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27.CROSSROADS
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[38]
時間にすれば、ほんの十五分足らず。
斎場の小部屋で、尊が休んでいったのは、せいぜいその程度だった。
「迷惑かけた。悪かったな、春日」
らしくなく、そんな殊勝な言葉を残し、尊は自分で帰りの車を呼ぶ。
そして、まだ顔色も戻りきらないままハイヤーに乗り込んで、斎場を去った。
気づかわしげに見送る悠一に向かって、
「今度、なにか礼をさせてくれ」などと、そんな言葉を言い置いて――
ひとつ大きく息を吐いて、悠一は会場へと戻っていく。
ただ押し寄せてくるのは、モヤモヤと解決のつかない感情だった。
たった今。
尊に「されそうになったコト」。
「ラット」
オメガに「ヒート」という発情期があるのと同じように、アルファにもあるとされる「モノ」。
悠一が持っていたのは、ごく「通り一遍」の知識だった。
小中の保健体育の授業で習う程度の。
――知らなかったさ。
あんなにも、体調を左右するものだったなんて。
尊の荒い息遣い、掴みかかって来た指と腕の強さを、悠一はありありと思い返す。
冷静さを取り戻すために、平静を装うために。
あんな「得体のしれない薬」まで飲むなんて――
尊の紙のように白く青ざめた横顔が、悠一の脳裏にチラついた。
っていうか、親は何考えてんだ?
具合の悪そうな息子のコト。
あんな「無茶な振舞い」をしていることとか。
無認可の薬を手に入れて、常用していることとか。
まったく気づいてないのかよ? いや、それとも――
――まさか?
悠一は、自分が席を空けていた間に、何か不都合が起きていないか、ザッと会場を確認する。
特に問題はなさそうだった。香炉も抹香も、ろうそくも。
焼香客の出入りも落ち着いていた。
「悠一」
母親に、背後からそっと声を掛けられる。
「もういいから、そろそろ帰んなさい。あんた、明日学校だいね」
「ああ」と応じ、滑るように退出しようとする悠一の肩へ、
「今晩は急に悪かったね、おかげさまで助かりました。ありがとさんね」と。
母がそっと礼を言った。
*
ちょうどタイミングが悪く、次のバスが来るまで十分以上あった。
缶コーヒーで暖を取りながら、吹き抜ける夜風に、悠一は小さく肩をすくめる。
キス――された。
藤堂尊に。
襲い掛かられた。
そう、改めて思い返せば、なんとも言えない気分だった。
「気持ち悪い」とか、そういう感じはしなくて。ただ――
掴まれた肩に残る指の感触とか。
熱っぽいような尊の掌の温度が、ありありと思い返された。
だが続けて、舌を絡めとられる感覚が蘇るにいたり、悠一は、ガッと頬を熱くする。
そして――
自分もまた同じようなことを、奏にしそうになったのだと気が付く。
あの「土曜の午後」に。欲望に乗っ取られるようにして。
俺は「ベータ」で。
ラットにもヒートにも、まるで縁がないハズで。なのに。
そして悠一は、少し前から起きていた自分の「変化」を思い返す。
異常な激情――
止まらなかった。
勃起も射精も。
なんの脈絡もなく、突然に猛烈な欲求に突き動かされた。
なんだったのか分からなかった、あの時は。でも。
あれは奏の「匂い」に、身体が反応していたのかもしれない。
ほとんど気づかないほど、かすかな匂いだったハズなのに。
奏を見て、心が震えるような「この思い」。
これは単なる性欲じゃなくて、「アイツそのもの」に対する気持ちだと。
そう感じている、そう信じている。
目まぐるしいほどにクルクルとよく動く瞳。
他愛ない言葉の数々。
食べ物をパクパクと、ついばむようなしぐさ。
柳炭を、そして絵筆を持つ繊細な指先。
キャンバスを射抜く視線。
やわらかなくちびるを軽く引き結んで、ひたすらに集中する横顔。
俺を――
俺の走る姿を見つめる、まっすぐな。
まっすぐすぎる、まなざし。
この目に焼き付いている奏の、何もかもが、ジワリと心から何かを染み出させて。
疼く痛みを引き起こして。
「好きなんだ」と。
「アイツ」を好きなんだと。俺は思って――
確かに。
あの肌に、直に触れたい。もう一度抱きしめたい。
やわらかく透明なくちびるに。
キス、したい――
でも。
「それだけ」じゃない。
もしそうできなくても、俺はアイツを、奏を。
――いや?
本当に、そうだろうか。
そうできないまま、俺は耐えられるのだろうか?
抱きしめた奏の匂いが。
まだ、この肌の上に残っている気すらするのに。
思い返せば、どうしようもなく。
男の欲望が加速してしまうのに――?
バスが来た。
溜息をまたひとつつき、悠一は車内に乗り込む。
車窓は暗く沈み、バスの中の乗客と照明とを映し出していた。
それを打ち眺めながら、悠一はふと、さっきの尊の言葉を思い返す。
小鳥遊菜々緒――
旧姓、村岡菜々緒のことは?
意味深な、意味深すぎる言い方。
どう考えたとて、それは奏の「親戚」を……おそらくは「母親」を指しているハズで。
わざわざ「村岡」という「旧姓」まで言及したということは。
「俺の父親」が、その苗字を知っているという――
奏の母が「結婚する前」の知り合いだという「におわせ」なのだと。
悠一にももう、十分に分かっていた。
時間にすれば、ほんの十五分足らず。
斎場の小部屋で、尊が休んでいったのは、せいぜいその程度だった。
「迷惑かけた。悪かったな、春日」
らしくなく、そんな殊勝な言葉を残し、尊は自分で帰りの車を呼ぶ。
そして、まだ顔色も戻りきらないままハイヤーに乗り込んで、斎場を去った。
気づかわしげに見送る悠一に向かって、
「今度、なにか礼をさせてくれ」などと、そんな言葉を言い置いて――
ひとつ大きく息を吐いて、悠一は会場へと戻っていく。
ただ押し寄せてくるのは、モヤモヤと解決のつかない感情だった。
たった今。
尊に「されそうになったコト」。
「ラット」
オメガに「ヒート」という発情期があるのと同じように、アルファにもあるとされる「モノ」。
悠一が持っていたのは、ごく「通り一遍」の知識だった。
小中の保健体育の授業で習う程度の。
――知らなかったさ。
あんなにも、体調を左右するものだったなんて。
尊の荒い息遣い、掴みかかって来た指と腕の強さを、悠一はありありと思い返す。
冷静さを取り戻すために、平静を装うために。
あんな「得体のしれない薬」まで飲むなんて――
尊の紙のように白く青ざめた横顔が、悠一の脳裏にチラついた。
っていうか、親は何考えてんだ?
具合の悪そうな息子のコト。
あんな「無茶な振舞い」をしていることとか。
無認可の薬を手に入れて、常用していることとか。
まったく気づいてないのかよ? いや、それとも――
――まさか?
悠一は、自分が席を空けていた間に、何か不都合が起きていないか、ザッと会場を確認する。
特に問題はなさそうだった。香炉も抹香も、ろうそくも。
焼香客の出入りも落ち着いていた。
「悠一」
母親に、背後からそっと声を掛けられる。
「もういいから、そろそろ帰んなさい。あんた、明日学校だいね」
「ああ」と応じ、滑るように退出しようとする悠一の肩へ、
「今晩は急に悪かったね、おかげさまで助かりました。ありがとさんね」と。
母がそっと礼を言った。
*
ちょうどタイミングが悪く、次のバスが来るまで十分以上あった。
缶コーヒーで暖を取りながら、吹き抜ける夜風に、悠一は小さく肩をすくめる。
キス――された。
藤堂尊に。
襲い掛かられた。
そう、改めて思い返せば、なんとも言えない気分だった。
「気持ち悪い」とか、そういう感じはしなくて。ただ――
掴まれた肩に残る指の感触とか。
熱っぽいような尊の掌の温度が、ありありと思い返された。
だが続けて、舌を絡めとられる感覚が蘇るにいたり、悠一は、ガッと頬を熱くする。
そして――
自分もまた同じようなことを、奏にしそうになったのだと気が付く。
あの「土曜の午後」に。欲望に乗っ取られるようにして。
俺は「ベータ」で。
ラットにもヒートにも、まるで縁がないハズで。なのに。
そして悠一は、少し前から起きていた自分の「変化」を思い返す。
異常な激情――
止まらなかった。
勃起も射精も。
なんの脈絡もなく、突然に猛烈な欲求に突き動かされた。
なんだったのか分からなかった、あの時は。でも。
あれは奏の「匂い」に、身体が反応していたのかもしれない。
ほとんど気づかないほど、かすかな匂いだったハズなのに。
奏を見て、心が震えるような「この思い」。
これは単なる性欲じゃなくて、「アイツそのもの」に対する気持ちだと。
そう感じている、そう信じている。
目まぐるしいほどにクルクルとよく動く瞳。
他愛ない言葉の数々。
食べ物をパクパクと、ついばむようなしぐさ。
柳炭を、そして絵筆を持つ繊細な指先。
キャンバスを射抜く視線。
やわらかなくちびるを軽く引き結んで、ひたすらに集中する横顔。
俺を――
俺の走る姿を見つめる、まっすぐな。
まっすぐすぎる、まなざし。
この目に焼き付いている奏の、何もかもが、ジワリと心から何かを染み出させて。
疼く痛みを引き起こして。
「好きなんだ」と。
「アイツ」を好きなんだと。俺は思って――
確かに。
あの肌に、直に触れたい。もう一度抱きしめたい。
やわらかく透明なくちびるに。
キス、したい――
でも。
「それだけ」じゃない。
もしそうできなくても、俺はアイツを、奏を。
――いや?
本当に、そうだろうか。
そうできないまま、俺は耐えられるのだろうか?
抱きしめた奏の匂いが。
まだ、この肌の上に残っている気すらするのに。
思い返せば、どうしようもなく。
男の欲望が加速してしまうのに――?
バスが来た。
溜息をまたひとつつき、悠一は車内に乗り込む。
車窓は暗く沈み、バスの中の乗客と照明とを映し出していた。
それを打ち眺めながら、悠一はふと、さっきの尊の言葉を思い返す。
小鳥遊菜々緒――
旧姓、村岡菜々緒のことは?
意味深な、意味深すぎる言い方。
どう考えたとて、それは奏の「親戚」を……おそらくは「母親」を指しているハズで。
わざわざ「村岡」という「旧姓」まで言及したということは。
「俺の父親」が、その苗字を知っているという――
奏の母が「結婚する前」の知り合いだという「におわせ」なのだと。
悠一にももう、十分に分かっていた。
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