マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

文字の大きさ
64 / 69

39.building a mystery(2)

しおりを挟む
[63]


「悠一、いまから本屋に寄ってこうぜ」
 
 放課後の廊下で、奏が悠一に言った。
 だから、連れだって「中央」まで出ることにする。

 空気はもう十分に冬の冷たさだったが、ちょうどバスのタイミングも悪くて、ふたりは喋りながら歩いて向かった。

 奏の目当ての本はすぐに見つかる。けれど、ついついあちこちの棚をひやかしてしまい、あっという間に時間が経った。

「なんか食べていこうよ。おれ、小腹減った」
 屈託なく、奏が言う。

「いいぜ、何喰う?」と、悠一が問えば、

「そうだな……しょっぱいフライドポテト、喰いたいかな。あとはソフトクリーム」と。

 長い睫毛をまばたかせ、奏がそう応じたから、ハンバーガー屋へと向かった。前に、美術館の後に寄った店だ。

「最近さ、結構、体調いいんだよな、おれ」と。

 ポテトをついばみながら話す奏の頬は、少しだけふくらみが戻ったようにみえて――
 悠一は、ホッとひだまりの公園に座った気持ちになる。
 
 安心した。
 その言葉は、ウソじゃないと思えたから。
 でも、すぐにまた胸の底に、うすら寒い不安が漂い始める。

 なに考えてるんだよ、俺。
 なんだか、「奏を『心配』するのが『普通』」になっちまったからか?
 ホントの「普通」に、むしろ戸惑ってるなんて。

「あれ?」
 奏がポテトをつまむ指を、ふと止めた。

「なあ、悠一、その首……どうしたの? ケガ?」

 耳の下。
 ちょうど詰襟で隠れるか隠れないかのギリギリのライン。
 悠一の首筋に貼られた大きな白い絆創膏に気がついて、奏がそっと指先を伸ばした。
 
 ――藤堂尊に嚙まれた痕。

 奏の指がかすかに触れた瞬間、悠一が、ビクリと反射的に飛びすさる。

「あ、ゴメン。なに、痛かった?!」

 悠一が見せた鋭い反応に、奏の方が吃驚していた。
 慌てて、悠一がかぶりを振る。

「え、悠一、どうしたの、そんなトコ」

 ごくもっともな疑問だと思った。
 母親にも訊ねられ、「とっさの言い訳」でごまかした。
 けれど、今、それがすぐには出てこなくて、悠一は「え……」と、短く口ごもる。そして、

「いや、別に…大したことなくて」とだけ応じた。

「そうか? でも結構、腫れてるみたいだぜ?」
 ごく気づかわしげに、奏が眉根をギュッと寄せた。

「バイ菌とか入っちまってるんじゃない? 病院行ったのかよ、悠一」

 奏は、本気で心配しているようだった。
 それが分かるから余計に、悠一はごくごく素っ気ない口調で、 

「なんでもないって、大丈夫だって」と続けるしかなかった。

 それ以上、しつこく言っても仕方がないと思ったのか、奏はひとつ、鼻を鳴らすみたいに息を吐いてから、またポテトをつまみ始める。

 そこは偶然にも、以前来た時に座った窓際の席だった。
 けれど季節柄、日差しはその時よりもずっと高度を下げていて、やわらかい眩しさを増している。

 悠一と喋りながらも、奏は手遊びめいて、小さなノートの上にシャーペンを走らせ続けていた。

 サリサリとかすかな音とともに、次々と紙に写し取られていくのは。
 バーガーの包みや、ポテトの容器、座席の張地の模様などの他愛ない「落書き」。

 そして今、奏は悠一を描き始めた。

 ノートを見なくても、悠一にはそれが分る。
 
 自分を見つめる奏の視線。
 それはもう、そそがれればすぐさま、肌の上に感じ取れるほどに馴染みのある感触だったから――

 午後の日差しの中で、ふたりは色々な話を続ける。

 数日前から派遣されている産休代替の先生が履く「ヘンテコ」なサンダルの話。
 その教師につけられたあだ名が、意外にも二年の三クラスで共通していたコト。
 定期テストの愚痴。最近見た動画。

 それは、なんの欲望もにじまない、まじりっけなしに「他愛ない友達との会話」そのものだった。
 
 よかった――

 こうやってまた少しずつ、奏との時間を積み重ねていける。
 俺たちは、お互い段々に知り合って近づいて、色々な経験が重なりあって。
 そうしたら。
 
 奏の気持ちもいつか、もしかしたら。
 俺の奏への「好意」と近いものに変わってくる時がくるかもしれない。
 いや、そうならなくたって。

 こうやってコイツといられれば、それでいい。
 奏が幸せに笑って、こんな風に絵を描いてくれるなら――それで。

「なあなあ、前から訊こうと思ってたんだけどさ、悠一のスタンプ。これ何」

 奏がスマホを取り出して、メッセージアプリのトーク画面を見せてくる。

「サルボボ」

 ひと言だけ応じて、悠一はコーヒーに口をつける。
 紙コップの内側で、ふわりと笑みがこぼれた。

「え、なに、さるぼぼ?」
 首を捻りながら、奏がスマホで検索を始める。

 そんな奏の笑顔は、本当に以前と同じに、キラキラキラキラと溢れ出して。

 それがやたらと眩しくて。
 泣きそうに眩しくて。

 悠一は、まるで空を仰ぐようにして上を向き、こみ上げてくる涙を止めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

八月は僕のつがい

やなぎ怜
BL
冬生まれの雪宗(ゆきむね)は、だからかは定かではないが、夏に弱い。そして夏の月を冠する八月(はつき)にも、弱かった。αである八月の相手は愛らしい彼の従弟たるΩだろうと思いながら、平凡なβの雪宗は八月との関係を続けていた。八月が切り出すまでは、このぬるま湯につかったような関係を終わらせてやらない。そう思っていた雪宗だったが……。 ※オメガバース。性描写は薄く、主人公は面倒くさい性格です。

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽
BL
生来、内気で自分に自身を持てない性格の朝哉は、入学当初の騒動によりいっそう内に籠るようになっていた。  家族は彼とは正反対の明るい人々ばかりで何となく居所がなく、その事件に関しても理解を得られない。  そんな彼を憐れみ、ほとんど単なる同居人か家政夫同然の名ばかり≪彼氏≫として扱ってくれていた女性も、愛想が尽きたのか朝哉がバイトをクビになったのを機に唐突に家を追い出されてしまう。  途方にくれた朝哉が最寄りのコンビニに向かうと、そこには憧れの男性の姿が。  どういう偶然なのか、会うたびに朝哉と同じような格好をしている彼。  名前も職業も何も知らないけれど、週に二度は出くわしてしまうため、なんとなく目で追うようになって半年。 ひょんなことから彼のもとで暮らすこととなるが、それと同時に、あの≪騒動≫の影がふたたび日常を蝕むようになり…? 包容力高めの美人お兄さんの手で気弱&卑屈な大学生くんが前向きになっていく話。

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

隣の番は、俺だけを見ている

雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。 ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。 執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。 【キャラクター設定】 ■主人公(受け) 名前:湊(みなと) 属性:Ω(オメガ) 年齢:17歳 性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。 特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。 ■相手(攻め) 名前:律(りつ) 属性:α(アルファ) 年齢:18歳 性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。 特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。

処理中です...