マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

文字の大きさ
66 / 69

40.運命・開花(2)

しおりを挟む
[65]


 奏を抱え上げ、悠一は校舎を飛び出した。
 正面のグラウンドを避け、建物にそって、尊に指示された通用口へと走る。

 塀の間のちいさな通用門の前に、黒塗りの車が滑り入った。

「乗ってください」と、運転席の男が言う。
 タクシーのように、自動で後部座席のドアが開かれた。

 言われるがまま、悠一は車に乗り込む。
 すぐ後から、藤堂尊も現れて助手席へと座った。

 車はすぐに発進する。

 ただただ、必死に奏を抱きすくめる悠一の腕は、激しく震えていた。
 それを解くことすらままならぬほどに、硬直して痺れ切っている。

 そうやって悠一に抱きとめられながらも、奏は――
 ただひたすらに、尊を見上げ、見つめ続けていた。

 欲望にとろけきった顔で。
 
 それは、悠一に獣慾を宥められ、快楽を貪っている時にすら――
 悠一の雄を胎内に受け入れた時にすら見せたことのない。

 ――完全に堕ちきった表情。
 
 腕を肩を震わせながら、 悠一はひたすら、くちびるを噛みしめる。

「とう、どう……くん、すご、い……ね、とうどうくんが、おれの…運命……?」

 うわごとめいて、奏が繰り返す。
 そんな言葉を完全に無視するかのように、尊は、

「竹内さん、申し訳ないけど、今日の予定、少し遅らせられますか」と、運転席の男に問いかけた。

「とりあえず、このふたりを送ってやらないと」

「大丈夫です、尊さま。スケジュールには余裕を持たせてありますから」

 隆道の秘書、竹内が応じた。
 今日は運転手はおらず、竹内がそれを務めている。

 そんな竹内の言葉に頷きで応じ、尊が続けた。
 
「……春日、小鳥遊の家まで道案内頼めるか」

 ああ、と。
 返事をした悠一の声は、どうにもかすれて震えてしまう。

 なんなんだよ……藤堂。
 オマエ、「アルファ」なんだろ?
 この猛烈な匂いが、分からないワケじゃないだろ?
 なんでだよ。
 なんで、そんなに平然としていられるんだ?

 脳内でそんな混乱を渦巻かせる悠一の腕の中、突如、奏が激しく身じろぎをした。

「や、いやっ……はなし、て……とうどう…とうどうくん、おねがい」

 そしてものすごい力で、悠一を振りほどくと、助手席のシートへと身を乗り出す。

 指を伸ばして尊の頬に触れ、くちびるを寄せた。
 シートベルトが邪魔になって上手くよけきれず、尊のくちびるは奏に捉えられてしまう。

 顎を傾けて、奏が尊に、ひたすら深くくちづけた。
 尊の肩へと手を伸ばし、コートの布地をきつくきつく掴みながら。

 ドロリと、また甘い液体が滴る。
 奏のスラックスは、もうぐしょ濡れだった。
 悠一の制服と上着もまた、奏の分泌液で濡れそぼる。

「…とうどうく、ん したい、したい、とうどうくん、のこども、ほしい……」
 
 尊が奏を振り払う。
 眉ひとつ動かさぬままに。

 藤堂の……アルファの「なにか」に。
 もうどうしようもなく、奏は「おかしく」されてしまってる――

 悠一にも、それはありありと分かっていた。

 全然違う。違うんだ。
 俺を相手に、自慰のかわりのように乱れるのとは。
 
 たぶん「本能」ってヤツで――
 これは「奏のせい」じゃない。仕方ないんだ。

 むせかえる、激しすぎるオメガ臭。
 これまでに奏が発していた「匂い」など、まるで比べ物にならないような。

 頬が痺れきって冷たくて。
 そんな絶望にも似た切なさが、悠一を打ちのめす。

 なのに、情けないほど勃起している自分自身に、悠一は気づいていた。
 先走りで下着はグショグショだった。

 一体、いま自分は、どうやって射精を堪えているのかすら、もう分からないほどに――

 なぜなんだ。
 なぜ藤堂は、こんなにも平然と――

「オマエ……なんで」
 悠一の思考が音になる。

「藤堂、オマエなんで、そんな平気なんだ……アルファ、なんだろ? オメガが発情してんのに、なんでそんな」

「慣れている」
 尊の答えは、ただただ静かだった。

「『慣れてる』って? なんだよ、それ」

 ――意味わかんねぇよ。

「だから、単に『慣れている』だけだ。オメガの発情ヒートには。それだけだ」

 低く、だがキッパリと、尊は言い切る。
 そして「小鳥遊、聞けよ」と続ける。

「気をしっかりもて……春日の前だぞ、大切な友達なんだろう? 春日に……そんな顔をさせるな」

 ――ゆ、いち?

 奏がまばたく。
 「尊に」初めて呼びかけられた喜びを、ほどけるように露わにして。

「うん、ともだち。ゆういちは、おれのだいじな」
 そう口にし、頷いて、奏が続ける。

「とうどうくん? とうどうく、んは……おれの、うんめい、だよね…?」

 なぜか、悠一の首筋が疼いた。
 藤堂尊に咬まれた傷が。

「すごい、とうどうくんは、おれのうんめい。ね、つがいにして、おれのこと、はやく……して、とうどうくんのが……ほしい…」

 そう呟いて、奏が吐精した。
 悠一の腕の中で。

 もう、どうやったらこみ上げる涙をこらえられるのか。
 悠一には分からなかった。

 奏の家に着く。
 竹内が、悠一の腕から奏を引き取ろうとした。
 悠一は決然とそれを拒む。

 けれども、尊を求めて身じろぐ奏を押さえることは難しくて、家の中、奏をベッドまで運んでやるには、結局、竹内の手を借りるしかなかった。

 悠一の脳内ではもう、色々な処理が追いつかない。
 だから、その時の光景はとぎれとぎれで――

 気づけば藤堂家の車の後部座席に、尊と並んで座っていた。
 車はおそらく、悠一の家に向かって走っている。

「春日」
 耳もとで尊の声。

「忘れてやれ」
 
 え……。

「アイツは、小鳥遊は普通じゃなかった。それだけのコトだ。初めてのヒートなら薬も、まだうまく合わせられてないんだろう」

 ただただ静かに、尊が続ける。

「もう、あんな風にはならない。いくらオメガといっても身体が落ち着いてくれば、ここまで酷い状態を晒すようなことは、もうないはずだ。だから」

 ああ、そうだよ。
 奏。あんな状態を、みんなに見られちまって――
 
 ヒートが来ることを、なにより怯えてたのに。
 自分が変わってしまうことを、なにより怖がっていたのに。

 「うんめい」だって? なんなんだよ、運命って。
 ちくしょう――ふざけやがって。
 なんで奏が。

 ――こんな目に。

「違うんだろ、お前の知ってる『小鳥遊奏』は。あんなヤツじゃなかったんだろ? だったら……」

 車のタイヤの音。
 エンジン。

「忘れてやれ。今日のコトは、もう全部」

 ――わす、れる?

「忘れてやってくれ、春日」

 頼むから――


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

八月は僕のつがい

やなぎ怜
BL
冬生まれの雪宗(ゆきむね)は、だからかは定かではないが、夏に弱い。そして夏の月を冠する八月(はつき)にも、弱かった。αである八月の相手は愛らしい彼の従弟たるΩだろうと思いながら、平凡なβの雪宗は八月との関係を続けていた。八月が切り出すまでは、このぬるま湯につかったような関係を終わらせてやらない。そう思っていた雪宗だったが……。 ※オメガバース。性描写は薄く、主人公は面倒くさい性格です。

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽
BL
生来、内気で自分に自身を持てない性格の朝哉は、入学当初の騒動によりいっそう内に籠るようになっていた。  家族は彼とは正反対の明るい人々ばかりで何となく居所がなく、その事件に関しても理解を得られない。  そんな彼を憐れみ、ほとんど単なる同居人か家政夫同然の名ばかり≪彼氏≫として扱ってくれていた女性も、愛想が尽きたのか朝哉がバイトをクビになったのを機に唐突に家を追い出されてしまう。  途方にくれた朝哉が最寄りのコンビニに向かうと、そこには憧れの男性の姿が。  どういう偶然なのか、会うたびに朝哉と同じような格好をしている彼。  名前も職業も何も知らないけれど、週に二度は出くわしてしまうため、なんとなく目で追うようになって半年。 ひょんなことから彼のもとで暮らすこととなるが、それと同時に、あの≪騒動≫の影がふたたび日常を蝕むようになり…? 包容力高めの美人お兄さんの手で気弱&卑屈な大学生くんが前向きになっていく話。

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

隣の番は、俺だけを見ている

雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。 ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。 執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。 【キャラクター設定】 ■主人公(受け) 名前:湊(みなと) 属性:Ω(オメガ) 年齢:17歳 性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。 特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。 ■相手(攻め) 名前:律(りつ) 属性:α(アルファ) 年齢:18歳 性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。 特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。

処理中です...