十五歳、まだ名前を呼べなかった頃 〜メイリーン戦記・ララ編〜

水戸直樹

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第18話 試用侍女ルル

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「ああん? お前、王宮の仕事、舐めとんのかあ?」

 怒声が、石張りの廊下に響いた。

 声の主は、ポレフ子爵。
 没落した侯爵派に属し、今は本宮の一角で部署を与えられている中年貴族だ。

「……申し訳ございません」

 深く頭を下げるのは、三つ編みの少女。
 名を、ルルという。

 辺境の男爵家の娘。
 そう紹介され、試用として送り込まれてきた。

 小柄で、線が細い。
 愛らしい顔立ちではあるが、貴族の屋敷で働くには、まだ幼くも見えた。

 ポレフは鼻で笑う。

「オデット伯爵の願いだと聞いたから受け入れてやったがな」
「こんな礼知らずを寄越すとは、よほど人手が足らんらしい」

 初日、二日目までは、様子を見ていた。
 
 仕事は申し分ない。
 マナーも、ほぼ完璧と言っていい。

 だが、この娘。
 どうやら、後ろ盾がない。

 オデット伯は「試用ですので。合わなければ遠慮なく」と言ったきり、
その後、様子を尋ねてくることもない。

 ――切っても、問題ない。

 二日目の夜。
 屋敷に来るよう命じた。

「用事がございますので」

 にべもなく、断られた。

 上位貴族の誘いを断る。
 それだけで、十分に無礼だ。

 ポレフは決めた。

 ――わきまえさせてやろう。

 強い者には媚び、弱い者には強く出る。
 それが、この男の生き方だった。

◇◇◇

 だが。

 この娘は、妙だった。

 叱っても、怯えない。
 怒鳴っても、泣かない。

 反抗もしないが、媚びることもない。
 常に、淡々としている。

(……女のくせに)

 苛立ちは、少しずつ溜まっていった。

◇◇◇

 ある日。

 他の使用人を遠ざけ、執務室に呼び出した。

「機会をやろう。……どうすればいいか、わかるか?」

「……」

「何を黙っている? 返事もできんのか?」

「……気持ち悪い」

 少女は、視線を上げて、答えた。

「な、なんだと?」

「気持ち悪いって言ってるのよっ!」

 瞬間、彼女の内で炉が軋む感覚。
 灼熱が膨れ上がる。

 あ、暴走――

◇◇◇

 本宮は、その日、騒然となった。

 元・侯爵派の貴族、ポレフ子爵が拘束されたのだ。

 長く尻尾を掴ませなかった男。

 だが自室からは、
 人身売買に関わる帳簿と、処分を指示した文書が見つかった。

 発見されたとき、彼は自室で倒れていた。

「……生きてはいるそうだ」
「しかし、目鼻も、手足も――」

 そう言って、誰も続きを口にしなかった。

◇◇◇

 応接室。

 ソファの上では、白髭の老人が腹を揺らして笑っている。

「ほほ、重たい試験じゃったかの」

「あ、あんなつもりじゃなかったんです……!」

 ララは、涙目だった。

「止めようとは、思ったんです!でも……気づいたら、身体が……」

 セシリア・ドゥルセは、静かにため息をつく。

「……そこまで我慢しなくてよかったのよ。虐められたり、強要された時点で、報告してくれたら」

「で、でも……ちゃんと、証拠を揃えた方がいいと思って……」

「ララちゃん、可愛いし、大人しそうに見えるのに」

 セシリアは、くすっと笑った。

「うーー、セシリアさぁん……」

 ララは、情けない声を出す。

「ほほ、なんにせよ、ようやったわい」

 老人は、そう言って笑う。

 その横で、メイリーンは微笑みを浮かべながら紅茶を口にしていた。

 カップを置き、ふと、ララを見る。

 ララはまだ目元を赤くしながら、
 それでも、ほんの少しだけ、笑っていた。

 ――以前より、ずっと。

 これなら、送り出せる。

 部屋には、やわらかな日が射していた。

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