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新たに歩み出した二人

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 ふわふわのオムレツにナイフとフォークを突き刺しながら、羽月は同感だと言うように頷いた。
「家の為にウチの会社を乗っ取ろうとはしないだろうけど、自分の力試しの為に乗っ取る可能性は高いね」
「ぶっ」
 陽一は飲みかけたオレンジジュースを、軽くふいた。
「そっそれじゃあ後継者はムリなんじゃあ…」
「ボクとしては彼がなってくれれば大いにありがいんだけどね。はれて自由の身になるし」
 確かにそうだが、羽月の会社の人間は大いに泣くだろう。
 しかし羽月にとっては関係ないのだ。
 陽一と一緒にいれるのなら、どれだけ大勢の人間を犠牲にしても構わないと、本気で思っているから厄介だ。
 この五年間で、働いてくれる従業員達のありがたさを身をもって知っている陽一は、かなり複雑な心境になった。
「あっ、でも別に彼は乗っ取ったからって、大きなリストラとかはしないよ? 情報とかもライバル会社に売り飛ばすこともしない。ちゃんと自分の仕事として、こなしてくれる人だから」
「…あっ、そう」
 暗い面持ちになった陽一を見て、慌てて羽月はフォローするが、実際乗っ取られては世間が騒ぐのが眼に見えるようだった。
 嫌な想像を振り払うように頭を軽く振り、気を取り直す。
「まっ、とりあえずこっちの話としては契約を交わしたいだけだ。お前の会社のことは口出すことじゃないしな」
「うん。まあ何とかしてみせるよ。陽一とずっと一緒にいる為に、ね」
 そう言って羽月はふんわり笑って見せるが、心の中はドス黒い感情があること、陽一は感じ取っていた。
 朝食後、水野と携帯電話で話をして、新幹線の駅で待ち合わせることにした。
「陽一、今回の交通費とか本当に良いの?」
「いいよ。出張費で落とすし、別にそんな大金じゃない」
 ちゃんとした仕事をしたのだ。経理担当に文句を言われることはないだろう。
「そう…。でも次来る時はこっちが出すから」
「はいはい」
 羽月がしつこく言ってくるのは、また自分に会いに来てほしいからだ。
 陽一は思わず笑みを浮かべる。
「そんなに言わなくたって、仕事じゃなくてもお前に会いに来るよ」
「本当?」
「ああ」
 羽月があの土地を訪れることはしてはいけない。万が一にも、陽一の両親に存在を知られてはいけないからだ。
 だから陽一が羽月の元を訪れるしかない。
「営業と言っても、細々とやっているだけで残業もほとんどないからな。週末、予定が合えば来るよ」
「うん、待ってる。ボクはいつだって合わせられるから」
 羽月が嬉しそうに笑うので、陽一は自ら抱きつき、キスをした。
「んっ…。メールや電話なら、毎日だってできるだろう?」
「そうだね。仕事の邪魔にならない程度に、毎日するから」
「ああ…」
 名残惜しげに再びキスをした。
 ゆっくりと離れ、陽一は羽月の部屋を後にした。
 ビルの前には羽月が呼んでくれたタクシーが待っていて、陽一は乗り込んだ。
「ふぅ…」
 流れる景色を見ながら、体が少し痛むことに気付いた。明らかに昨夜のことが原因だが、それよりも心が意外に穏やかなことに驚いた。
 もっと動揺するかと思った。
 けれど羽月が側にいると、どうしても懐かしさといとおしさが胸を占める。
 殺されかけた狂気は、陽一への愛ゆえに。
 だから許せないと思いつつも、恋慕が捨てきれない。
 再び出会い、そして体を重ねて思い知った。
 やはり羽月とは離れたくない。
 共に人生を歩んで生きたい。
 愛し合っていたい―と。



 駅ではすでに水野が待っていた。慌てて駆け寄ると、心配顔で迎えられた。
 新幹線の中で一通りの事情を説明をした。契約が安全に進みそうなことを知ると、水野はほっとしたようだった。
 とりあえず週明けにでも会議を開き、早速仕事を始めることにした。それまでに水野と共に、会議の資料や書類を作成しなければならない。
 いろんな意味で疲れている体と頭だったが、それでも仕事はしなければならない。
 何より羽月の為にも―。
 そうして慌ただしく週末は過ぎ、週明けには会議も行われた。従業員達は契約を大いに喜んでくれた。
 羽月とは隠れながら連絡を取り合っていた。表面上は仕事のことばかり話していたが、お互いに会いたい気持ちが募っていくのが分かった。
 だから羽月から再び東京へ来ないかと誘われた時、すぐに頷いた。
 それでも出掛ける理由は必要だったので、両親には出張だと言った。
 実際羽月が代理人に会わせると言う内容で誘ってきたので、ウソではなかった。
 工場の人達に会わせる前に、高校時代の知り合いだという設定を、前以って打ち合わせしなければならなかった。
「上手く話を合わせられると良いんだけど…」
 東京の駅の中で、陽一は深く息を吐いた。
 どちらかと言えばウソをつくのが苦手な陽一は、自爆する可能性が非常に高かった。
 それは羽月も知っているはずだから、代理人は余程口の上手い人でなければならない。
 社員の中にそういう人がいるのだろうが、不安はなかなか消えない。
 羽月に会える嬉しい気持ちと、仕事の不安を抱きながらタクシーに乗り込んだ。
 前回と同じく受け付け嬢に用件を告げ、エレベーターへ向かう。
 しかし今回、警備員はついて来なかった。エレベーターに乗り込む陽一に頭を下げて見せるだけだった。
 そのことに深く安堵しながら、エレベーターに一人で乗った。そして扉の前に立つと、会社名を見て深くため息をついた。
 どこまで羽月の頭の中は、陽一でいっぱいなんだろう…と。
 とりあえず仕事はしなければならない。
 意を決し、陽一は扉をノックした。
「どうぞ」
 羽月の声ではない、男性の声が返ってきた。
 どうやら今日は別の人間がいるらしい。
 改めて姿勢を正し、気合を入れた。
「失礼します」
 扉を開けると、ソファーに寛いで座る一人の男性がいた。
 見た目からは陽一や羽月とそんなに歳は離れていないように見える。私服姿だが、この寛いだ様子だと社員の一人だろう。
「はじめまして。どちら様かな?」
「茜陽一と申します。智弥さんはいらっしゃいますか?」
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