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第12話 削られていく日々
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朝が来たとき、私は自分の名前を一瞬、思い出せなかった。
◇◇◇
目を開けると天井があった。
見慣れた自室の天井。
それだけで、少し安心して――すぐに、それが間違いだと分かる。
胸の奥が、重い。
(……また、だ)
夢の内容は、もう思い出せない。
いや、思い出さないようにしている。
思い出した瞬間、悪夢を再生してしまうから。
ベッドから起き上がろうとして、身体が言うことをきかない。
中身を削られた感覚。
朝食の席で、スープの匂いが鼻を突いた瞬間、喉が締まった。
「……」
匙を持ったまま、動けなくなる。
(無理)
そう思っただけで、胃がひっくり返りそうになる。
侍女リリアが心配そうに声をかけてきた。
「オデットさま……?」
「……うん、少し」
そう言った自分の声が、ひどく遠い。
向かいの席では、ジャイアナが私を見ていた。
いつもの笑顔じゃない。
眉が、少し下がっている。
「オデット、食べないのだ?」
首を傾げるだけの、素朴な疑問。
でも、その声はいつもより小さかった。
「……今は、ちょっとだけ」
そう答えると、ジャイアナはしばらく黙り込み、
それから自分の皿を私の方へ押してきた。
「じゃあ、これも残しておくのだ。
あとで一緒に食べるのだ」
理由を聞かない。
無理に踏み込まない。
それが、彼女なりの心配なのだと分かって、
胸が少しだけ、痛んだ。
結局、一口も食べられなかった。
◇◇◇
昼。
書類を読もうとしても、文字が滑る。
意味を結ぶ前に、頭の奥がじくじくと痛む。
ペンを落とした。
拾おうとして、手が震えていることに気づく。
(……何回、だ)
何回、“あの未来”を視たか。
数えようとした瞬間、胸の奥がきしんだ。
未来視は、選べない。
眠ったとき。
目を閉じたとき。
意識が途切れた、ほんの隙間。
そのどこかで、必ず入り込んでくる。
避けられない。
夕方、母が私の部屋に来た。
私の顔を一目見て、言葉を失う。
「……あなた」
声が、低くなる。
「今日も、食べてないわね」
私は答えなかった。
答える力が、なかった。
母は、唇を噛みしめる。
「……また、あの人のせい?」
その視線が、扉の向こう――義父のいる方向を射抜く。
◇◇◇
その夜、珍しく、家族が揃った。
と言っても、空気は重い。
母が、義父を睨みつける。
「あなたがオデットを怖がらせたせいよ」
義父は、何も言い返さなかった。
しばらくして、ようやく絞り出す。
「……すまん」
俯いたまま。
「私が……ろくでなしのせいで……」
その声には、言い訳も、開き直りもなかった。
ただの、後悔。
私は、ゆっくりと口を開いた。
「……お父様のことは、嫌いです」
母が、息を呑む。
義父も、顔を上げた。
「でも」
言葉を、選ぶ。
「お父様のせいじゃありません」
喉が、ひりつく。
「だから……自分を責めないでください」
一瞬、時間が止まった。
義父は、何も言わなかった。
ただ、深く、深く、頭を下げた。
「……すまない」
それだけだった。
◇◇◇
その夜も、眠った。
眠ってしまった。
そして――
また、視た。
終わりの光景。
倒れた義父。
縛られた、母と私。
何度も。
何度も。
汚される。
意識が跳ね上がる。
(……うっ)
喉から、声にならない音が漏れた。
(もう……)
(もう、恋もできなさそう……)
誰に聞かせるでもない呟き。
身体が、冷たい。
◇◇◇
朝。
水だけは、飲めた。
それだけで、今日は“まし”だと判断してしまう自分がいる。
(……このままじゃ)
未来を変える前に。
私は、壊れる。
(……なにか、なにかを変えなきゃ)
未来は、行動を変えたときに、変わることがある。
……だから、試した。
その日のうちに、警備の配置を見直すよう指示を出した。
夜番を増やし、裏門の巡回も強化させた。
ほんの少しでも、違いが出ればいい。
そう思って。
――その夜。
私は、また同じ光景を視た。
倒れている義父。
縛られた、母と私。
割れる壁。
血に染まった床。
何一つ、変わっていない。
(……なぜ)
行動は、した。
選択も、変えた。
それでも、未来は――
――それなら。
(他に、……ないの?)
変えなければ。
悪夢の、その日は遠くないはずだ。
夢の中の、家族の姿、屋敷の様子で分かる。
みな、変わらないから。
髪の長さも、そう変わってない。
そう、誰も、同じ。
そのとき、私の脳裏に光が走った。
――同じじゃ、ない?
気づいてしまった。
いなくなっている人物が、いることに。
◇◇◇
目を開けると天井があった。
見慣れた自室の天井。
それだけで、少し安心して――すぐに、それが間違いだと分かる。
胸の奥が、重い。
(……また、だ)
夢の内容は、もう思い出せない。
いや、思い出さないようにしている。
思い出した瞬間、悪夢を再生してしまうから。
ベッドから起き上がろうとして、身体が言うことをきかない。
中身を削られた感覚。
朝食の席で、スープの匂いが鼻を突いた瞬間、喉が締まった。
「……」
匙を持ったまま、動けなくなる。
(無理)
そう思っただけで、胃がひっくり返りそうになる。
侍女リリアが心配そうに声をかけてきた。
「オデットさま……?」
「……うん、少し」
そう言った自分の声が、ひどく遠い。
向かいの席では、ジャイアナが私を見ていた。
いつもの笑顔じゃない。
眉が、少し下がっている。
「オデット、食べないのだ?」
首を傾げるだけの、素朴な疑問。
でも、その声はいつもより小さかった。
「……今は、ちょっとだけ」
そう答えると、ジャイアナはしばらく黙り込み、
それから自分の皿を私の方へ押してきた。
「じゃあ、これも残しておくのだ。
あとで一緒に食べるのだ」
理由を聞かない。
無理に踏み込まない。
それが、彼女なりの心配なのだと分かって、
胸が少しだけ、痛んだ。
結局、一口も食べられなかった。
◇◇◇
昼。
書類を読もうとしても、文字が滑る。
意味を結ぶ前に、頭の奥がじくじくと痛む。
ペンを落とした。
拾おうとして、手が震えていることに気づく。
(……何回、だ)
何回、“あの未来”を視たか。
数えようとした瞬間、胸の奥がきしんだ。
未来視は、選べない。
眠ったとき。
目を閉じたとき。
意識が途切れた、ほんの隙間。
そのどこかで、必ず入り込んでくる。
避けられない。
夕方、母が私の部屋に来た。
私の顔を一目見て、言葉を失う。
「……あなた」
声が、低くなる。
「今日も、食べてないわね」
私は答えなかった。
答える力が、なかった。
母は、唇を噛みしめる。
「……また、あの人のせい?」
その視線が、扉の向こう――義父のいる方向を射抜く。
◇◇◇
その夜、珍しく、家族が揃った。
と言っても、空気は重い。
母が、義父を睨みつける。
「あなたがオデットを怖がらせたせいよ」
義父は、何も言い返さなかった。
しばらくして、ようやく絞り出す。
「……すまん」
俯いたまま。
「私が……ろくでなしのせいで……」
その声には、言い訳も、開き直りもなかった。
ただの、後悔。
私は、ゆっくりと口を開いた。
「……お父様のことは、嫌いです」
母が、息を呑む。
義父も、顔を上げた。
「でも」
言葉を、選ぶ。
「お父様のせいじゃありません」
喉が、ひりつく。
「だから……自分を責めないでください」
一瞬、時間が止まった。
義父は、何も言わなかった。
ただ、深く、深く、頭を下げた。
「……すまない」
それだけだった。
◇◇◇
その夜も、眠った。
眠ってしまった。
そして――
また、視た。
終わりの光景。
倒れた義父。
縛られた、母と私。
何度も。
何度も。
汚される。
意識が跳ね上がる。
(……うっ)
喉から、声にならない音が漏れた。
(もう……)
(もう、恋もできなさそう……)
誰に聞かせるでもない呟き。
身体が、冷たい。
◇◇◇
朝。
水だけは、飲めた。
それだけで、今日は“まし”だと判断してしまう自分がいる。
(……このままじゃ)
未来を変える前に。
私は、壊れる。
(……なにか、なにかを変えなきゃ)
未来は、行動を変えたときに、変わることがある。
……だから、試した。
その日のうちに、警備の配置を見直すよう指示を出した。
夜番を増やし、裏門の巡回も強化させた。
ほんの少しでも、違いが出ればいい。
そう思って。
――その夜。
私は、また同じ光景を視た。
倒れている義父。
縛られた、母と私。
割れる壁。
血に染まった床。
何一つ、変わっていない。
(……なぜ)
行動は、した。
選択も、変えた。
それでも、未来は――
――それなら。
(他に、……ないの?)
変えなければ。
悪夢の、その日は遠くないはずだ。
夢の中の、家族の姿、屋敷の様子で分かる。
みな、変わらないから。
髪の長さも、そう変わってない。
そう、誰も、同じ。
そのとき、私の脳裏に光が走った。
――同じじゃ、ない?
気づいてしまった。
いなくなっている人物が、いることに。
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