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新たな出会い

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 しばらくして、警備員達がダンボール箱を持って入って来た。
 その数、三箱。箱には陽一が勤めている会社のロゴマークがあった。
「えっと…見て分かる通り、ウチの商品。実際に使ってみて、良さを知ってもらった方が良いって言って…」
 商品をダンボールに詰めて、送ったのだ。
「へぇ。開けて見てもいい?」
「どうぞ」
 利皇は興味津々と言った様子で、箱を開けていった。
「あっ、コレはフラワーシリーズかな? 花の製品がいっぱいだ。こっちの箱はフルーツか。なかなか良い物作るよね。それでこっちは食べ物と飲み物系か。美味しそう。一本頂くよ」
 そう言って利皇が手にしたのは、地域で取れる滝の水。いわゆるミネラルウォーターで、美容成分が多くて好評だった。
「…へぇ、なかなか飲みやすくて美味しいね」
「それはどうも」
「確か花や果物は採れる時期が違うから、季節折々の商品を作っているんだよね? 数は多く作れないものの、種類自体は豊富なのはスゴイなぁ」
 頷き、感心している利皇だが、陽一の方が彼を感心していた。第一印象こそはとんでもなかったが、仕事の面では確かに優秀だ。
 こんなにしっかりした会話をするのは久し振りだと思えてしまうぐらいに、頭の回転が速い。
「定数を望んでも大丈夫?」
「それはその時の季節や天候にもよる。安心して出せるのは、そのミネラルウォーターぐらいなものなんだ」
「まあ水だからねぇ」
 利皇は手にしたビンを揺らした。
「大量生産できるなら、売り方はこちらのやり方次第でどうとでもできるけど…」
「それはこっちでもどうにもならない。無理な発注数はやめてほしい」
「だね」
 利皇は肩を竦めると、箱の中身を再びあさりだした。
「でもまあ変におかしな物を作っていないだけ、賢いよね。一般的な物は物珍しさこそないけれど、一番使われる物だし」
「一か八かの博打は父さん…じゃなくて社長が嫌がった。そこまでの余裕はないからって」
「あはは。それはあるね」
 …頭の回転が速い男と思うべきか、無神経な男と思うべきか、陽一は真剣に悩んだ。
「ねぇ、羽月くん。いくつか貰ってってもいい? 何か見てたら欲しくなった」
「ああ、うん…。良いよ」
「やった、ありがとう」
 意気揚々と利皇は選び始める。
 が、陽一はここでようやく羽月の異変に気付いた。
 僅かに顔色が悪く、表情が強張っている。
「羽月? 具合でも悪いのか?」
「うっううん。そんなことないよ」
 慌てて笑みを浮かべるも、かなり弱々しい。
 そこで陽一は気付いた。
「あっ、コーヒー飲んだな!」
「コーヒー? 羽月くん、コーヒー苦手なんだっけ?」
「羽月はコーヒー飲むと昔から具合が悪くなって…ああ、気付くの遅かった」
「…ちょっとぐらいなら、大丈夫だと思ったんだけどね」
「利皇、悪いけど羽月を寝かせてくる」
「ああ、うん」
 羽月の背中を押し、陽一は奥の部屋へ向かった。
 寝室でスーツの上着を脱がせ、ネクタイを解いた。ベッドに寝かせると、ぐったりした様子を見せる。
「…未だにコーヒーはダメなんだな」
「うん…。でもちょっとぐらいならと思ったんだけどね」
「ムリに飲むことないだろう? …紅茶が好きなら、飲んだって構わない」
「それはさすがに…まだ早いかなって思ったんだ」
 青白い顔で微笑みを見せられても、胸が苦しくなるだけだ。
 羽月の言っていることは分かる。
 五年前のあの時、羽月は自分を殺すのに紅茶を使ったのだ。
 陽一にあの時の恐怖を思い出させない為にコーヒーを淹れ、そして自ら飲んだのだ。
「陽一、アレから紅茶飲んでいないでしょう?」
「…まあな。今じゃすっかりコーヒー党だ」
「だと思った」
 くすっと笑い、羽月は眼を閉じた。
「まっ、今後は止めとくよ。体に合わないのは生まれつきらしいし?」
「そうしとけ。無理は体によくないからな」
 羽月の頭を撫でると、陽一は立ち上がった。
「とりあえず利皇は帰すけどいいな?」
「うん…ゴメン」
「謝らなくていい。じゃあ大人しく寝てろ。別の飲み物持ってくるから」
 そう言って陽一は寝室を出て、応接室に戻ってきた。
「おかえり。羽月くん、大丈夫だった?」
「利皇…お前」
 どこから出したのか、ブランドの大きなカバンいっぱいに商品を詰め込み、満足げにコーヒーを飲んでいる利皇を見て、どっと脱力する。
「ん? 何?」
「…いや。とりあえず悪いがこのまま帰ってくれ。俺は羽月の看病で残るから」
「どうせ泊まるつもりだったんだろう?」
「うるさいな!」
 顔を真っ赤にして怒鳴りつけるも、利皇は笑うだけ。完全にからかわれている。
「でもコーヒーが体に合わないなんて知らなかったな。体質?」
「そう…みたいだ。母親が紅茶好きだったせいもあって、刺激的な飲み物は苦手らしい」
 昔からコーヒーの他に、炭酸も飲めなかった。
「ふぅん。どうりでコーヒーを淹れている時から口数少ないなぁって思った。あれじゃあ匂いもダメそうだね」
「分かっていたんなら、言えよ」
「そこまで深い仲じゃないから、俺達」
 …やはり無神経な男と認識しようと、陽一は心に決めた。
「それじゃあお邪魔虫はとっとと退散しますか」
「奥さんによろしく」
「はいはい、じゃあね」
 笑顔で大量の荷物を持って、利皇は部屋を出て行った。
 嫌味が効かなかったことに舌打ちしながら、陽一はダンボールの中を見た。
 大分商品は持ってかれたが、いくつかドリンクは残っていた。その中からミネラルウォーターのビンを持って、寝室に戻った。
「あっ…利皇、帰った?」
「ウチの商品を大量に持ってって、な。羽月も欲しいのがあれば、遠慮なく言ってくれよ? すぐに送るから」
「うん、ありがとう」
 羽月の上体を起き上がらせ、開けたミネラルウォーターを差し出した。
「この水、後味とか消すのにも良いんだ。飲むとスッキリするから」
「…飲ませてほしいな」
 少し照れながら言う羽月の言葉の意味を、陽一はすぐに察した。
「久し振りだからって、甘えが戻ってきてる」
「ゴメン」
「良いよ。オレだけに甘えてくれるならな」
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