九龍懐古

偶像崇拝

天仔とＲＴＢ・前

偶像崇拝10 





「い、樹イツキぃ！！」

思わず飛びつこうとした東アズマは、樹イツキにガラス踏むよと窘たしなめられた。相変わらず塩対応…だがそんなことはいい、助けに来てくれたのか。

感動する東アズマをよそに、樹イツキは部屋をグルっと見回す。段ボールに入った沢山の薬。

「これ今どんな感じなの？」

樹イツキの質問に東アズマは手短に現状を説明した。

上手い具合に【天堂會】幹部と話をし、調剤目的でこのフロアを与えられた。フロアは防火扉で完全に閉め切られていて今のところ誰も居ない。外から施錠されているが、敵がやって来るとマズいので開かないようにこちら側からも固定してある。さっき窓から脱出しようと下を覗いたら襲撃者グループに発砲された。

「ドンパチやりにきたのはどこの奴らな訳？」

東アズマの疑問に樹イツキも軽く状況を話す。

大地ダイチは無事帰還、あのUSBは当たりで中には死亡者──【天堂會】に殺害された人間達──のリストが入っていた。そこに【和獅子】のメンバーの顔もあったので、データを元に【天堂會】が仲間を殺したという情報を流し【和獅子】をけしかける作戦を決行。これが功を奏し、現在に至る。
あと猫マオがスクリーンセーバーを変えた。

「上カムラ怒ってた？」
「白目剥いてたよ。でもこの騒動は上カムラが動いてくれたおかげ。助けようとしたの上カムラだけだったから」
「えっ？なんで！？」
「だって東アズマわざと残ったんでしょ？大地ダイチもそう言ってたし、助けなくてもいいかなって」
「そ…そうだけどそうじゃないよ！！俺はみんなを待ってたよ！！」
「ふーん」
「本当だよ！！」

泣きそうな東アズマには目もくれず、樹イツキは路地を眺めつつ考える。

【和獅子】のメンバーは戻ってきていない。
東アズマが昼間やったようにパイプを伝って逃げるか、今割った窓から非常階段へ逃げるか。
パイプは少し幹部達の部屋に近過ぎる気もするな。さっき下からも撃たれてたし。
手っ取り早く隣のビルにでも飛び移りたいが、東アズマにそこまでの跳躍力は無い。

樹イツキが思考を巡らせていると、廊下から聞こえるバンバンといった騒音。誰かが防火扉を開こうとしているようだ。
東アズマがドラッグをポケットに詰め込みつつ言った。

「やべ、誰か来た。【天堂會】っぽいな。薬物これ取りにきたのか？」
「んー、さっき14階の人達が薬と薬師がどうこうって言ってた」
「薬物ドラッグに用があんのかな？俺に用があんのかな？」
「両方じゃない？」

樹イツキは窓枠に足をかける。フッ、と居なくなったかと思ったら、もう非常階段に移動していた。
そして手摺りに乗り東アズマへと腕を伸ばす。東アズマも窓枠を越えそちらへ飛び移ろうとした。

瞬間、銃声。下に居た【和獅子】が戻ってきて東アズマへと発砲したのだ。

東アズマはバランスを崩したが、跳ぶ体制に入っていたのでそのままジャンプした。樹イツキは東アズマの腕を掴み全力で非常階段に引き込む。

「痛いてぇっ！！」

結果、東アズマは頭から踊り場に落ちた。

「いっ…痛…わ、割れてない？俺の頭…？」
「割れてない。見えない」
「暗くて見えないだけじゃない…？」

両手で頭を抑える東アズマに樹イツキは適当な返事をし、軽快に非常階段を降りはじめる。
東アズマもヨロヨロと後ろをついてきた。

数階下がったところで聞こえてきた騒ぎ声───【和獅子】が上がってきたようだ。
だが樹イツキも止まることなく進む。そして鉢合わせた、その時点で既に樹イツキは宙を舞っていた。

手摺りを軸に半回転して飛び、階段の下へと１人蹴り落とす。そいつが後続を巻き込んで踊り場まで転落したので樹イツキはその腹の上に着地した。
次いで登ってきていた男の顎をしゃがんだ体勢から蹴り上げ一撃でダウンさせると、後ろで拳銃を構える男へ素早く詰め寄り回し蹴りをかます。男は手摺りの向こうへ押し出されゴミ捨て場へと落ちていった。

また階段を下る。ビルの内部では銃声が止めどなく響いている、現在【天堂會】と【和獅子】どちらに分ぶがあるのだろうか。

再び誰かが上がってくる音を聞いて、樹イツキは手摺りを乗り越え柵を掴んで回転し、振り子の要領でひとつ下の踊り場へと到達。勢いのままに目の前にいた男を蹴り飛ばすと、急に現れた樹イツキに焦った別の男が銃を抜こうとした。それより早く、樹イツキは男の側頭部にハイキックを食らわせる。突っ伏し沈黙する男。

「あれ？東アズマ、ドアがある」

進行方向に目をやった樹イツキが声を上げた。追い付いた東アズマも見てみると、そこには古めかしい金属の扉があり開けなければその下には進めなさそうだった。続く階段は鉄の格子で覆われているので横から入るのも無理だ。
東アズマは鍵穴をいじろうと手を添えたが───暗がりでもわかるほどに錆びて腐っていた。かなり長い期間開けられる事がなかったのだろう。これではピッキングどうこうの問題ではない。

樹イツキがもう１枚のドア、すなわち、ビル内部への扉を指差す。

「一回ビルなか入るしかないね」
「大乱闘してるのに？」
「じゃあここから飛ぶ？俺はいいけど」
「入ハイリマース」

まだ７階程度の高さはあった。
樹イツキであれば地上にでも隣のビルにでもうまく飛べるだろうが、東アズマには少し無理がある。
よくて複雑骨折、わるくて落下死。諦めて中に入る事にした。

そっと扉を開ける。誰もいない。
ソロソロと侵入し内階段へ踏み出すと、正面から人影が出てきた。樹イツキは、向こうがこちらを視認するよりも先に攻撃を仕掛ける。
壁を足場に跳躍し、相手の首に足を絡めフランケンシュタイナー。【獣幇】戦で披露した技だ。
あの時燈瑩トウエイは自らも合わせて前転するという荒業で回避したが、普通はそうはいかない。綺麗にキマってゴンッと鈍い音が響き、相手は床へと倒れ込む。
その胸には【天堂會】のバッジ。

見覚えのある顔に東アズマが口を開く。

「あら、こいつ金歯だ」
「金歯？」
「【天堂會】のアタマみてぇな奴、多分。何してんだこんなとこで…ん？」

金歯の上着の内側から見えた小さなバッグ。拝借すると中には鍵やUSBが入っている。

鍵は地下室やボイラー室のものだろうから特に必要ないが、USBは役に立つかも知れない。アタマこいつが自ら持って逃げるだけの物だ、それなりの価値はあるはず。

東アズマは遠慮なくいただいた。