辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第2章

第23話

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 勝負は劣勢だった。こちらは決め手に欠けていた。
 サラは突進を繰り返すオークキング相手に、器用に突進を躱しながら、すれ違いざまに剣で切りつけたが、オークキングの表皮はまるで油が厚く塗られたように滑り、剣の軌道がずらされ、致命傷を与えられずにいた。
 一方、少しでもかすればサラの方は一溜りもない。その為、振るう剣が、あくまでも達人が見て分かる程度だが、逃げ腰になっていたのも原因だった。
 しかし、何度か危ない場面があり、カインの魔法で助けられているから、サラもまた達人の腕前で、ギリギリの線を探っているのだった。

 ソフィもまた攻めあぐねていた。対象が速すぎるのだ。先程は不意打ち気味に魔法を当てられたが、今は直線的ではあるものの、縦横無尽に突進を繰り返していた。
 当てるならばさっきよりも強力な魔法でなくてはならない。それを使うには魔力量も集中する時間も多く必要だった。
 外す訳にはいかない。何か確実に当てられる保証が必要だった。

 カインも苦戦していた。オークキングを視界に捉えるにはいつもよりかなり集中しなければならなかった。それほどオークキングの境界はカインにとって曖昧だった。
 動かない対象ならばも少し楽だっただろうが、あいにく相手は高速で動きまわっているのだ。
 サラは何度となくその突進を躱しているものの、危ない場面もあり、攻撃よりも防御に重点を置かざるをえなかった。

 オークキングはタイラントドラゴンと違い、鋭い爪や牙も、凶悪なブレスも、強固な鱗も、空を自由に飛び廻る翼も持っていなかった。
 しかし、突進する、多くの魔物や動物さえも行う基本動作、それを凄まじい速度と破壊力を持たせることにより、Sランク冒険者ですら対応困難な強力な攻防一体の動きに昇華させていた。

 既に近くには騎士達の姿はない。あまりの力量の違いに、足手まといだとして、サラが離脱させたのだ。離脱する際、オークキングは騎士達を狙う素振りを見せたが、カイン達により阻まれ、騎士達は無事、戦線を離脱できた。

 オークキングの体力は果てしなく、一向に突進の速度が衰える気配はなかった。一方、こちらはかなりの集中を維持したまま戦っている。
 今は幸いにも無事だが、集中力が切れればすぐにでも悲惨な目にあうだろう。

「カインさん無事ですか?! え?! サラちゃん?!!」

 突然の闖入者に3人はギョッとした。村へ向かったはずのロロが引き返し、カイン達の元までやってきたのだ。シャルルも一緒らしい。
 今2人を守る事に労力を取られては、さらに倒すのが難しくなる。サラとソフィはこの時ばかりは、世話になった馬車の持ち主と故郷の年上の幼馴染の判断を恨んだ。

 しかし、カインは違った。一瞬考えを巡らせると、ロロに向かって叫んだ。

「ロロ! 俺の荷物が入ったカバンをこっちに投げてくれ! 今すぐに!」

 ロロはわけも分からず、先程馬車に置きっぱなしにしたカインの荷物をカイン目がけて投げた。素早く受け取ったカインはオークキングの動きに注意しながらソフィの元へと駆け寄った。

「サラ! 少しだけオークキングの相手をしててくれ! 逃げるだけでいい!」
「分かった!」

 そうだけ言うとサラはオークキングから逃げるような素振りを見せた。案の定オークキングはこの場に新しく現れたロロ達ではなく、逃げようとしているサラに向かって突進を繰り返した。
 増える分には後で対応すればいいが逃げて数が減るのは許さないということなのだろう。

 その間にカインはソフィに何かを手渡し、作戦を告げた。ソフィが一瞬驚いたが、すぐに真面目な顔になり、素早く必要な魔法を唱えた。

「サラ! これをオークキングに巻き付けてくれ! 成功したら、残りの部分はソフィに!」

 カインはたった今ソフィが魔法をかけたそれをサラに投げ渡した。受け取ったサラは納得したように、それを少しだけ引き出し、地面に落ちていた小石を括りつけた。
 その動作の間は流石に逃げるのは無理と判断したのか、カインが魔法の壁でオークキングの突進の軌道を変えて対応した。

「いいわ!」

 サラはそう叫ぶと自分目がけて突進してくるオークキング目がけて小石を投げつけた。突進の勢いによって、それは長く引き伸ばされ、オークキングの体に巻きついた。

「ソフィ!」
「準備いいわよ!」

 ソフィはサラの持つ残りを受け取ると、既に準備していた呪文を唱え始めた。

「力ある精霊よ。天の父よ。我は請う。我が手に一筋の雷を」

 それは先程の魔法よりも下位の魔法だった。しかし、これでなくてはならない理由があった。この魔法は、ソフィの手先から放たれるのだ。
 これよりも上位の魔法は全て天から対象に向けて落ちる魔法だった。それでは意味が無い。

 ソフィの手から放たれた雷は、ソフィの水魔法で濡れた毛糸を導火線代わりに、オークキングまで一直線に進んだ。
 放ったソフィが目を見開く。この魔法では例え命中したとしても効果がないとカインに言ったのだが、カインは大丈夫だと言った。
 当てる方法は秀逸だと思い、カインを信じて放ったが、その威力に驚いたのだ。

 これはなんだ。確かに自分は普段使うよりも多くの魔力をこの魔法に注ぎ込んだ。
 しかし、今放ったこの魔法はそれを加味しても強力すぎた。自分の最高威力の魔法すら優に超す威力をその魔法は持っていた。

 濡れた毛糸を焼き焦がしながら、雷はオークキングを撃った。肉が焦げる嫌な匂いが周囲に漂い、火柱が上がった。あまりの熱量に発火したのだ。
 まるで脂肪を燃料にしているような黒い炎の中で、オークキングはそれでも生きていた。体の脂肪が焼け落ちたのか、体積を小さくしたオークキングは、それでも炎の中で立っていた。
 身体を痙攣させながら、なんとかこっちに向かって進もうと体を動かしていた。

 サラが走り込み、オークキングの首を横にないだ。カインの補助魔法の効果だろうか。一切の抵抗を感じさせず、オークキングの首はその空腹を満たす為の役目を終えた。

「これは胃袋の回収は無理そうね・・・」

 なおも焼け続け黒い煙を上げるオークキングの遺体を見てサラはそう呟いた。

「待って。これならどうかしら」

 そういうとソフィは水魔法を唱え、オークキングの遺体を水で包み、火を消した。
 サラが解体用のナイフで腹の辺りを解体しようとしたがまるで刃が刺さらなかった。仕方なく、剣で腹を割いた。
 しかし、中は雷と炎の影響か内臓がぐずぐずになっており、どれが胃袋だか分からない状態だった。

「うーん。やっぱりだめね。胃袋がどれだか分からないわ」
「しょうがないわね。後は騎士達に任せて私達は移動しましょうか。何か食べたいわ。なんだか無性にお腹が減った気分なの」
「ソフィも? 実は私もなのよ。あの村を出てからろくな物を食べてなかったかしらね?」

 ぐぅぅぅぅ。シャルルとロロ、御者が一斉に腹を鳴らした。みんな顔を見合わせて笑った。

「それにしてもオークキングが食べたものは一体どこへ入っていたのかしらね。どう見ても食べた量とお腹の大きさがおかしいわ」

 確かに。とみんな思いながらも、何故か今は好きなだけ食べれることは羨ましいと思うほど何かを食べたい衝動に突き動かされていた。カインを除いて。

 カインは自分の目に走る痛みにじっと耐えていた。今まで感じたことの無い痛みだった。痛みのあまり、魔力による周囲探知もままならないほどだった。
 だが、それでもカインは確信していた。近くに自分の視力を奪った者が来ていることを。



 ジェスターは驚いていた。フードのせいでその顔付きは分からないが、おそらくその顔もまた、驚いた表情をしていることだろう。

 まさかタイラントドラゴンに続いて、オークキングも討ち取られることが起きるとは。しかも二度ともあの2人だ。今日はもう1人他にいたようだが。

 今後気をつけなければならない。育ってから討ち取られるのはいい。問題は実がなる前の種を刈られることだ。
 そう思いながら、転移を始めたジェスターの手には、黒く染った大きな胃袋が握られていた。
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