悪夢の未来視、オデットは義姉を切り捨てられない

水戸直樹

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第2話 あざとい戦略

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伯爵家に来て三日目。
私はすでに、この屋敷の空気を把握し始めていた。

朝の挨拶の順番。
誰が誰を嫌っていて、誰が誰に恩を感じているか。
些細な視線の動きや、返事の速度。

「おはよう、リリア。今日もお勤めご苦労さま」

「オデットお嬢さま……、そんな、私などに……」

恐縮しながらも、声が弾んでいる。
侍女リリアは、素直で分かりやすい。

「ふふ、そんなにかしこまらないで。私、まだこの家のこと、教えてもらう立場なんだから」

少しだけ、距離を詰める。
命令ではなく、相談。

「はい……! 何でもお聞きください!」

「こちらこそ、これからも、どうぞよろしくね」

(下から固める――)

使用人たちは、屋敷の空気を作っている。
彼らの感情を抑えれば、情報も、噂も、自然と集まる。

(居場所を作るには、まず足元から)

計算は、静かに積み上がっていく。

――ただ一人を除いて。

「キンッ! キンッ! ファイッ!」

外庭から、場違いな気合い声が響いた。

義姉ジャイアナ。
今日も元気に筋トレ中らしい。

(……まだ慣れない)

あの人は、この屋敷の中で唯一、
“計算が通用しない存在”だ。

できれば、関わりたくない。

(……でも、嫌いになれないし、困る)

そう思い、窓際からそっと離れようとした、その瞬間。

「おおおーい! オデットーー! おっはよーー!」

「わあああっ!」

反射的に声が裏返った。

ジャイアナが、満面の笑みで窓に張り付いている。
距離感という概念が存在しない。

「ごめんごめん! 嬉しくって、つい!」

そのまま、勢いよく回り込んでくる。

大型犬が、飼い主を見つけたときの動きだ。
勢いと好意。

「だ、大丈夫ですわ……少し驚いただけで……」

(お願いだから、予測不能な動きしないて……)

ジャイアナは、私の内心など知る由もなく、
今日の筋トレメニューを一通り語り始めた。

重量。回数。効率。

どれも理解できない。

そして最後に、当然のように手を掴まれる。

「これからベンチプレス50回やってくるのだ! またあとでなのだ!!」

「あ、はい……お気をつけて……」

次の瞬間。
彼女は丸太を片手で持ち上げ、そのまま走り去った。

(……本当に、人間?)

力も、行動も、感情も。
すべてが規格外。

(予測できないものは、いずれ事故を起こす)

私は、そう考えるしかなかった。

◇◇◇

数日後。

愛人の子から、正式に伯爵家の次女となった私は、
社交の場へ顔を出すことになった。

今日は、その“顔見せ”として開かれたお茶会。
有力貴族の夫人たちが集う、静かな戦場だ。

「オデット様って、本当に可愛らしいわねえ」

「平民育ちとは思えないほど、所作も綺麗ですわ」

視線が集まる。
値踏みと、好奇心と、ほんの少しの優越感。

「まあ……ありがとうございます。まだ至らぬところばかりで……」

両手を胸の前で揃え、首をわずかに傾ける。
媚びすぎない。
卑屈にならない。

(――ちょうどいい。これ以上は、やりすぎになる)

夫人たちは満足そうに微笑み、頷いた。

(私はちゃんとやれている……きっと)

ここでは、夢での未来視は関係ない。
必要なのは、空気を読むこと、立場を守ることだけ。

お茶会は、滞りなく終わった。

馬車へ向かう回廊で、ふと足を止めたとき。

背後から、わざと聞かせるような声が届く。

「愛人の子って……どんな気持ちなんでしょうね」

「わたくしなら、恥ずかしくて外に出られないわ」

「恥の感覚がないのかもしれなくてよ」

笑い声。
楽しげで、軽い。

指先が、わずかに冷える。

その言葉が、背中に突き刺った。
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