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32.バランスと依存(4)
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「親父」などと呼びかけて、精一杯つっぱって。
悠一は父を「問い詰めてみた」つもりだった。
けれど運転席の横顔は、ごく透明に凪いでいる。
車内の空気。
その色は、何も変わらない。
「……父さん」
きまり悪すぎて、悠一はもう一度呼びかけた。
父はウィンカーを出し、注意深く右折を始める。
ただ返事を待って、悠一は、ハンドルが父の手の内で滑って戻っていくのを見つめていた。
「菜々緒さんとは……奏くんの、お母さんとは」
運転席の父が、やっと語り出す。
「高校が一緒だったと、それは話したと思うけども……」
悠一はただ、コクリと頷き、父の言葉を促した。
けれど続いた言葉は、「うん……それだけで、特にはなぁ」と、ひどく拍子抜けするもので。
そんなハズ、ねぇだろ……?! と、声を荒らげたくなる気持ちを、悠一はひとまずグッと飲み込む。
だって奏のお母さんは、あんなに。
動揺してたじゃないか。
そうだよ。俺と初めて会った時だって、あの人――
「春日先輩」……って、言いかけた。
父さんのコト、思い出して。
父さんと俺とを混乱するくらいに。
悠一の沈黙に「不本意さ」のようなモノを感じ取ったのだろう。
父が続ける。
「そりゃ、見てのとおり村岡さんは、キレイな娘さんやったし? まあ『憧れの的』っていうか……父さんだって顔と名前くらいは知ってたな。けど、直接はなにも。父さんは山やらカメラやら、そういう……なんていうか『男くさい』ことばかりしていたから。学年もふたつ違ってたし」
要は「特に接点はなかった」とでも言いたいのだろう。
父の言葉に「ウソ」は感じられなかった。
けれど悠一は、どことなく、そこに「言い訳っぽさ」を感じずにはいられなくて。
「奏のお母さんは……そんな風には思ってないように見えた。なんていうか……父さんに何か」
そう。「何か」――
なんだろう?
「恩」みたいなものを感じてるように見えた。
うん、そうだよ「恩」。
そう思い至って、悠一は一旦、口をつぐむ。
開け放たれた車窓。
奏の残り香は、やっと、少しずつ少しずつ薄くなっていく。
*
車が、春日葬儀社の駐車場に着く。
「ゴメン、突然、迎えを頼んだりして」
あらためて、悠一は父に詫びた。
「何を言うて、悠一。子どもが親を頼るのは当たり前だい」
父がふわりと破顔する。
「お前はな、昔からしっかりしすぎるトコロがあるから。こうやって頼られるのは、ちょっとこそばゆいが……」
言い淀んで口をつぐんでから、父は、
「嬉しいやな」と、小さく言い足した。
車を降りて、悠一と父は、並んで家へと向かう。
父がポツリ、
「父さんは、事務所に戻るから」と告げた。そして、
「母さんは町内会に出てて、しばらく戻らんし」と付け足す。
その唐突な言葉の孕む、微妙な違和感。
すぐに、悠一は気づく。
自分が「しばらくは家で、『ひとりきり』でいられるのだ」と。
父はそう言いたいのだと。
「……あれだ、お前ももう高校生だし? 第二性…の話とかは知っとったりするだろう?」
不意を突かれた気持ちになるが、悠一はすぐにまた、コクリと無言で頷く。
「奏くんは、オメガ性やな」
言わずもがなコトだったが、ハッキリと、父はそう言葉にした。そして、
「菜々緒さんも、オメガや」と続ける。
ああ、もちろん「そう」だろうさ? と、悠一は胸の内で噛みしめる。
見れば分かる。奏に「そっくり」の人だ。
「奏くんも、初兆が近いんだろうが……色々となかなか上手いコト、いってないんかな」
独り言めいて、父が呟いた。
「あの匂いには、ベータでも色々……『当てられる』やろ?」
父の言葉に「下世話」な響きは一切なくて。
むしろ悠一は、自分が心配され、労わられているような。そんな感覚さえ抱いてしまう。
そして悠一の父は、それ以上、無駄な言葉を重ねることなく、そっと事務所へと姿を消す。
家に戻った安堵。
奏を送り届けた安心感。
そんなような色々が、キリキリに張りつめていた悠一の緊張を一気にほどけさせた。
それと同時に、脳内がグルリと回転する。
陰茎が――
一気に激しく充血した。
「親父」などと呼びかけて、精一杯つっぱって。
悠一は父を「問い詰めてみた」つもりだった。
けれど運転席の横顔は、ごく透明に凪いでいる。
車内の空気。
その色は、何も変わらない。
「……父さん」
きまり悪すぎて、悠一はもう一度呼びかけた。
父はウィンカーを出し、注意深く右折を始める。
ただ返事を待って、悠一は、ハンドルが父の手の内で滑って戻っていくのを見つめていた。
「菜々緒さんとは……奏くんの、お母さんとは」
運転席の父が、やっと語り出す。
「高校が一緒だったと、それは話したと思うけども……」
悠一はただ、コクリと頷き、父の言葉を促した。
けれど続いた言葉は、「うん……それだけで、特にはなぁ」と、ひどく拍子抜けするもので。
そんなハズ、ねぇだろ……?! と、声を荒らげたくなる気持ちを、悠一はひとまずグッと飲み込む。
だって奏のお母さんは、あんなに。
動揺してたじゃないか。
そうだよ。俺と初めて会った時だって、あの人――
「春日先輩」……って、言いかけた。
父さんのコト、思い出して。
父さんと俺とを混乱するくらいに。
悠一の沈黙に「不本意さ」のようなモノを感じ取ったのだろう。
父が続ける。
「そりゃ、見てのとおり村岡さんは、キレイな娘さんやったし? まあ『憧れの的』っていうか……父さんだって顔と名前くらいは知ってたな。けど、直接はなにも。父さんは山やらカメラやら、そういう……なんていうか『男くさい』ことばかりしていたから。学年もふたつ違ってたし」
要は「特に接点はなかった」とでも言いたいのだろう。
父の言葉に「ウソ」は感じられなかった。
けれど悠一は、どことなく、そこに「言い訳っぽさ」を感じずにはいられなくて。
「奏のお母さんは……そんな風には思ってないように見えた。なんていうか……父さんに何か」
そう。「何か」――
なんだろう?
「恩」みたいなものを感じてるように見えた。
うん、そうだよ「恩」。
そう思い至って、悠一は一旦、口をつぐむ。
開け放たれた車窓。
奏の残り香は、やっと、少しずつ少しずつ薄くなっていく。
*
車が、春日葬儀社の駐車場に着く。
「ゴメン、突然、迎えを頼んだりして」
あらためて、悠一は父に詫びた。
「何を言うて、悠一。子どもが親を頼るのは当たり前だい」
父がふわりと破顔する。
「お前はな、昔からしっかりしすぎるトコロがあるから。こうやって頼られるのは、ちょっとこそばゆいが……」
言い淀んで口をつぐんでから、父は、
「嬉しいやな」と、小さく言い足した。
車を降りて、悠一と父は、並んで家へと向かう。
父がポツリ、
「父さんは、事務所に戻るから」と告げた。そして、
「母さんは町内会に出てて、しばらく戻らんし」と付け足す。
その唐突な言葉の孕む、微妙な違和感。
すぐに、悠一は気づく。
自分が「しばらくは家で、『ひとりきり』でいられるのだ」と。
父はそう言いたいのだと。
「……あれだ、お前ももう高校生だし? 第二性…の話とかは知っとったりするだろう?」
不意を突かれた気持ちになるが、悠一はすぐにまた、コクリと無言で頷く。
「奏くんは、オメガ性やな」
言わずもがなコトだったが、ハッキリと、父はそう言葉にした。そして、
「菜々緒さんも、オメガや」と続ける。
ああ、もちろん「そう」だろうさ? と、悠一は胸の内で噛みしめる。
見れば分かる。奏に「そっくり」の人だ。
「奏くんも、初兆が近いんだろうが……色々となかなか上手いコト、いってないんかな」
独り言めいて、父が呟いた。
「あの匂いには、ベータでも色々……『当てられる』やろ?」
父の言葉に「下世話」な響きは一切なくて。
むしろ悠一は、自分が心配され、労わられているような。そんな感覚さえ抱いてしまう。
そして悠一の父は、それ以上、無駄な言葉を重ねることなく、そっと事務所へと姿を消す。
家に戻った安堵。
奏を送り届けた安心感。
そんなような色々が、キリキリに張りつめていた悠一の緊張を一気にほどけさせた。
それと同時に、脳内がグルリと回転する。
陰茎が――
一気に激しく充血した。
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