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偶像崇拝
前半戦と最上階
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偶像崇拝4
ホールをあとにして、周囲に注意を払いつつ階段を登る。14階まで見付からないように移動するのは骨だが、先の予想通り他の階には殆ど人は居なかった。
あまり使われていないのかも。いくつか部屋を覗いたが概ね簡素な事務室や物置のようになっていた。これだけ部屋が余っているのであれば支部を開発しなくてもいい気もするが、単に土地を購入して陣地を広げたいということなのだろう。【天堂會】エリアを作るなんてかなり大それた野望だが。
途中10階のあたりで、演説会会場で話しかけてきた【天堂會】のバッジをつけた男を見つける。ピンときた東は大地の手を引き、気取られないようにそのあとをつけた。
最上階のとある部屋に入っていく姿を確認し、非常階段の陰で待つこと数分。男は部屋から出てくるとまた下へと帰っていく。
東と大地はそのとある部屋───幾分装飾された1枚の扉の前に立った。ドアを押す。当然だが鍵がかかっている。まぁ関係ねぇけどと吐き捨て、しゃがみ込んで鍵穴を触る東に大地がまばたきをした。
「あけられるの?」
「任せろよ。ピッキングの東だぜ?」
微妙な通り名である。
東が首からドックタグを外しプレート部分を横にスライドさせると、薄い鉄板が半分に割れアーミーナイフのように様々なツールが飛び出した。ドライバーメインのピッキング特化型。
「なにそれ!すごい!」
「でしょ。30秒ちょうだい」
大地の感嘆の声にウインクをして、東は鍵穴を覗き込み少し観察する。
九龍に昔からある古い錠前。中の構造は至極単純。ビル自体は綺麗だが、こういった細かい所には手がかかっていないのか。
東はスッと工具を挿し込んでカチャカチャ動かし、ドアノブをひねった。
カシャン。
いとも簡単に扉が開いた。30秒くれ、とは言ったが、実質その間数秒。
嘘、早っ!と驚く大地とハイタッチを交わし中へ足を踏み入れる。
部屋にはパソコンデスクと本棚が並び、様々な資料が乱雑に置いてあった。2人で手早く棚のファイルを漁る。会員リストを見つけたが、顔写真に名前や性別等が書いてあるだけで大した情報ではない。こいつらはいわゆる平会員、縁切りの願いも叶ってないだろう。
と、似たようなリストを奥からもう1冊見つける。
こちらには、顔写真や名前の他にもお布施の額まで載っていた。高額献金者リストだ。
とすれば、ちらほら願いが叶った奴が混ざっているはず。だがお祈りの効果の裏付けとして知っておきたいのは‘願った’側の人間よりも‘願われた’側の人間なのだ。
さらにもう1冊、お布施の額は書いていないが写真と共にその人物の個人的な悩みや問題等について書かれた高額献金‘候補’者リストも出てきた。
先程の男、ホールで東と大地を値踏みしていた。新たな高額献金候補者を探していたのだろう…熱心なことだ。2人がリストに加わることはなかったようだが。
「しかしアナログだな、【天堂會】」
東がパラパラとページを捲り呟く。
普通、こんなにわかりやすいもんを紙のファイルで残しておくか?いくら九龍が治外法権で警察などの捜査が入らないとはいえ、侵入者やスパイが来ないとは限らない。というか現に俺達が来ている。
せめてデジタルなデータに変換しておくべき…いや、してる途中なのか?それともパソコンにはもっと重要な情報が入っている?
リストにはさすがに殺人の事までは書かれていない。‘高額献金者リスト’は手掛かりにはなるが、その悪縁相手を【天堂會】が殺しているという直接的な証拠にはならない。
やはりメインはパソコンか。
何台かあるコンピューターを見やると、USBメモリがささっているものがあった。データが入っている、とは限らないが…ついでだ、盗っちまうか?
「あ、これでしょ大事なのって」
東が考えている隙に横から顔を出した大地がシュコッとパソコンからUSBを抜いた。
ちょっと待て、いくら【天堂會】のセキュリティが甘いとはいえ!!
大地の警戒心ゼロの行動に東は焦ったが、特にパソコンから異音がしたりすることもなくUSB自体にも仕掛けはない様子。
なにも起こらないことを確認した東は先ほど受付で貰った【天堂會】ぬいぐるみの首を少し裂き、そこにUSBを捩じ込んだ。
大地がギャッと叫ぶ。
「東!!首ちぎんないで!!」
「あとで直してやっから!」
その時、ドアの向こうから階段を登ってくる足音が聞こえた。そろそろ退散しなければ。
入り口の扉以外に脱出できそうなルートは窓のみ、これは部屋に入った時からわかっていたこと。
東は窓を開け、すぐ横に走るツルツルしたパイプに手をかけた。排水管だろう。強めに揺らしてみたが外れることは無さそうだ。
パイプは下の階、目視では10階の付近までは続いていて、そこの屋根に降りればあとは出っ張った足場をつたいビル内に戻れそうだった。
「大地、壁ぞいに他の部屋行くかこれ滑って降りるかどっちがいい?」
「え、2択なの?ほんとに言ってる!?」
「無理か?どっちも厳しい?」
「余裕!!楽しい!!滑って降りよう!!」
東の提案に完全に乗り気の大地。滑り降りる方に票が入った。
まず東が窓から外に出て、パイプを滑り棒にし下へと降りる。キュルルル!と靴がパイプを擦る音がした。あっという間に屋根に着地し大地へと合図をする。
大地も同じように窓枠を乗り越えて、ぬいぐるみを胸元にしまうとパイプを両手で掴み、えいっと一気に滑り降りた。なかなかの高さと速度。だがアトラクションというか、公園の遊具の大規模バージョンというか、とにかく大地の中で怖さより楽しさが勝っている。
下で待っていた東が大地を受け止めた。
2人共喧嘩こそ強くないが、別に運動神経が悪い訳ではない。流石に樹や猫と同じ様にビルからビルへ飛び移る等の芸当は出来ないにしろ、この程度のアクションなら特に問題なくこなせる。
そのまま屋根を歩いて、非常階段へと移動。ホールのあった階まで急いで戻り、何食わぬ顔でまた集会に参加した。
「追加のお菓子はいかがですか?」
中に入るとすぐさま先程の【天堂會】バッジの男に声をかけられドキッとする。
東は作り笑いで雑談をしつつ警戒したが、幹部の男はこちらの動きに気付いた様子ではなく、他愛もない話をしたのち他の参加者へと向かっていった。
再び熊猫曲奇を貰った大地は、それを頭からポリポリかじりながら東を引き寄せる。
「ね、どうする?地下も見る?」
「んー…そうだな…」
東は思案した。
USBを持ち出しているのは割と危ない賭けだ。部屋に戻ってきた人間に、無い事が既にバレているかも知れない。あのPCの持ち主が自分で紛失した、と思ってくれればいいが、外部犯だと疑われた時に容疑者は今日の集会に来たメンツに絞られるだろう。受付で書いた名前は偽名だし住所も適当なので足取りが追われる事は無いはずだけど、次の集会には顔を出しづらい。
とすると、逆に今しかチャンスはないか?
USBに何が入っているかは現時点では不明。ピンポイントで欲しいデータかも知れないし全く役に立たない情報かも知れない…これだけじゃ物足りない気はする。
それに何より、‘悪いものを隠すなら下’だ。水に混ざっていた薬物もそうだが…もっと、ヤバいモノがあるのかも。
いざとなれば大地だけ逃がせばいい。
「行くか、地下も」
「そうこなくっちゃ」
東が言うと、嬉しそうに笑う大地。
2人して上にめちゃくちゃ怒られるだろうなと東は思ったが、何のことはない。怒られたらいいのだ。
それに、本を正せば上からの頼みなんだから多少の無茶は目をつぶっていただきたい。
「よし、次の奴が登壇したら行くぜ」
「了解!」
可愛らしく敬礼する大地に東も小さく敬礼を返し、探検ツアー後半戦はスタートした。
ホールをあとにして、周囲に注意を払いつつ階段を登る。14階まで見付からないように移動するのは骨だが、先の予想通り他の階には殆ど人は居なかった。
あまり使われていないのかも。いくつか部屋を覗いたが概ね簡素な事務室や物置のようになっていた。これだけ部屋が余っているのであれば支部を開発しなくてもいい気もするが、単に土地を購入して陣地を広げたいということなのだろう。【天堂會】エリアを作るなんてかなり大それた野望だが。
途中10階のあたりで、演説会会場で話しかけてきた【天堂會】のバッジをつけた男を見つける。ピンときた東は大地の手を引き、気取られないようにそのあとをつけた。
最上階のとある部屋に入っていく姿を確認し、非常階段の陰で待つこと数分。男は部屋から出てくるとまた下へと帰っていく。
東と大地はそのとある部屋───幾分装飾された1枚の扉の前に立った。ドアを押す。当然だが鍵がかかっている。まぁ関係ねぇけどと吐き捨て、しゃがみ込んで鍵穴を触る東に大地がまばたきをした。
「あけられるの?」
「任せろよ。ピッキングの東だぜ?」
微妙な通り名である。
東が首からドックタグを外しプレート部分を横にスライドさせると、薄い鉄板が半分に割れアーミーナイフのように様々なツールが飛び出した。ドライバーメインのピッキング特化型。
「なにそれ!すごい!」
「でしょ。30秒ちょうだい」
大地の感嘆の声にウインクをして、東は鍵穴を覗き込み少し観察する。
九龍に昔からある古い錠前。中の構造は至極単純。ビル自体は綺麗だが、こういった細かい所には手がかかっていないのか。
東はスッと工具を挿し込んでカチャカチャ動かし、ドアノブをひねった。
カシャン。
いとも簡単に扉が開いた。30秒くれ、とは言ったが、実質その間数秒。
嘘、早っ!と驚く大地とハイタッチを交わし中へ足を踏み入れる。
部屋にはパソコンデスクと本棚が並び、様々な資料が乱雑に置いてあった。2人で手早く棚のファイルを漁る。会員リストを見つけたが、顔写真に名前や性別等が書いてあるだけで大した情報ではない。こいつらはいわゆる平会員、縁切りの願いも叶ってないだろう。
と、似たようなリストを奥からもう1冊見つける。
こちらには、顔写真や名前の他にもお布施の額まで載っていた。高額献金者リストだ。
とすれば、ちらほら願いが叶った奴が混ざっているはず。だがお祈りの効果の裏付けとして知っておきたいのは‘願った’側の人間よりも‘願われた’側の人間なのだ。
さらにもう1冊、お布施の額は書いていないが写真と共にその人物の個人的な悩みや問題等について書かれた高額献金‘候補’者リストも出てきた。
先程の男、ホールで東と大地を値踏みしていた。新たな高額献金候補者を探していたのだろう…熱心なことだ。2人がリストに加わることはなかったようだが。
「しかしアナログだな、【天堂會】」
東がパラパラとページを捲り呟く。
普通、こんなにわかりやすいもんを紙のファイルで残しておくか?いくら九龍が治外法権で警察などの捜査が入らないとはいえ、侵入者やスパイが来ないとは限らない。というか現に俺達が来ている。
せめてデジタルなデータに変換しておくべき…いや、してる途中なのか?それともパソコンにはもっと重要な情報が入っている?
リストにはさすがに殺人の事までは書かれていない。‘高額献金者リスト’は手掛かりにはなるが、その悪縁相手を【天堂會】が殺しているという直接的な証拠にはならない。
やはりメインはパソコンか。
何台かあるコンピューターを見やると、USBメモリがささっているものがあった。データが入っている、とは限らないが…ついでだ、盗っちまうか?
「あ、これでしょ大事なのって」
東が考えている隙に横から顔を出した大地がシュコッとパソコンからUSBを抜いた。
ちょっと待て、いくら【天堂會】のセキュリティが甘いとはいえ!!
大地の警戒心ゼロの行動に東は焦ったが、特にパソコンから異音がしたりすることもなくUSB自体にも仕掛けはない様子。
なにも起こらないことを確認した東は先ほど受付で貰った【天堂會】ぬいぐるみの首を少し裂き、そこにUSBを捩じ込んだ。
大地がギャッと叫ぶ。
「東!!首ちぎんないで!!」
「あとで直してやっから!」
その時、ドアの向こうから階段を登ってくる足音が聞こえた。そろそろ退散しなければ。
入り口の扉以外に脱出できそうなルートは窓のみ、これは部屋に入った時からわかっていたこと。
東は窓を開け、すぐ横に走るツルツルしたパイプに手をかけた。排水管だろう。強めに揺らしてみたが外れることは無さそうだ。
パイプは下の階、目視では10階の付近までは続いていて、そこの屋根に降りればあとは出っ張った足場をつたいビル内に戻れそうだった。
「大地、壁ぞいに他の部屋行くかこれ滑って降りるかどっちがいい?」
「え、2択なの?ほんとに言ってる!?」
「無理か?どっちも厳しい?」
「余裕!!楽しい!!滑って降りよう!!」
東の提案に完全に乗り気の大地。滑り降りる方に票が入った。
まず東が窓から外に出て、パイプを滑り棒にし下へと降りる。キュルルル!と靴がパイプを擦る音がした。あっという間に屋根に着地し大地へと合図をする。
大地も同じように窓枠を乗り越えて、ぬいぐるみを胸元にしまうとパイプを両手で掴み、えいっと一気に滑り降りた。なかなかの高さと速度。だがアトラクションというか、公園の遊具の大規模バージョンというか、とにかく大地の中で怖さより楽しさが勝っている。
下で待っていた東が大地を受け止めた。
2人共喧嘩こそ強くないが、別に運動神経が悪い訳ではない。流石に樹や猫と同じ様にビルからビルへ飛び移る等の芸当は出来ないにしろ、この程度のアクションなら特に問題なくこなせる。
そのまま屋根を歩いて、非常階段へと移動。ホールのあった階まで急いで戻り、何食わぬ顔でまた集会に参加した。
「追加のお菓子はいかがですか?」
中に入るとすぐさま先程の【天堂會】バッジの男に声をかけられドキッとする。
東は作り笑いで雑談をしつつ警戒したが、幹部の男はこちらの動きに気付いた様子ではなく、他愛もない話をしたのち他の参加者へと向かっていった。
再び熊猫曲奇を貰った大地は、それを頭からポリポリかじりながら東を引き寄せる。
「ね、どうする?地下も見る?」
「んー…そうだな…」
東は思案した。
USBを持ち出しているのは割と危ない賭けだ。部屋に戻ってきた人間に、無い事が既にバレているかも知れない。あのPCの持ち主が自分で紛失した、と思ってくれればいいが、外部犯だと疑われた時に容疑者は今日の集会に来たメンツに絞られるだろう。受付で書いた名前は偽名だし住所も適当なので足取りが追われる事は無いはずだけど、次の集会には顔を出しづらい。
とすると、逆に今しかチャンスはないか?
USBに何が入っているかは現時点では不明。ピンポイントで欲しいデータかも知れないし全く役に立たない情報かも知れない…これだけじゃ物足りない気はする。
それに何より、‘悪いものを隠すなら下’だ。水に混ざっていた薬物もそうだが…もっと、ヤバいモノがあるのかも。
いざとなれば大地だけ逃がせばいい。
「行くか、地下も」
「そうこなくっちゃ」
東が言うと、嬉しそうに笑う大地。
2人して上にめちゃくちゃ怒られるだろうなと東は思ったが、何のことはない。怒られたらいいのだ。
それに、本を正せば上からの頼みなんだから多少の無茶は目をつぶっていただきたい。
「よし、次の奴が登壇したら行くぜ」
「了解!」
可愛らしく敬礼する大地に東も小さく敬礼を返し、探検ツアー後半戦はスタートした。
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