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39.building a mystery(2)
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「悠一、いまから本屋に寄ってこうぜ」
放課後の廊下で、奏が悠一に言った。
だから、連れだって「中央」まで出ることにする。
空気はもう十分に冬の冷たさだったが、ちょうどバスのタイミングも悪くて、ふたりは喋りながら歩いて向かった。
奏の目当ての本はすぐに見つかる。けれど、ついついあちこちの棚をひやかしてしまい、あっという間に時間が経った。
「なんか食べていこうよ。おれ、小腹減った」
屈託なく、奏が言う。
「いいぜ、何喰う?」と、悠一が問えば、
「そうだな……しょっぱいフライドポテト、喰いたいかな。あとはソフトクリーム」と。
長い睫毛をまばたかせ、奏がそう応じたから、ハンバーガー屋へと向かった。前に、美術館の後に寄った店だ。
「最近さ、結構、体調いいんだよな、おれ」と。
ポテトをついばみながら話す奏の頬は、少しだけふくらみが戻ったようにみえて――
悠一は、ホッとひだまりの公園に座った気持ちになる。
安心した。
その言葉は、ウソじゃないと思えたから。
でも、すぐにまた胸の底に、うすら寒い不安が漂い始める。
なに考えてるんだよ、俺。
なんだか、「奏を『心配』するのが『普通』」になっちまったからか?
ホントの「普通」に、むしろ戸惑ってるなんて。
「あれ?」
奏がポテトをつまむ指を、ふと止めた。
「なあ、悠一、その首……どうしたの? ケガ?」
耳の下。
ちょうど詰襟で隠れるか隠れないかのギリギリのライン。
悠一の首筋に貼られた大きな白い絆創膏に気がついて、奏がそっと指先を伸ばした。
――藤堂尊に嚙まれた痕。
奏の指がかすかに触れた瞬間、悠一が、ビクリと反射的に飛びすさる。
「あ、ゴメン。なに、痛かった?!」
悠一が見せた鋭い反応に、奏の方が吃驚していた。
慌てて、悠一がかぶりを振る。
「え、悠一、どうしたの、そんなトコ」
ごくもっともな疑問だと思った。
母親にも訊ねられ、「とっさの言い訳」でごまかした。
けれど、今、それがすぐには出てこなくて、悠一は「え……」と、短く口ごもる。そして、
「いや、別に…大したことなくて」とだけ応じた。
「そうか? でも結構、腫れてるみたいだぜ?」
ごく気づかわしげに、奏が眉根をギュッと寄せた。
「バイ菌とか入っちまってるんじゃない? 病院行ったのかよ、悠一」
奏は、本気で心配しているようだった。
それが分かるから余計に、悠一はごくごく素っ気ない口調で、
「なんでもないって、大丈夫だって」と続けるしかなかった。
それ以上、しつこく言っても仕方がないと思ったのか、奏はひとつ、鼻を鳴らすみたいに息を吐いてから、またポテトをつまみ始める。
そこは偶然にも、以前来た時に座った窓際の席だった。
けれど季節柄、日差しはその時よりもずっと高度を下げていて、やわらかい眩しさを増している。
悠一と喋りながらも、奏は手遊びめいて、小さなノートの上にシャーペンを走らせ続けていた。
サリサリとかすかな音とともに、次々と紙に写し取られていくのは。
バーガーの包みや、ポテトの容器、座席の張地の模様などの他愛ない「落書き」。
そして今、奏は悠一を描き始めた。
ノートを見なくても、悠一にはそれが分る。
自分を見つめる奏の視線。
それはもう、そそがれればすぐさま、肌の上に感じ取れるほどに馴染みのある感触だったから――
午後の日差しの中で、ふたりは色々な話を続ける。
数日前から派遣されている産休代替の先生が履く「ヘンテコ」なサンダルの話。
その教師につけられたあだ名が、意外にも二年の三クラスで共通していたコト。
定期テストの愚痴。最近見た動画。
それは、なんの欲望もにじまない、まじりっけなしに「他愛ない友達との会話」そのものだった。
よかった――
こうやってまた少しずつ、奏との時間を積み重ねていける。
俺たちは、お互い段々に知り合って近づいて、色々な経験が重なりあって。
そうしたら。
奏の気持ちもいつか、もしかしたら。
俺の奏への「好意」と近いものに変わってくる時がくるかもしれない。
いや、そうならなくたって。
こうやってコイツといられれば、それでいい。
奏が幸せに笑って、こんな風に絵を描いてくれるなら――それで。
「なあなあ、前から訊こうと思ってたんだけどさ、悠一のスタンプ。これ何」
奏がスマホを取り出して、メッセージアプリのトーク画面を見せてくる。
「サルボボ」
ひと言だけ応じて、悠一はコーヒーに口をつける。
紙コップの内側で、ふわりと笑みがこぼれた。
「え、なに、さるぼぼ?」
首を捻りながら、奏がスマホで検索を始める。
そんな奏の笑顔は、本当に以前と同じに、キラキラキラキラと溢れ出して。
それがやたらと眩しくて。
泣きそうに眩しくて。
悠一は、まるで空を仰ぐようにして上を向き、こみ上げてくる涙を止めた。
「悠一、いまから本屋に寄ってこうぜ」
放課後の廊下で、奏が悠一に言った。
だから、連れだって「中央」まで出ることにする。
空気はもう十分に冬の冷たさだったが、ちょうどバスのタイミングも悪くて、ふたりは喋りながら歩いて向かった。
奏の目当ての本はすぐに見つかる。けれど、ついついあちこちの棚をひやかしてしまい、あっという間に時間が経った。
「なんか食べていこうよ。おれ、小腹減った」
屈託なく、奏が言う。
「いいぜ、何喰う?」と、悠一が問えば、
「そうだな……しょっぱいフライドポテト、喰いたいかな。あとはソフトクリーム」と。
長い睫毛をまばたかせ、奏がそう応じたから、ハンバーガー屋へと向かった。前に、美術館の後に寄った店だ。
「最近さ、結構、体調いいんだよな、おれ」と。
ポテトをついばみながら話す奏の頬は、少しだけふくらみが戻ったようにみえて――
悠一は、ホッとひだまりの公園に座った気持ちになる。
安心した。
その言葉は、ウソじゃないと思えたから。
でも、すぐにまた胸の底に、うすら寒い不安が漂い始める。
なに考えてるんだよ、俺。
なんだか、「奏を『心配』するのが『普通』」になっちまったからか?
ホントの「普通」に、むしろ戸惑ってるなんて。
「あれ?」
奏がポテトをつまむ指を、ふと止めた。
「なあ、悠一、その首……どうしたの? ケガ?」
耳の下。
ちょうど詰襟で隠れるか隠れないかのギリギリのライン。
悠一の首筋に貼られた大きな白い絆創膏に気がついて、奏がそっと指先を伸ばした。
――藤堂尊に嚙まれた痕。
奏の指がかすかに触れた瞬間、悠一が、ビクリと反射的に飛びすさる。
「あ、ゴメン。なに、痛かった?!」
悠一が見せた鋭い反応に、奏の方が吃驚していた。
慌てて、悠一がかぶりを振る。
「え、悠一、どうしたの、そんなトコ」
ごくもっともな疑問だと思った。
母親にも訊ねられ、「とっさの言い訳」でごまかした。
けれど、今、それがすぐには出てこなくて、悠一は「え……」と、短く口ごもる。そして、
「いや、別に…大したことなくて」とだけ応じた。
「そうか? でも結構、腫れてるみたいだぜ?」
ごく気づかわしげに、奏が眉根をギュッと寄せた。
「バイ菌とか入っちまってるんじゃない? 病院行ったのかよ、悠一」
奏は、本気で心配しているようだった。
それが分かるから余計に、悠一はごくごく素っ気ない口調で、
「なんでもないって、大丈夫だって」と続けるしかなかった。
それ以上、しつこく言っても仕方がないと思ったのか、奏はひとつ、鼻を鳴らすみたいに息を吐いてから、またポテトをつまみ始める。
そこは偶然にも、以前来た時に座った窓際の席だった。
けれど季節柄、日差しはその時よりもずっと高度を下げていて、やわらかい眩しさを増している。
悠一と喋りながらも、奏は手遊びめいて、小さなノートの上にシャーペンを走らせ続けていた。
サリサリとかすかな音とともに、次々と紙に写し取られていくのは。
バーガーの包みや、ポテトの容器、座席の張地の模様などの他愛ない「落書き」。
そして今、奏は悠一を描き始めた。
ノートを見なくても、悠一にはそれが分る。
自分を見つめる奏の視線。
それはもう、そそがれればすぐさま、肌の上に感じ取れるほどに馴染みのある感触だったから――
午後の日差しの中で、ふたりは色々な話を続ける。
数日前から派遣されている産休代替の先生が履く「ヘンテコ」なサンダルの話。
その教師につけられたあだ名が、意外にも二年の三クラスで共通していたコト。
定期テストの愚痴。最近見た動画。
それは、なんの欲望もにじまない、まじりっけなしに「他愛ない友達との会話」そのものだった。
よかった――
こうやってまた少しずつ、奏との時間を積み重ねていける。
俺たちは、お互い段々に知り合って近づいて、色々な経験が重なりあって。
そうしたら。
奏の気持ちもいつか、もしかしたら。
俺の奏への「好意」と近いものに変わってくる時がくるかもしれない。
いや、そうならなくたって。
こうやってコイツといられれば、それでいい。
奏が幸せに笑って、こんな風に絵を描いてくれるなら――それで。
「なあなあ、前から訊こうと思ってたんだけどさ、悠一のスタンプ。これ何」
奏がスマホを取り出して、メッセージアプリのトーク画面を見せてくる。
「サルボボ」
ひと言だけ応じて、悠一はコーヒーに口をつける。
紙コップの内側で、ふわりと笑みがこぼれた。
「え、なに、さるぼぼ?」
首を捻りながら、奏がスマホで検索を始める。
そんな奏の笑顔は、本当に以前と同じに、キラキラキラキラと溢れ出して。
それがやたらと眩しくて。
泣きそうに眩しくて。
悠一は、まるで空を仰ぐようにして上を向き、こみ上げてくる涙を止めた。
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