九龍懐古

十大奇祭

大食戦と争奪戦・前

十大奇祭１





中環セントラルフェリーターミナルから船に乗り30分少々。本日やって来たのは離島、長州島。

ここでは年に１回【長洲太平清醮】、人呼んで‘饅頭祭’が開催される。観光客で賑わう街に降り立つと、すぐさま目に飛びこんでくる限定スイーツやお土産の数々。活気に満ち溢れた大通り、色とりどりの獅子舞が音楽に合わせてフワフワ踊れば子供達から感嘆の声があがった。
中心地に向かって歩く道中、ワイワイ話す【東風】の面々。何を食べようどれを買おうと騒がしいなか───１人顔面蒼白の上カムラ。


ヒザを痛めた鶏蛋仔ワッフル屋のかわりに、‘饅頭取りレース’の決勝戦へ参加することになってしまっていたからだった。


【長洲太平清醮】の目玉、饅頭取りレース。１万個近い饅頭が貼り付けられている20メートル程ほどのタワーに登り、３分間で饅頭をいくつ取れるか競い合う奇祭。高い場所の饅頭ほど高得点、どれだけ天辺に近いものを手にできるのかが勝利への鍵だ。
このレース、過去にタワーが倒れた際に数十名の負傷者を出して以降約30年開催を禁止されていた。しかし熱量は衰えることなく、長期のブランクを経て再開されるやいなや海外からも見物人が押し寄せるほどの大人気。今年も決勝戦の今日は島全体が最高潮の盛り上がりをみせている。

そして件くだんの鶏蛋仔ワッフル屋。下町の喧嘩や地下格闘技の審判レフェリーだけでは飽き足らず、自らも訳の分からない祭りに参加するお祭り男。寄る年波としなみを物ともせず予選から順調にのしあがったものの、決勝戦を前に膝にガタがきてしまい【東風】メンバーに襷たすきを繋ごうとしたのだが。



「何で俺が出るハメになっとるん…？」

上カムラは白目で口から魂を吐く。

「いいじゃねーか。名前の通りだろ」
「俺は大食い大会あるから」

横で瓶ビールを呷あおって猫マオが笑い、樹イツキは大食い大会が控えていると言いつつおやつの平安饅頭を両手にスタンバイ。試合前に腹ぁ膨れてしまわへんのかと上カムラが問えば、これはハスの実餡で大会の物は小豆餡だから大丈夫との返答。聞いてはみたが理屈がよくわからず上カムラは曖昧に了承した。

上カムラとしてはこの２人のどちらかに代打を頼みたかったが…面倒くさがりの猫マオがそんな真似をするはずもなく、樹イツキは樹イツキで他大会にエントリー。かといって東アズマの運動神経は特に良く無いし、大地ダイチや燈瑩トウエイに頼むわけにもいかない──しかも大地ダイチは下船した途端燈瑩トウエイを連れて秒速で消えてしまった──ので、結局最初に鶏蛋仔ワッフル屋に泣きつかれた饅頭カムラがそのまま出場する運びに。

「もー喉乾いてきたわ…」
「いるか？水」
「いやそれ青島チンタオやん」

うだる暑さと緊張で渇感かっかんを訴える上カムラに、手持ちの瓶を差し出す猫マオ。親切心。上カムラがいらんと断ればアルコール度数4.7％パーなんてゼロと同じだろと猫マオは首をかしげた、本気で言っているから末恐ろしい。

長州島には車が走っておらず信号も無し。移動手段はもっぱら徒歩、それでも１日あれば回れる広さ。商店は個人経営がほとんどで、数多あまたある干物屋が軒先にカラカラになった魚を並べている。猫マオが適当にひとつ買って酒の摘つまみにバリバリ齧かじりだした、お魚くわえた野良猫…城があるので野良ではないが。真似して干物に齧かじりつく樹イツキ、上カムラが先刻と同じ疑問をぶつけるとこれはしょっぱいから大丈夫との返答。やはり理屈がよくわからず上カムラは曖昧に了承した。

のんびりと島内を散策し終えた夕刻。樹イツキは饅頭大食戦おおぐいせん、上カムラは饅頭争奪戦そうだつせんの会場へと足を向ける。猫マオは気になる酒が置いてある出店でみせを見付けたらしく、腰を落ち着けて動かない。レースを観戦しには来ないだろう。
東アズマは樹イツキにくっついて行ってしまい、澳門マカオのスロット大会よろしくまたも上カムラはポツンとぼっち。現地で合流しようと約束していた鶏蛋仔ワッフル屋もどこにいるのやら。
俺、いつもこんな役回りやな…せめて大地ダイチと燈瑩トウエイさん戻ってきてくれへんかな…。上カムラは受付係に配られたゼッケンを装着し、溜め息をついた。





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「これ何個くらい食べたら優勝出来る訳？」
「わかんない、あるだけ食べるつもり」
「猛者だな」

大食い大会開始直前。広場の中央に堆うずたかく積まれた平安饅頭を眺めて立ち話をする樹イツキと東アズマ。ライバルの参加者たちに目をやると、太った大男になんだかアメリカンな青年、ボディビルダーばりのマッチョなど、体格からしてモリモリとよく食べそうな人々ばかり。どうみても樹イツキが１番小柄、チャレンジャーの形ナリをしていない。

───していないが。外見で判断するのは、あまりにも早計なのだ。

人間観察をしている間に集合時間、出場選手は各々ゼッケンと同じ番号のテーブルにつく。見送る東アズマに手を振り用意された椅子にダラっと腰掛ける樹イツキ。目の前には、掌てのひらに乗せてピッタリといったサイズの饅頭がまずは10個並べられていた。全てを食べ切ったらおかわりが運ばれてくるという寸法。
樹イツキはチロリと饅頭に視線を落とし、一言。

「…少すくな」

その眼差しに東アズマは背筋がゾワリとするのを感じた。これは何かが起こる予感、この大会の常識が覆くつがえるような事態が───…。




盛大に鳴り渡る銅鑼ドラの音。蒸し暑い長州島の夜、ギャラリーの声援と共に、歴史に残る大食いレースは幕を開けた。