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第1話【寝起きは昔から悪い】
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人里離れた鬱蒼と木が茂った森の中。
その中にひっそりと佇む祠に一人の男が入ってきた。
全身を黒のローブで包み、僅かに見え隠れする顔は痩せこけ目は血走っている。
ぶつぶつと独り言を繰り返す様から、すでに正気を失っているようにも見える。
祠の奥に設置されたこの場所に似つかわしくない棺の蓋に、懐から取り出した大きな羊皮紙を置く。
その紙には大小様々な複雑な魔法陣が描かれていた。
男は枯れ枝のようになった自分の腕を、中央の一番大きな魔法陣の上にかざすと、腰に差したナイフでためらうことなく切りつけた。
傷口から血が滴り、魔法陣を赤く染めていく。
『ふははははは。ようやく、ようやく我が野望は成就される! 我を侮った愚か共に思い知らせてやるわ!!』
☆
既に無くなって久しいはずのまぶたを開ける。
目を開けても暗闇の中にいたが、今までの「無」とは異なることをすぐに理解した。
見えないままに自分の身体に意識を向けると、驚いたことに五体満足のようだ。
身体を動かしていると自分は狭い箱のような物の中に居ることに気付く。
外からはとても寝起きに聴きたいとは思えないような、男のダミ声が何かを叫んでいる。
「うるさいな。せっかく人が気持ちよく永久の眠りについていたというのに……ひとまず苦情の一つだけでも言ってやるか」
俺は試しに目の前の壁を押してみた。
全く動く気配がないので、腕に魔力を込めてさらに押す。
魔力によって常人を超える筋力を得た腕によって、壁だと思ったものはいとも簡単に動いた。
壁だと思ったらどうやら蓋だったらしい。
儂に押されてバランスを崩した蓋は、大きな音を立て地面に落ちた。
突然現れた久しぶりの視界に、目が焼かれるように痛む。
「おお……おお!! さあ! イザヤよ! 伝説の大賢者よ! 我はお前を生き返らせた者ぞ。我の命に従い忠誠を誓うのだ!!」
「断る」
上半身だけを起こし、身体を横に捻りさっきからうるさくわめくバカものに即答で答える。
想定外の返答だったのか、男は絶句して呆けた顔を見せている。
もしかして『あなたに忠誠を誓います。ご主人様!』とでも俺が言うと思ったのか?
誰が言うか。
周りを見渡して状況を確認する。
見覚えのない場所だったからどうやら棺の安置場所を移されたらしい。
それにしても場所が変わったのはいいが、一緒に眠ってるはずの婆さんの棺はどこだ?
死ぬ前に、必ず一緒にするようにとあれだけ口を酸っぱくしたのに。
「ありえん……ありえんぞ! 我がネクロマンスは至高! 黄泉戻された死者が術者に逆らえるはずなど!!」
俺が状況を確認している間に男は立ち直ってしまったらしい。
再びダミ声でわめき散らし始めた。
「うるさいな。お前の術の魔力が俺のレジストに達しなかっただけだろうが。一端の魔術師語るならそのくらいすぐに理解しろよ」
「そ……そんな馬鹿な!? 王都を出てから十年の間、一日も休まずに我が魔力を込めた術だぞ!? 宮廷魔術師数人がかりでもこの術をレジストするなど!」
その言葉にもう一度自分の身体に目をやる。
運がいいことに棺の中は未だに鏡面を保っていた。
棺の壁に映る俺の顔は、ふっくらとした丸みをおびた輪郭に大きめの目。
腕や脚は記憶よりもかなり短く、筋肉も未発達だ。
10歳くらいか。
ちょうど魔術に目覚めて鍛え始めた頃だな。
「お前の魔力がカスッカスのせいで、見ろ。魔力が充実していた144歳の頃とはかけ離れた歳で復活しちゃったじゃないか」
「な、なんだと!? どこまでも我を侮辱するか! えーい。不慮の事態にも備えを用意するのが一流だと思い知らさせてやる! 喰らえ!!」
ほう。初めてまともなことを言ったな。
だが、根本的に間違っていることが一つある。
一流は自ら危険には無駄に近付かないんだよ。
近付く時は何か大切なものを守りたい時だけだ。
男が放った魔力の込められた銀製の鎖が俺に向かって飛んでくる。
銀は不死者などに有効な金属の代表格だ。
あれにからめとられても拘束されることはないだろうが、絵柄が気に食わん。
こっちはまさに生まれたての姿だ。
しかも実際の年齢はともかく、今はいたいけな少年の見た目だ。
裸体の少年が銀色に輝く鎖に絡まれているのを見たくなどないだろう?
俺は鎖の一本に向かって、指先から電撃を放つ。
青白い光を放ちながら、電撃は鎖を伝わりもう片方の先端を握る男に直撃した。
魔術師同士の戦いなのに、自ら導線を用意したらダメだろう。
今どきのネクロマンサーは実戦経験ゼロなのか?
ずっとこうしているのもなんだし、せっかくだから久しぶりの世界でも見て回るか。
おっと、その前に。
「う……うぅぅぅ」
棺から出ると、電撃にやられて倒れ込む男を眼下に見下ろす。
殺さないようにできるだけ出力を下げてやったというのに、すでに虫の息だ。
「興味本位で聞いてやる。お前、なぜ俺を甦らせた。何をさせる気だった?」
「うぅぅ……我がずっと好きだったソニアちゃんを奪ったゴーシュと、我という素晴らしい男を見限ったソニアちゃんに復讐するためだ……」
「は?」
「我はずっとソニアちゃんを見守ってきたのに!! ネクロマンスで作った動物や虫の使い魔で毎日、一時も空けず観察してたのに! それなのにソニアちゃんは我でなく、あんな顔と性格と金と家柄だけの男を選んだのだ!!」
「スケールが小さい!!」
俺は思わず男の頭を殴ってしまった。
ツッコミを入れるつもりがさっき込めた魔力を消すのを忘れていたせいで、男は勢いよく顔を床に叩きつけ、そのまま動かなくなってしまった。
「まぁ、不可抗力だな。死者を冒涜した罪を贖ったと思えば大丈夫だ」
これでこの男に付きまとわれたソニアとか言う女も安心して過ごせることだし、むしろ感謝されてもいいくらいだな。
そう自分に言い聞かせる。
さて、と。
それではさっそくだが、せっかく手に入れた死生を謳歌してみますかね。
その中にひっそりと佇む祠に一人の男が入ってきた。
全身を黒のローブで包み、僅かに見え隠れする顔は痩せこけ目は血走っている。
ぶつぶつと独り言を繰り返す様から、すでに正気を失っているようにも見える。
祠の奥に設置されたこの場所に似つかわしくない棺の蓋に、懐から取り出した大きな羊皮紙を置く。
その紙には大小様々な複雑な魔法陣が描かれていた。
男は枯れ枝のようになった自分の腕を、中央の一番大きな魔法陣の上にかざすと、腰に差したナイフでためらうことなく切りつけた。
傷口から血が滴り、魔法陣を赤く染めていく。
『ふははははは。ようやく、ようやく我が野望は成就される! 我を侮った愚か共に思い知らせてやるわ!!』
☆
既に無くなって久しいはずのまぶたを開ける。
目を開けても暗闇の中にいたが、今までの「無」とは異なることをすぐに理解した。
見えないままに自分の身体に意識を向けると、驚いたことに五体満足のようだ。
身体を動かしていると自分は狭い箱のような物の中に居ることに気付く。
外からはとても寝起きに聴きたいとは思えないような、男のダミ声が何かを叫んでいる。
「うるさいな。せっかく人が気持ちよく永久の眠りについていたというのに……ひとまず苦情の一つだけでも言ってやるか」
俺は試しに目の前の壁を押してみた。
全く動く気配がないので、腕に魔力を込めてさらに押す。
魔力によって常人を超える筋力を得た腕によって、壁だと思ったものはいとも簡単に動いた。
壁だと思ったらどうやら蓋だったらしい。
儂に押されてバランスを崩した蓋は、大きな音を立て地面に落ちた。
突然現れた久しぶりの視界に、目が焼かれるように痛む。
「おお……おお!! さあ! イザヤよ! 伝説の大賢者よ! 我はお前を生き返らせた者ぞ。我の命に従い忠誠を誓うのだ!!」
「断る」
上半身だけを起こし、身体を横に捻りさっきからうるさくわめくバカものに即答で答える。
想定外の返答だったのか、男は絶句して呆けた顔を見せている。
もしかして『あなたに忠誠を誓います。ご主人様!』とでも俺が言うと思ったのか?
誰が言うか。
周りを見渡して状況を確認する。
見覚えのない場所だったからどうやら棺の安置場所を移されたらしい。
それにしても場所が変わったのはいいが、一緒に眠ってるはずの婆さんの棺はどこだ?
死ぬ前に、必ず一緒にするようにとあれだけ口を酸っぱくしたのに。
「ありえん……ありえんぞ! 我がネクロマンスは至高! 黄泉戻された死者が術者に逆らえるはずなど!!」
俺が状況を確認している間に男は立ち直ってしまったらしい。
再びダミ声でわめき散らし始めた。
「うるさいな。お前の術の魔力が俺のレジストに達しなかっただけだろうが。一端の魔術師語るならそのくらいすぐに理解しろよ」
「そ……そんな馬鹿な!? 王都を出てから十年の間、一日も休まずに我が魔力を込めた術だぞ!? 宮廷魔術師数人がかりでもこの術をレジストするなど!」
その言葉にもう一度自分の身体に目をやる。
運がいいことに棺の中は未だに鏡面を保っていた。
棺の壁に映る俺の顔は、ふっくらとした丸みをおびた輪郭に大きめの目。
腕や脚は記憶よりもかなり短く、筋肉も未発達だ。
10歳くらいか。
ちょうど魔術に目覚めて鍛え始めた頃だな。
「お前の魔力がカスッカスのせいで、見ろ。魔力が充実していた144歳の頃とはかけ離れた歳で復活しちゃったじゃないか」
「な、なんだと!? どこまでも我を侮辱するか! えーい。不慮の事態にも備えを用意するのが一流だと思い知らさせてやる! 喰らえ!!」
ほう。初めてまともなことを言ったな。
だが、根本的に間違っていることが一つある。
一流は自ら危険には無駄に近付かないんだよ。
近付く時は何か大切なものを守りたい時だけだ。
男が放った魔力の込められた銀製の鎖が俺に向かって飛んでくる。
銀は不死者などに有効な金属の代表格だ。
あれにからめとられても拘束されることはないだろうが、絵柄が気に食わん。
こっちはまさに生まれたての姿だ。
しかも実際の年齢はともかく、今はいたいけな少年の見た目だ。
裸体の少年が銀色に輝く鎖に絡まれているのを見たくなどないだろう?
俺は鎖の一本に向かって、指先から電撃を放つ。
青白い光を放ちながら、電撃は鎖を伝わりもう片方の先端を握る男に直撃した。
魔術師同士の戦いなのに、自ら導線を用意したらダメだろう。
今どきのネクロマンサーは実戦経験ゼロなのか?
ずっとこうしているのもなんだし、せっかくだから久しぶりの世界でも見て回るか。
おっと、その前に。
「う……うぅぅぅ」
棺から出ると、電撃にやられて倒れ込む男を眼下に見下ろす。
殺さないようにできるだけ出力を下げてやったというのに、すでに虫の息だ。
「興味本位で聞いてやる。お前、なぜ俺を甦らせた。何をさせる気だった?」
「うぅぅ……我がずっと好きだったソニアちゃんを奪ったゴーシュと、我という素晴らしい男を見限ったソニアちゃんに復讐するためだ……」
「は?」
「我はずっとソニアちゃんを見守ってきたのに!! ネクロマンスで作った動物や虫の使い魔で毎日、一時も空けず観察してたのに! それなのにソニアちゃんは我でなく、あんな顔と性格と金と家柄だけの男を選んだのだ!!」
「スケールが小さい!!」
俺は思わず男の頭を殴ってしまった。
ツッコミを入れるつもりがさっき込めた魔力を消すのを忘れていたせいで、男は勢いよく顔を床に叩きつけ、そのまま動かなくなってしまった。
「まぁ、不可抗力だな。死者を冒涜した罪を贖ったと思えば大丈夫だ」
これでこの男に付きまとわれたソニアとか言う女も安心して過ごせることだし、むしろ感謝されてもいいくらいだな。
そう自分に言い聞かせる。
さて、と。
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