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26.Sad Sunday Night(2)
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[37]
いくつかある畳敷きの個室のひとつに、悠一は尊を連れて入る。
よく使う斎場だ。
悠一にとっては、もはや隅々まで「勝手知ったるなんとやら」だった。
「布団敷いてやろうか? とりあえずネクタイ緩めて、横になってろよ」
言いながら、悠一が尊のジャケットの襟首に触れる。
「さ…わんなっ」
尊が悠一の指先を払いのけた。
やけに切羽詰まって、キツイ口調だった。
「……おい? 藤堂」
なにがあろうと「余裕しゃくしゃく」といったムードを崩さない。
そこがやたらと癇に障る「藤堂尊」。
そんな「スーパーアルファ」らしからぬ振舞いだった。
悠一は「腹が立つ」というよりも、むしろ驚き、不安にすらさせられる。
「出て…けよ」
尊が声を揺らした。
「あのな、オマエ」
――「出ていけ」ってなんだよ、失礼だろ。
と言いかける悠一に、尊が続ける。
「少し、ひとり…に、してくれ」
押し殺した声の尊の呼吸は、ひどく荒い。
顔色は青白く、ただこめかみから耳朶にかけてだけ、激しく紅潮していた。
「藤堂、マジでオマエ、大丈夫なのかよ」
悠一は、尊の顔を覗き込む。
「なあ、家に連絡とかしてやろうか? 運転手さんとかを呼んできて……」
「いない…」「え?」
「車、運転手は……あの人が使って」
――「あの人」?
「とにかく、横になってろって」
ジャケットを脱がせてやろうと、悠一がまた尊の肩へと指先を伸ばす。
「だか…らっ、触るなって、言ってるだろ!」
そう語気を荒らげながらも、尊の両手は、悠一の腕をガシリと掴み取った。
「いいかげんに、しろ……襲われたいのかよ、オレに」と。
身体を上下させるほどに、激しい息遣いのまま、尊が声を絞り出した。
そして、戸惑う視線をさまよわせる悠一のくちびるへと、尊がむしゃぶりつく。
キス。
尊の指が悠一の顎を捉えた。
きつく搾り込むようにして、悠一の口を割り開かさせ、尊が舌を捻じ入れてくる。
悠一の舌が、尊の舌に絡め取られた。
下くちびるを吸われ、舌先で歯茎を舐め回される。
ゾクリとこみ上げるのは「違和感」なのか、それとも、呼び覚まされた一種の「欲情」なのか。
そんな、判別のつかない「何か」が、ただ怖ろしく思えて――
悠一は尊を、力いっぱいに突き飛ばす。
だが、掴みかかってくる尊の力は異様に強くて、その腕から逃れることができない。
尋常ならざる状況だった。
みぞおちに、スッと冷ややかな寒気を覚えながらも。
まるで自分が、狼だか獅子だかに襲われているマンガの登場人物みたいだと。
悠一は、どこか他人事のようにも感じていて。
それは恐怖を紛らわせるための無意識だったのかもしれなくて。
尊のくちびるが悠一の首筋を滑り落ちる。シャツとタイの隙間に舌が挿し入れられた。
「……っ、オイ、とうど、う……ヤメロっ…ってんだろ…!!」
耳元で声を張れば、尊の肩がビクリとひとつ、大きく痙攣する。
そして、尊は自分から悠一を押しのけて、手を離した。
その息遣いは、ゼイゼイと喉がなるほどにまで高まっていて、しばらくの間、尊は畳に両手をついて、うずくまるように動けないでいる。
そのつらそうな背中を眺めやりながらも、さすがにもう、悠一は尊に近づくことができない。
尊は転がるようにして部屋の砂壁にもたれかかり、長い脚を畳に投げ出した。
ジャケットの内ポケットから、何かのカプセルを取り出し、いくつか飲み下していく。
ひどく飲みにくそうに、喉を痙攣させる様子を見かね、悠一は、手近のミネラルウォーターのペットボトルを転がしてやった。
尊が蓋をひねり開け、水を飲み下す。
それからまた、薬を口に含んで飲んだ。
尊の荒い息遣いが、少しずつ収まっていく。
一方で、その顔色はますます青ざめていった。
「藤堂」
悠一が、低く呼びかける。
「オマエ……今、なに、飲んだんだ」
「『なに』…って」
ひとつ短く、咳き込むような尊の笑い声。「んな…モノ、抑制剤に決まってるだろ……」
「よくせい…、なんだよ、それって、なんかヤバい薬かよ」
悠一がまばたいた。
「ヤバい……って」
尊が苦笑する。
ひどくしんどそうに。何かを嘲るかのように。
「かすが、おまえ……『ラット』って、知らねぇのかよ」
ハッと息を飲み、唾液を飲み下して、
「いや、まあ…知っては、いるけど」と、悠一が呟きで応じた。
「まあ、ヤバい…といえば、ヤバい…かもな」
尊が睫毛を伏せて言葉を漂わせる。
「国内では、まだ認可されてないし」
「強い薬なのかよ? オイ、いいのか、そんなモン飲んじまって」
「……『いい』も『悪い』も」
ペットボトルの水をゴクゴクと飲み下し、深い溜息をひとつつくと、手の甲でくちびるを拭って尊が続ける。
「仕方ない……だろ、普通に処方される薬じゃ、効かない時には」
「そういう問題かよ?!」
呆れ半分、心配半分に悠一が声を張る。
すると即座に、
「お前だって、見ただろう? さっきのオレを……!」と、尊が噛みつかんばかりに言い返した。
そして、
「あんな……あんなになっちまったら、ただのバケモンだろうが、アルファなんか」と。
わずかに声を震わせる。
後に残るのは、沈黙だけだった。
つらそうに眼を閉じる尊の横顔。
その様子を、悠一はそっと見守る。
時折、吐き気がこみ上げるのだろう。
尊は奥歯を噛みしめ、ビクリと身体を痙攣させた。
それでも尊は、壁にもたれたまま、みっともなく横たわることは一度もせずに、堪え続ける。
「そういえばさ」
不意にポツリと、悠一が口を開いた。
「藤堂、オマエ前に、なんか、ウチの親父とオマエんトコの親父さんが話し込んでたとかって言ってたよな」
尊が、気だるげな頷きだけで応じる。
「『同級生だった』って言ってたぜ? 父さん。高校ん時のさ」
「……それだけかよ?」
尊が小さく笑う。
「え?」「それだけしか、訊いてないのかよ」
尊の意味することが掴めずに、悠一は黙り込んだ。
すると、今度は尊が、悠一に訊ねる。
「小鳥遊のことは?」
「は?」
――たかなし……って。
なんでいきなり、「奏」?
「小鳥遊菜々緒……旧姓、村岡菜々緒のことは?」
「誰だよ……それ」
悠一が、ややムッと声を固くした。
「訊いてみろよ、親父さんに」
尊が、また小さく笑む。
頬には多少、血色が戻り、声にも、常のような、すこし尊大な響きが宿っていた。
面食らったまま、ただまばたく悠一に、尊がこう言い足す。
「ああ……もちろん、『母親がいないときに』な?」
いくつかある畳敷きの個室のひとつに、悠一は尊を連れて入る。
よく使う斎場だ。
悠一にとっては、もはや隅々まで「勝手知ったるなんとやら」だった。
「布団敷いてやろうか? とりあえずネクタイ緩めて、横になってろよ」
言いながら、悠一が尊のジャケットの襟首に触れる。
「さ…わんなっ」
尊が悠一の指先を払いのけた。
やけに切羽詰まって、キツイ口調だった。
「……おい? 藤堂」
なにがあろうと「余裕しゃくしゃく」といったムードを崩さない。
そこがやたらと癇に障る「藤堂尊」。
そんな「スーパーアルファ」らしからぬ振舞いだった。
悠一は「腹が立つ」というよりも、むしろ驚き、不安にすらさせられる。
「出て…けよ」
尊が声を揺らした。
「あのな、オマエ」
――「出ていけ」ってなんだよ、失礼だろ。
と言いかける悠一に、尊が続ける。
「少し、ひとり…に、してくれ」
押し殺した声の尊の呼吸は、ひどく荒い。
顔色は青白く、ただこめかみから耳朶にかけてだけ、激しく紅潮していた。
「藤堂、マジでオマエ、大丈夫なのかよ」
悠一は、尊の顔を覗き込む。
「なあ、家に連絡とかしてやろうか? 運転手さんとかを呼んできて……」
「いない…」「え?」
「車、運転手は……あの人が使って」
――「あの人」?
「とにかく、横になってろって」
ジャケットを脱がせてやろうと、悠一がまた尊の肩へと指先を伸ばす。
「だか…らっ、触るなって、言ってるだろ!」
そう語気を荒らげながらも、尊の両手は、悠一の腕をガシリと掴み取った。
「いいかげんに、しろ……襲われたいのかよ、オレに」と。
身体を上下させるほどに、激しい息遣いのまま、尊が声を絞り出した。
そして、戸惑う視線をさまよわせる悠一のくちびるへと、尊がむしゃぶりつく。
キス。
尊の指が悠一の顎を捉えた。
きつく搾り込むようにして、悠一の口を割り開かさせ、尊が舌を捻じ入れてくる。
悠一の舌が、尊の舌に絡め取られた。
下くちびるを吸われ、舌先で歯茎を舐め回される。
ゾクリとこみ上げるのは「違和感」なのか、それとも、呼び覚まされた一種の「欲情」なのか。
そんな、判別のつかない「何か」が、ただ怖ろしく思えて――
悠一は尊を、力いっぱいに突き飛ばす。
だが、掴みかかってくる尊の力は異様に強くて、その腕から逃れることができない。
尋常ならざる状況だった。
みぞおちに、スッと冷ややかな寒気を覚えながらも。
まるで自分が、狼だか獅子だかに襲われているマンガの登場人物みたいだと。
悠一は、どこか他人事のようにも感じていて。
それは恐怖を紛らわせるための無意識だったのかもしれなくて。
尊のくちびるが悠一の首筋を滑り落ちる。シャツとタイの隙間に舌が挿し入れられた。
「……っ、オイ、とうど、う……ヤメロっ…ってんだろ…!!」
耳元で声を張れば、尊の肩がビクリとひとつ、大きく痙攣する。
そして、尊は自分から悠一を押しのけて、手を離した。
その息遣いは、ゼイゼイと喉がなるほどにまで高まっていて、しばらくの間、尊は畳に両手をついて、うずくまるように動けないでいる。
そのつらそうな背中を眺めやりながらも、さすがにもう、悠一は尊に近づくことができない。
尊は転がるようにして部屋の砂壁にもたれかかり、長い脚を畳に投げ出した。
ジャケットの内ポケットから、何かのカプセルを取り出し、いくつか飲み下していく。
ひどく飲みにくそうに、喉を痙攣させる様子を見かね、悠一は、手近のミネラルウォーターのペットボトルを転がしてやった。
尊が蓋をひねり開け、水を飲み下す。
それからまた、薬を口に含んで飲んだ。
尊の荒い息遣いが、少しずつ収まっていく。
一方で、その顔色はますます青ざめていった。
「藤堂」
悠一が、低く呼びかける。
「オマエ……今、なに、飲んだんだ」
「『なに』…って」
ひとつ短く、咳き込むような尊の笑い声。「んな…モノ、抑制剤に決まってるだろ……」
「よくせい…、なんだよ、それって、なんかヤバい薬かよ」
悠一がまばたいた。
「ヤバい……って」
尊が苦笑する。
ひどくしんどそうに。何かを嘲るかのように。
「かすが、おまえ……『ラット』って、知らねぇのかよ」
ハッと息を飲み、唾液を飲み下して、
「いや、まあ…知っては、いるけど」と、悠一が呟きで応じた。
「まあ、ヤバい…といえば、ヤバい…かもな」
尊が睫毛を伏せて言葉を漂わせる。
「国内では、まだ認可されてないし」
「強い薬なのかよ? オイ、いいのか、そんなモン飲んじまって」
「……『いい』も『悪い』も」
ペットボトルの水をゴクゴクと飲み下し、深い溜息をひとつつくと、手の甲でくちびるを拭って尊が続ける。
「仕方ない……だろ、普通に処方される薬じゃ、効かない時には」
「そういう問題かよ?!」
呆れ半分、心配半分に悠一が声を張る。
すると即座に、
「お前だって、見ただろう? さっきのオレを……!」と、尊が噛みつかんばかりに言い返した。
そして、
「あんな……あんなになっちまったら、ただのバケモンだろうが、アルファなんか」と。
わずかに声を震わせる。
後に残るのは、沈黙だけだった。
つらそうに眼を閉じる尊の横顔。
その様子を、悠一はそっと見守る。
時折、吐き気がこみ上げるのだろう。
尊は奥歯を噛みしめ、ビクリと身体を痙攣させた。
それでも尊は、壁にもたれたまま、みっともなく横たわることは一度もせずに、堪え続ける。
「そういえばさ」
不意にポツリと、悠一が口を開いた。
「藤堂、オマエ前に、なんか、ウチの親父とオマエんトコの親父さんが話し込んでたとかって言ってたよな」
尊が、気だるげな頷きだけで応じる。
「『同級生だった』って言ってたぜ? 父さん。高校ん時のさ」
「……それだけかよ?」
尊が小さく笑う。
「え?」「それだけしか、訊いてないのかよ」
尊の意味することが掴めずに、悠一は黙り込んだ。
すると、今度は尊が、悠一に訊ねる。
「小鳥遊のことは?」
「は?」
――たかなし……って。
なんでいきなり、「奏」?
「小鳥遊菜々緒……旧姓、村岡菜々緒のことは?」
「誰だよ……それ」
悠一が、ややムッと声を固くした。
「訊いてみろよ、親父さんに」
尊が、また小さく笑む。
頬には多少、血色が戻り、声にも、常のような、すこし尊大な響きが宿っていた。
面食らったまま、ただまばたく悠一に、尊がこう言い足す。
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