辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第2章

第19話

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 オークキングはさまよっていた。自身を突き動かすのは食べても食べても尽きることの無い飢餓感で、目に付く動くものを手当り次第食べた。
 しかしいくら食べても空腹はむしろ増してオークキングを襲った。もっと食べなくては。
 オークキングは目の前に次の獲物を見つけた。野ウサギだ。驚くべき速さで野ウサギを捕まえ口に放り込んだ。
 バリッバリッと骨が砕ける音を立てながらオークキングは野ウサギを丸ごと飲み込む。
 もっと、もっと食べなくては。その身体は彼がただのオークだった頃からかけ離れた体格に成長していた。

 オークキングは次の獲物を求めてあてもなく歩いて行った。



「この毛糸やこの毛糸で編んだ物なんですが、いくらくらいだったら引き取って貰えますかね?」

 大きな丸メガネをかけた老人にカインは優しい声で話しかけた。丸メガネの老人はメガネを上げたり下げたりしながらカインから手渡された毛糸や編み物などを見てからカインにそれらを返すと残念そうな顔で言った。

「中々の品だがすまないが半端な買い取りはやってないんだよ」
「これは見本で、もう少し時間を頂けたらそれなりの数の用意が出来ます」
「ふむ。それなら、そうだなぁ・・・」
「おい!」

 突如隣の商人が丸メガネの老人に声をかけ、何か伝えている。老人の顔がみるみる青ざめた。

「すまないね。やっぱりそれは買い取りできないよ」

 老人の突然の変化に戸惑いながらも、カインはしょうがないと、別の衣類を扱ってそうな商人を探し、何度か声をかけたが、どれも似たような反応で、適当な理由を付けて買い取ってくれないというものだった。

「何かがおかしいね」

 午前中は全滅だったが何か食べないとという事になって適当な食堂で、カインとロロは嘆息していた。今回の目的は相場を知るためで、最悪売れなくてもいいのだが、今のままでは相場を聞くことさえ難しい気がした。

「やっぱり、領主代行が言うほど、この羊毛は良い品じゃないんかな」
「いや、初めの商人は中々の品だと言っていたし、数が揃えられれば買い取る素振りを見せていた。意見を変えたのは隣の商人に何か耳打ちされたからだ。何を言われたのかは分からないがな」
「そうなんだね。やっぱりカインさんは頼りになるなぁ。俺一人だったらもう諦めて帰ってた所だよ」

 2人は食事を済ますと午後も引き続き商人を回った。午後はダメ元で、衣類とは関係の無い商人達にも何度か声をかけた。

「すいませんが何故買い取っていただけないのかそれだけでも教えて貰えませんか?」

 今日何度目か分からない問いかけをしたが、この商人も言葉を濁すだけで、明確な返答は得られなかった。

「ちょっとその毛糸、私にも見せてくれない?」

 さすがに諦めようかと思っていた時、1人の女性が突然話しかけてきた。見ると非常に小綺麗な格好をしており、娘よりいくつか歳上に見えた。

「構わないが、失礼ですが商人の方ですか?」
「ええ。拠点はこの町じゃないけれど、それなりに大きな商会の者だから安心してくれていいわ。今日はたまたま別件でこの町に来ていたの」
「はぁ。そうですか。どうぞ」

 カインは見本を女性に手渡した。女性はそれを注意深く眺めから、何かしきりに頷いていた。

「おい! あんた! そいつらオティスの村のもんだぞ!」
「うん? なんか聞いたことがあるような気がする名前だけれど。どこで聞いたのかしら。その村の者だからなんだって言うの?」

 カインが先に声をかけていた商人が女性に向かって意味深な事を言った。確かに俺達があの村の者だとなんだというのか。
 ふと通路に目をやると割腹のいい男が近づいてきた。一目で上質だと分かる服装と高価そうな装飾品を身に着けているが、その組み合わせのせいかそれとも本人の気質のせいか分からないがなぜか見る者に嫌悪感を与える。

「ロロじゃないか。こんな所で何をしてるのかね? 村の皆は元気かい? おや? それは村の毛糸だね。おかしいなぁ。売りに来る時期はもう少し先じゃないのか? 大体なんでこんな小娘なんかに見せてるんだ。それはいつも通りこちらが全部引き取ろう。値段は例年通りの価格で構わないから」
「ジョセフさん・・・」

「ああ、そこの女。悪いけどこれはうちの商売なんでね。どこの商会の者か知らないが、よそ者が勝手に人の領分に手を出すな。それを置いてさっさと自分の町に戻るんだな」
「ちょっと! あなたいきなりなんなのよ! それに言い方が失礼極まりないわ! それにこの毛糸はまだあなたに売るなんて誰も言ってないでしょう? 今は私が商談しているのよ。商人ならそのくらいのマナー守って欲しいものだわ!」
「うるさい小娘だ。おい! 口で言って分からないようだから体で分からせさせろ!」

 ロロにジョセフと呼ばれた悪趣味な恰好をした男は声を上げた。後ろに控えていた屈強そうな男2人が女性の方へ近づこうと体を動かした。
 何か様子がおかしいと思っていたが、これが原因かな? カインはそう思うと、口の中で小さく呪文を唱え、指先を女性と男達の間に向けた。
 近づこうとしていた男が突然何もない空間で見えない壁にでもぶつかった様な挙動を示す。
 何が起こったか理解できずに、2人の男は目の前の空間を触ったり、叩いたりしているが、どうやら見えない何かに阻まれ、前に進めずにいた。

「ええい! 何をやっておる!」

 ジョセフは男達を怒鳴りつけ、自分も前に出ようとしたが、同じように何かに阻まれ、こちらに来れないでいた。カインの仕業だ。
 何をしたのかというと、カインは空気に強化の付与魔法をかけたのだ。そのままでは強化された空気は風に流され霧散してしまうから、合わせて固定化の付与魔法もかけておいた。

「すいませんが、ここではなんなんで、よろしければどこか座れる場所に行ってゆっくり話をしませんか? この近くに美味しい飲み物を出す店を知っているんです」
「ええ。それが良さそうね。案内をよろしくお願いするわ」
「ええい! 待て! 待てというのに! 何だこの壁は! ロロ! わしを裏切ったら一生後悔することになるぞ! ええい! ロロ! 聞いているのか?! おい! ロロ!」

 カイン達は町にある特産品を使って作ったジュースを出すお店に向かった。この前来た際に2人でたまたま見つけ、お気に入りになっていたのだ。
 そこに向かう途中、おっと、とカインは思い出したように呪文を唱えておいた。先ほど空気にかけた付与魔法を解除したのだ。
 いつかは効果が切れるだろうが、しばらくの間、通行人の邪魔になったのでは申し訳ない。

「それで。率直に聞きますが、その毛糸や編み物、おいくらだったら買い取ってもらえるでしょうか? それは見本ですので、少しお時間をいただくことになりますが、それなりの量を用意できると思います」
「あなたたちもしかしたら何も知らないのかしらね?」
「といいますと?」

 シャルルと名乗った女性は半ばあきれたような顔をして続けた。

「この編み物や織物、それときっとこの毛糸も、恐らくこれは都市などで売られているあるブランドと同等、いえ、全く一緒だわ。そのブランドは大変質がいいことが有名で、貴族や王族などに人気で値段も一着かなりの値段で売られているわ」
「何ですって?」

「これはあなたたちの村で作られたもので間違いないのよね? そうだとしたら、さっきの男、ジョセフと言ったかしら? あいつが何も知らないあなたたちを騙して、その利ザヤを相当懐に入れてたってことね」
「なんと・・・。ちなみに先ほどの質問ですが、あなたがもしこれを買い取ってくれるとして、おいくらで買い取ってもらえますか?」

「あなたたちが今までどのくらいで売ってたか知らないけれど、そうね、私が買い取るとするとブランドの知名度は使えなくなるから、いえ、逆に大量に仕入れられるなら新しくブランドを作るってのもアリよね・・・。ああ、ごめんなさい。えーと、このくらいでどうかしら?」

 シャルルは商人が価格を計算したり提示したりするのによく使用する、いくつかの玉が付いた棒が何本も規則正しく縦に並べられた道具を使い、価格を提示してきた。

「それは、これから用意する毛糸や編み物全部での値段ですかね?」
「まさか! ここにある見本の値段よ。これから用意できるっている毛糸や編み物はこれと同額で全部引き取るわ」
「「!」」

 カインとロロは言葉を失った。提示された金額は今までジョセフに売っていた額のおよそ50倍の金額だった。
 もし今村で用意できる羊毛品を全部売れば、今年の納税を全て納めても余りある金額だった。
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