い描くのは。

 梢の連雀の地鳴き。
 頬を撫でる風。
 吸い込む空気の冷たさ。
 足裏に感じるグラウンドの起伏。
  
 真っ直ぐに前を向き、走る姿の確かさ。

 春日悠一の、走る姿――
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