九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
47 / 259
偶像崇拝

前半戦と最上階

しおりを挟む
偶像崇拝4





ホールをあとにして、周囲に注意を払いつつ階段を登る。14階まで見付からないように移動するのは骨だが、先の予想通り他の階には殆ど人は居なかった。

あまり使われていないのかも。いくつか部屋を覗いたがおおむね簡素な事務室や物置のようになっていた。これだけ部屋が余っているのであれば支部を開発しなくてもいい気もするが、単に土地を購入して陣地を広げたいということなのだろう。【天堂會】エリアを作るなんてかなり大それた野望だが。

途中10階のあたりで、演説会会場で話しかけてきた【天堂會】のバッジをつけた男を見つける。ピンときたアズマ大地ダイチの手を引き、気取られないようにそのあとをつけた。

最上階のとある部屋に入っていく姿を確認し、非常階段の陰で待つこと数分。男は部屋から出てくるとまた下へと帰っていく。

アズマ大地ダイチはそのとある部屋───幾分装飾された1枚の扉の前に立った。ドアを押す。当然だが鍵がかかっている。まぁ関係ねぇけどと吐き捨て、しゃがみ込んで鍵穴を触るアズマ大地ダイチがまばたきをした。

「あけられるの?」
「任せろよ。ピッキングのアズマだぜ?」

微妙な通り名である。

アズマが首からドックタグを外しプレート部分を横にスライドさせると、薄い鉄板が半分に割れアーミーナイフのように様々なツールが飛び出した。ドライバーメインのピッキング特化型。

「なにそれ!すごい!」
「でしょ。30秒ちょうだい」

大地ダイチの感嘆の声にウインクをして、アズマは鍵穴を覗き込み少し観察する。
九龍に昔からある古い錠前。中の構造は至極単純。ビル自体は綺麗だが、こういった細かい所には手がかかっていないのか。
アズマはスッと工具を挿し込んでカチャカチャ動かし、ドアノブをひねった。


カシャン。


いとも簡単に扉が開いた。30秒くれ、とは言ったが、実質その間数秒。
嘘、早っ!と驚く大地ダイチとハイタッチを交わし中へ足を踏み入れる。

部屋にはパソコンデスクと本棚が並び、様々な資料が乱雑に置いてあった。2人で手早く棚のファイルを漁る。会員リストを見つけたが、顔写真に名前や性別等が書いてあるだけで大した情報ではない。こいつらはいわゆる平会員、縁切りの願いも叶ってないだろう。

と、似たようなリストを奥からもう1冊見つける。

こちらには、顔写真や名前の他にもお布施の額まで載っていた。高額献金者リストだ。
とすれば、ちらほら願いが叶った奴が混ざっているはず。だがお祈りの効果の裏付けとして知っておきたいのは‘願った’側の人間よりも‘願われた’側の人間なのだ。

さらにもう1冊、お布施の額は書いていないが写真と共にその人物の個人的な悩みや問題等について書かれた高額献金‘候補’者リストも出てきた。

先程の男、ホールでアズマ大地ダイチを値踏みしていた。新たな高額献金候補者を探していたのだろう…熱心なことだ。2人がリストここに加わることはなかったようだが。

「しかしアナログだな、【天堂會】」

アズマがパラパラとページをめくり呟く。

普通、こんなにわかりやすいもんを紙のファイルで残しておくか?いくら九龍が治外法権で警察などの捜査ガサが入らないとはいえ、侵入者やスパイが来ないとは限らない。というか現に俺達が来ている。

せめてデジタルなデータに変換しておくべき…いや、してる途中なのか?それともパソコンにはもっと重要な情報が入っている?

リストこれにはさすがに殺人の事までは書かれていない。‘高額献金者リスト’は手掛かりにはなるが、その悪縁相手を【天堂會】が殺しているという直接的な証拠にはならない。

やはりメインはパソコンか。

何台かあるコンピューターを見やると、USBメモリがささっているものがあった。データが入っている、とは限らないが…ついでだ、っちまうか?

「あ、これでしょ大事なのって」

アズマが考えている隙に横から顔を出した大地ダイチがシュコッとパソコンからUSBを抜いた。


ちょっと待て、いくら【天堂會ここ】のセキュリティが甘いとはいえ!!


大地ダイチの警戒心ゼロの行動にアズマは焦ったが、特にパソコンから異音がしたりすることもなくUSB自体にも仕掛けはない様子。
なにも起こらないことを確認したアズマは先ほど受付で貰った【天堂會】ぬいぐるみの首を少し裂き、そこにUSBをじ込んだ。
大地ダイチがギャッと叫ぶ。

アズマ!!首ちぎんないで!!」
「あとで直してやっから!」

その時、ドアの向こうから階段を登ってくる足音が聞こえた。そろそろ退散しなければ。
入り口の扉以外に脱出できそうなルートは窓のみ、これは部屋に入った時からわかっていたこと。

アズマは窓を開け、すぐ横に走るツルツルしたパイプに手をかけた。排水管だろう。強めに揺らしてみたが外れることは無さそうだ。
パイプは下の階、目視では10階の付近までは続いていて、そこの屋根に降りればあとは出っ張った足場をつたいビル内に戻れそうだった。

大地ダイチ、壁ぞいに他の部屋行くかこれ滑って降りるかどっちがいい?」
「え、2択なの?ほんとに言ってる!?」
「無理か?どっちも厳しい?」
「余裕!!楽しい!!滑って降りよう!!」

アズマの提案に完全に乗り気の大地ダイチ。滑り降りる方に票が入った。

まずアズマが窓から外に出て、パイプを滑り棒にし下へと降りる。キュルルル!と靴がパイプを擦る音がした。あっという間に屋根に着地し大地ダイチへと合図をする。

大地ダイチも同じように窓枠を乗り越えて、ぬいぐるみを胸元にしまうとパイプを両手で掴み、えいっと一気に滑り降りた。なかなかの高さと速度。だがアトラクションというか、公園の遊具の大規模バージョンというか、とにかく大地ダイチの中で怖さより楽しさが勝っている。

下で待っていたアズマ大地ダイチを受け止めた。

2人共喧嘩こそ強くないが、別に運動神経が悪い訳ではない。流石にイツキマオと同じ様にビルからビルへ飛び移る等の芸当は出来ないにしろ、この程度のアクションなら特に問題なくこなせる。

そのまま屋根を歩いて、非常階段へと移動。ホールのあった階まで急いで戻り、何食わぬ顔でまた集会に参加した。


「追加のお菓子はいかがですか?」

中に入るとすぐさま先程の【天堂會】バッジの男に声をかけられドキッとする。
アズマは作り笑いで雑談をしつつ警戒したが、幹部の男はこちらの動きに気付いた様子ではなく、他愛もない話をしたのち他の参加者へと向かっていった。

再び熊猫曲奇パンダクッキーを貰った大地ダイチは、それを頭からポリポリかじりながらアズマを引き寄せる。

「ね、どうする?地下も見る?」
「んー…そうだな…」

アズマは思案した。

USBを持ち出しているのは割と危ない賭けだ。部屋に戻ってきた人間に、無い事が既にバレているかも知れない。あのPCの持ち主が自分で紛失した、と思ってくれればいいが、外部犯だと疑われた時に容疑者は今日の集会に来たメンツに絞られるだろう。受付で書いた名前は偽名だし住所も適当なので足取りが追われる事は無いはずだけど、次の集会には顔を出しづらい。

とすると、逆に今しかチャンスはないか?

USBに何が入っているかは現時点では不明。ピンポイントで欲しいデータかも知れないし全く役に立たない情報かも知れない…これだけじゃ物足りない気はする。

それに何より、‘悪いものを隠すなら下’だ。水に混ざっていた薬物クスリもそうだが…もっと、ヤバいモノがあるのかも。

いざとなれば大地ダイチだけ逃がせばいい。


「行くか、地下したも」
「そうこなくっちゃ」

アズマが言うと、嬉しそうに笑う大地ダイチ

2人してカムラにめちゃくちゃ怒られるだろうなとアズマは思ったが、何のことはない。怒られたらいいのだ。
それに、もとを正せばカムラからの頼みなんだから多少の無茶は目をつぶっていただきたい。


「よし、次の奴が登壇したら行くぜ」
「了解!」

可愛らしく敬礼する大地ダイチアズマも小さく敬礼を返し、探検ツアー後半戦はスタートした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者が可愛いのに掟のせいで手が出せなくて辛い

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

婚約破棄を機に、王国に見切りを付けた話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

一人の学生の就職活動記録

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

追放された令嬢は追放先を繁栄させるために奔走する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:1,724

悪役令嬢は塔から飛び降りる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

独覚女と夢使い

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

輝きと転落:エメラルド一族の崩壊

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

幼馴染が好きなら婚約破棄してください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:131

処理中です...