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第3話 初手から切り札
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「愛人の子って、どんな気持ちなのかしら」
「わたくしなら恥ずかしくて外に出られないわ」
「恥の感覚がないのかもしれなくてよ」
二人の令嬢は、わざと聞こえるように言っている。
胸がチクリと痛む。
(典型的な“貴族のいじめ”ね。……大丈夫、落ち着こう、私)
ふうっ、深呼吸。
私はゆっくりと振り向く。
にこりと、薄い笑みを貼りつけて。
案の定、二人とも瞬時に顔を引きつらせた。
「な……なんですの?」
「私たちに、何か?」
声が震えている。かわいらしい。
「へぇ。ロマミダ伯爵令嬢に、イトレ男爵令嬢ね」
……よし、他に誰もいない。戦っていい相手。
私は率直に余裕を見せつつ、言葉をつなぐ。
「お二人とも大胆ね。“その家名で”私に喧嘩を売るなんて」
「なっ……!?」
「わ、わたしたちは貴族として正しいことを……!」
「正しい?」
私は目を細めて一歩踏み出した。二人は反射で後退る。
「――“愛人の子の気持ち”。教えてあげましょうか?」
その一言で、空気が凍った。
二人は慌ててドレスの裾をつまんで下がる。
「ち、近寄らないで……!」
私はロマミダ令嬢の耳元へ、ゆっくりと顔を寄せる。
「私の本当の父はね……⬛︎⬛︎侯爵さま。……あなたのご実家、無事でいられるといいわね?」
「……! う、嘘よ……!」
ロマミダ令嬢の視線が、私の胸元で止まる。
「そ、そのペンダント……!」
「あれって……神聖国の……!」
「ま、まずいわよ……!」
二人は青ざめきって震えた。
私はそっと指を唇へ。
「秘密よ。
黙っていてくれるなら、今回の暴言は“水に流す”わ。
選ぶのはあなたたち」
「ひっ、はいっ!!」
「絶対に言いません!ごめんなさい!!」
情けない声で何度も頭を下げる。
「では、ごきげんよう」
二人が慌てて道をあけたので、そのまま歩き去った。
(……はぁ。まだ序盤で“侯爵さまの名”を出したくなかったわ。早めに自分の信用と実力を積み上げないと)
◇◇◇
馬車に揺られ、屋敷に着くと――
門の向こうで、地響きのように巨体が跳ねた。
「オォーデットーー!!おかえりなのだーー!!」
義姉ジャイアナが、全身で喜びを表しながら突進してくる。
(……悩みなんて、ほんとうに一粒もなさそう。羨ましい)
「ただいま、ジャイアナお姉さま」
抱き上げられかけて、途中で止まる。
「今日は……ちょっと疲れてる。なにかあった?」
真っ直ぐな瞳。
こちらの策略も苦労も知らない、ひたすらに優しい眼差し。
胸の奥で、張っていた糸がふっと緩んだ。
「……少しね。でも、帰ってこられたから大丈夫よ」
ジャイアナはぱぁっと笑う。
本当に尻尾が見えそうな勢いで。
「うんっ!私もオデットが帰ってきて嬉しいのだ!」
(……こういうところ、憎めないのよね)
「わたくしなら恥ずかしくて外に出られないわ」
「恥の感覚がないのかもしれなくてよ」
二人の令嬢は、わざと聞こえるように言っている。
胸がチクリと痛む。
(典型的な“貴族のいじめ”ね。……大丈夫、落ち着こう、私)
ふうっ、深呼吸。
私はゆっくりと振り向く。
にこりと、薄い笑みを貼りつけて。
案の定、二人とも瞬時に顔を引きつらせた。
「な……なんですの?」
「私たちに、何か?」
声が震えている。かわいらしい。
「へぇ。ロマミダ伯爵令嬢に、イトレ男爵令嬢ね」
……よし、他に誰もいない。戦っていい相手。
私は率直に余裕を見せつつ、言葉をつなぐ。
「お二人とも大胆ね。“その家名で”私に喧嘩を売るなんて」
「なっ……!?」
「わ、わたしたちは貴族として正しいことを……!」
「正しい?」
私は目を細めて一歩踏み出した。二人は反射で後退る。
「――“愛人の子の気持ち”。教えてあげましょうか?」
その一言で、空気が凍った。
二人は慌ててドレスの裾をつまんで下がる。
「ち、近寄らないで……!」
私はロマミダ令嬢の耳元へ、ゆっくりと顔を寄せる。
「私の本当の父はね……⬛︎⬛︎侯爵さま。……あなたのご実家、無事でいられるといいわね?」
「……! う、嘘よ……!」
ロマミダ令嬢の視線が、私の胸元で止まる。
「そ、そのペンダント……!」
「あれって……神聖国の……!」
「ま、まずいわよ……!」
二人は青ざめきって震えた。
私はそっと指を唇へ。
「秘密よ。
黙っていてくれるなら、今回の暴言は“水に流す”わ。
選ぶのはあなたたち」
「ひっ、はいっ!!」
「絶対に言いません!ごめんなさい!!」
情けない声で何度も頭を下げる。
「では、ごきげんよう」
二人が慌てて道をあけたので、そのまま歩き去った。
(……はぁ。まだ序盤で“侯爵さまの名”を出したくなかったわ。早めに自分の信用と実力を積み上げないと)
◇◇◇
馬車に揺られ、屋敷に着くと――
門の向こうで、地響きのように巨体が跳ねた。
「オォーデットーー!!おかえりなのだーー!!」
義姉ジャイアナが、全身で喜びを表しながら突進してくる。
(……悩みなんて、ほんとうに一粒もなさそう。羨ましい)
「ただいま、ジャイアナお姉さま」
抱き上げられかけて、途中で止まる。
「今日は……ちょっと疲れてる。なにかあった?」
真っ直ぐな瞳。
こちらの策略も苦労も知らない、ひたすらに優しい眼差し。
胸の奥で、張っていた糸がふっと緩んだ。
「……少しね。でも、帰ってこられたから大丈夫よ」
ジャイアナはぱぁっと笑う。
本当に尻尾が見えそうな勢いで。
「うんっ!私もオデットが帰ってきて嬉しいのだ!」
(……こういうところ、憎めないのよね)
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