十五歳、まだ名前を呼べなかった頃 〜メイリーン戦記・ララ編〜

水戸直樹

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第15話 手紙と決意

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 禁図書館の一室。

 ララは、机の前に立ったまま、手紙を握りしめていた。

 何度も読み返した文字。
 紙の端は、指の汗で少し柔らかくなっている。

 実家からの手紙だった。

 父の筆跡は、震えていた。

 ――体は大丈夫か。
 ――無理はしていないか。

 短い文ばかりで、言葉を選びきれなかったことが伝わってくる。

 そして、母の手紙。

 文字は整っていた。
 だが、文面はひどく不器用だった。

『評判だけを信じて、王宮に大切な娘を送ってしまったこと、反省しています』

 その一文で、胸の奥が、きしりと音を立てた。

『許してもらえないかもしれないけれど、ごめんなさい』

 謝罪は、理由の説明も、言い訳もなかった。

 それが、かえって重かった。

 ララは、手紙をそっと畳み、机の上に置く。

 自分は、幸運だった。

 禁図書館に拾われ、生き延びた。
 食事があり、眠る場所があり、名前を呼ばれる。

 けれど――

 ふと、北宮の回廊が脳裏をよぎる。

 あの場所にいた侍女たち。
 評判だけを信じて、よく分からないまま連れてこられた少女たち。

 玩具のように扱われ、
 声を上げることもできず、
 いつの間にか、いなくなる。

(……私だけが、助かっていいの?)

 問いは、すぐに答えを返さなかった。

 だが、胸の奥に、静かに沈んでいく。

 扉が、控えめに叩かれた。

「どうぞ」

 入ってきたのは、セシリアだった。

「ララちゃん、メイリーン様がお呼びよ」

◇◇◇

 中庭では、メイリーンが椅子に腰掛けていた。

 卓上には、王太子の命令書と、別の文書が並べられている。

 ララを見ると、メイリーンは軽く手を振った。

「いらっしゃい」

 セシリアが一礼し、少し距離を取る。

 ララは、迷いながらも口を開いた。

「……あの」

「ご実家からの手紙でしょう?」

「……はい」

「……ララが望むのなら、実家に帰っても、いいのよ」

「……私は、まだ、母を許せそうにありません……悪気がなかったとしても」

 それよりも――

「私……北宮の侍女たちのことを、考えていました」

 言葉は、途切れ途切れになる。

「私と同じように、何も知らずに来て……消えていく人が、たくさんいます。一人、助けてって、目線を送られたことも、ありました」

 喉が、ひくりと鳴った。

「私に、できること……ありませんか?」

 ララの問いに、ゆっくりと口を開くメイリーン。

「……無理に背負わなくていいのよ?」

「はい、分かっています」

 メイリーンは、しばらく黙った。

「わたくし、王宮に乗り込むつもりだったの」

 セシリアがわずかに眉を動かす。

「単身で?」

「ええ。つい先ほど、王妃殿下は、クロでない可能性が高いと報告が上がってきた」

「……確定ではないのですよね?」

 セシリアの問いにメイリーンが頷く。

「だから、直接確認するしかないわ。まず、王妃殿下にお会いしないと」

 ララは、思わず一歩前に出た。

「……確認だけなら、私の方が、すんなり入れると思います」

 二人の視線が、同時に向く。

「王太子の命令状があります」

 ララは、震えを押し殺しながら続けた。

「侍女として戻るなら……私なら、疑われません」

 空気が張りつめ、セシリアが口を挟む。

「それは……危険すぎるわ」

「分かっています」

 ララは、はっきり言った。

「でも、私が一番、北宮を知っている、つもりです」

 沈黙。

 鳥の鳴き声だけが響く。

 メイリーンの口元が、わずかに緩む。

「……正直に言えばね、私たちも北宮のことは詳しくない」

 一つ、ため息。

「……でも、ごめんね。“今の”あなたでは、危険なだけなの。気合いは素敵だけど、それは蛮勇でもある」

 しかし、その声に拒絶はなかった。

「は、はい……そうもしれません」

 一瞬、突き放されたように感じた。
 それでも、メイリーンの視線は、ララから逸れていなかった。

 メイリーンは立ち上がり、彼女の前に立つ。

「いいわ。条件があります」

 息を呑むララ。

「これから、王妃殿下直属の侍女としての訓練……セシリアから受けてもらいます」

「あら、私でいいのかしら?」

「大陸一の商会のオーナーでしょう?これ以上の適任はいないわ」

 ララは背筋を伸ばす。

「は、はい!お願いします!」

「だけど、まだ、足りない」

「え……?」

「わたくしから、禁図書館司書としての特訓を受けてもらいます」

「ええ……?」

「知識と、魔道具の扱い。それから――禁術」

「は、はいっ!」

「期限は三週間。がんばれるかしら?」

 ララは、強く頷いた。

「……やります」

 その一言に、
 もう迷いはなかった。
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