マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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26.Sad Sunday Night(1)

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 日曜の「手伝い」は憂鬱だ。

 だがその日、体調不良者の続出など、どうにも人手が集まらず、あまりにも「バタついている」父母の様子には「見かねる」ものがあって。
 悠一は、自分から声をかけた。

 実のところ、「気を紛らわしたかった」というのもある。

 土曜の午後のことから。
 奏とのことから――

 あれから、ひたすら罪悪感にさいなまれた。
 「ゴメン」と送ったメッセージには、昨夜、既読がつきはしたが返事はなかった。

 悠一はキビキビと、設営の物品を社用車のバンに運び込む。

 午後の日差しが、すぐに傾いていく。
 もうそんな冬の季節が始まっていて、空と雲は、すでに薄桃色と薄紫のマーブル模様だった。

 そして、喪服姿の悠一は、父親の横、助手席に乗り込んだ。





 「通夜に顔を出してこい。短時間でいい」との指示だった。

 尊はスーツの袖に腕を通して、黒いタイの結び目を作る。

 隣の市に古くからある食品会社。
 始まりは、いわゆる土産菓子を作る小さな洋菓子屋だったが、今では高原の老舗ホテルと提携し、その名を関した食料品を一手に生産していた。

 洒落たブランディングで、商品単価を思い切って「高めに設定した」ところが「勝因」だったようだ。
 高級食材のレトルトカレーやコーヒーなど、登山客や観光客が、こぞって土産に買っていく。

 とはいえ、それはごく最近になっての成功。
 十年ほど前に代替わりした新社長の手腕によるところが大きかった。

 今回亡くなったのは、その先々代だ。
 家業には、もう何十年と関与していなかったらしい。
 商才も大してなかったそうだ。

 唯一、貢献らしい貢献があったとすれば、まだ若い頃。
 戦時中、上手く軍部に「取り入った」コトぐらいだ――と。
 年嵩の連中が陰口として囁いているのを、尊も各種の会合の世間話の中で、幾度か耳にしたことがあった。

 「相当の美形だった」らしいとか?
 どうでもいいコトだと分かってはいても。
 あらゆることを「忘れられない」尊の記憶に、残念ながら、それはハッキリと蓄積されていた。

 一応、地元の有力企業の「義理事」ではある。
 「藤堂」が、一切顔を見せないというのも不義理。とはいえ、その程度の「しがらみ」であれば、ムリに隆道が「出る必要もない」、という筋立てだった。

 さて――

 ハイヤーの車中で、尊は軽く睫毛を伏せる。
 運転手付きの藤堂家の車は、父と竹内が使っていた。
 
 「この手」の葬儀を仕切るのは、どこぞの共済の「紐つき」や新参の「フランチャイズチェーン店」ではないはず。

 大昔のコトとはいえ、この地域の有力者と「様々」に「付き合い」のあったらしい老人だ。
 不測のトラブルも起きかねない。
 公言されてはならないことも、あらわになりかねない。

 機転が利き、顔が利く。
 そんな、街に根を張った葬儀社でないと。

 集客のための「オンラインの見積もりフォーム」や、見た目のいいウェブサイトなどを作る必要もない。
 電話一本で、すべてを滞りなく整えてもらえる。街のすべてに、古くからのつながりを持つ。
 代々の家業として、信頼こそが「すべて」の。
 
 ――そして。
 尊の予想どおりだった。

 斎場に着き、通夜の会場に入った尊は、すぐさま悠一の姿を視界にとらえた。






 ――ああ、「藤堂」が来たのか。

 空気感だけで、もうすぐに分かってしまう。
 たった二度か三度のコトだったが、一緒に走って覚えてしまった「気配」。

 悠一は、会場の隅々に目を走らせながら、対角線上、部屋の向こうに姿を見せた父親へと「万事OK」の合図を送る。
 忙殺されている様子など微塵も感じさせぬ、おっとりと落ち着いた仕草で、父が頷いた。

 そんな時に、背中に感じた藤堂尊の気配――

 参列者の幾人かと、礼儀正しく、だが決して「へりくだる」ことはない態度で、尊は挨拶を交わしていた。
 そして、長居する気がなさそうなことが、ハッキリと分かる目線と歩幅で、焼香台へと向かってきた。

 スッキリと美しく香を摘まむ所作。
 ひどく「場慣れ」した、ひどく大人びた尊の横顔。
 
 それを見るともなく、視界の端に眺めやっていた悠一が、ふと、

 ――なんかアイツ、顔色悪くないか? と気づく。

 焼香を終え、またニ、三人の大人に呼び止められて立ち話をする尊の様子は、常と同じく、わずかに尊大さの滲む姿勢の良さだった。
 けれども、悠一はどうしても、さっき覚えた「違和感」を拭えない。

 会場を去ろうとする尊は、ひとりだった。
 父の藤堂隆道や「おつき」の連中は見当たらない。

 なぜか気になってしまい、悠一は尊の後姿を追った。
 尊が、ひと気のない方に廊下を折れる。その足元が揺らめいたように見えた。

「オイ……」

 背後から声を掛けて、悠一が指を伸ばす。
 尊の手首を掴み取った。 

「藤堂、オマエ、平気か? 何フラついてんだよ」

 ゆっくりと、尊が振り返った。
 すこし、呼吸が荒い。

「気分でも悪いのか? 今晩は誰も一緒じゃねぇのかよ」

 悠一が問いかける。
 尊は目頭を指で押さえながら、ただ俯いた。

「ほら、あっちに、夜伽の人が休む部屋があるからさ、ちょっと落ち着くまで横にでもなれよ」
 
「いや、いい」
 尊が声を絞り出す。

「『いい』じゃねぇだろ。ったく、なんて顔色してやがる」

 掴んだ手首を離さぬまま、悠一は尊の腕を、軽く引き寄せた。
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