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倶会一処
ギターと被害額
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倶会一処4
「お疲れぇ」
夜も更けた頃、【東風】の扉を開き匠が顔を出した。後ろには寧もついてきている。
「あら?大荷物じゃない」
匠が抱える謎の袋を見やり東が言えば、東さんって楽器弾けますか?と寧。
「これ、廃品で見つけたんです。捨てられちゃうの、もったいなかった、から」
いそいそと寧が袋から取り出したのは古ぼけたギター。ところどころ塗装が剥げボロくなっていたが、弦はしっかり張られそれなりに立派だ。顎に手を当てる東。
「弾けないけど…このまま飾っとくのも宝の持ち腐れね」
「そしたら近所の爺さんとこ持ってくよ」
匠がコンコン木枠を叩く。九龍城では老人会で音楽を楽しむ人間も多い、サックスからタンバリンまで嗜む楽器も様々だ。
東は首を回し、ソファで酒瓶を呷っている猫と煙草を燻らす燈瑩に話を振った。
「猫弾ける?」
「弾けねぇよ。馬頭琴しか」
「燈瑩は?」
「んー…二胡なら…」
「伝統的ねお前ら」
樹は弾かないのと匠に訊かれ、楽器イジってんの見たことないなぁと腕を組む東。本日も兄弟は揃ってお出掛け中、帰りは遅くなるらしい。
んじゃ爺さんに持ってくかと袋を被せる匠、と、後ろで再び開く入り口のドア。
「やってるー?」
チャラけた挨拶と共に綠が店内へ入ってきた。数歩進んだところでボフッ、となにかが腹の辺りにぶつかり視線を落とす。寧だ。
「わっ寧ちゃんごめん!見えなかった!」
「だ、大丈夫です…私が小さいから…」
「綠お前それセクハラだぞ」
「やめて!?女の子は大好きだけどね!?」
ケタケタ笑う猫のセリフに慌て、屈み込んでペコペコ寧へ謝る綠。ふと足元の袋に目を留める。
「なにこれプレゼント?」
「聖誕老人かよ」
「あ、えっと、ギターです」
またぞろ喉を鳴らす猫、寧がギターを少し引っ張り出した。綠さんは音楽お好きですかと問えば思い掛けない返答。
「アタイは古典音楽とかで…十面埋伏が好きかな、古代歌曲の系統もだけど。でも普通にCPOPもいいね。週末はSOHOのバー、けっこう行ってる」
「え?すげぇ、詳しいじゃん」
「ほんのちょっと。お褒めに預かり光栄♪」
匠は驚くも、それより、興奮していたのは寧だった。ワクワクした表情でR&Bは?クラブミュージックはどうですか?と、立て続けに質問を投げる。
「EDMも聴くけどやっぱカントリーが落ち着くのよ。田舎育ちなもんで」
「カントリー…は、あんまりわかんなくて…どんな感じなのかな…」
「そうね、どんなんかってぇと」
綠はギターを指差した。
「弾こうか?」
「弾いてください!!!!」
店内に響き渡った声に、一瞬、時が止まる。
その声量に誰よりも唖然としたのは発した寧自身。ハッとして、ごめんなさいとみるみる縮こまる姿に綠は破顔。そんなに小っこくなったら居なくなっちまうぜ?そもそも小さいんだからと頭を撫でた。
それからギターを手に取り、上手かないけどと前置きして弦に触れる。
どこか懐かしいカントリーミュージックが聴こえ出した。前奏、Aメロ、Bメロ。サビに差しかかると綠は軽く歌詞を乗せた。柔らかく優しい声と音色。寧は真剣に耳を傾け、食い入るように見詰めている。
歌が終わり、もう1曲!もう1曲!とねだる寧。綠は‘何曲でもどうぞ’とリクエストに応える。その様子を見た匠が東に無言で指を振り、‘ギター【東風】に置いといていい?’と合図。東は唇の端を上げた。
しかし、随分と賑やかになってきた…口角を上げたまま店を見回す東。宗が突然現れてからこっち、ただでさえ溜まり場と化していた【東風】には余計に常時の滞在人数が増えている。もはや1日の中で東1人──ないし樹と2人──の時間は皆無といっても過言ではない。
携帯の画面が光り、東は微信を確認した。樹。〈何か買って帰る?〉との連絡に、〈みんな居るからつまめる物〉と返す。まぁ後で蓮に出前を頼んでもいいか。食肆まだやってたっけ、やってなくても吉娃娃は二つ返事で持ってきそうだな。
そんな事を考えつつ液晶を眺めていたので、東は猫が棚から秘蔵の高級老酒を取って開栓したのを見逃した。被害額数千香港ドル。
音楽は城塞の夜に心地良く溶けていく。穏やかにのんびりと過ぎる日常の上────湿度の高い風が、ゆっくりと、分厚い雲を運んでいた。
「お疲れぇ」
夜も更けた頃、【東風】の扉を開き匠が顔を出した。後ろには寧もついてきている。
「あら?大荷物じゃない」
匠が抱える謎の袋を見やり東が言えば、東さんって楽器弾けますか?と寧。
「これ、廃品で見つけたんです。捨てられちゃうの、もったいなかった、から」
いそいそと寧が袋から取り出したのは古ぼけたギター。ところどころ塗装が剥げボロくなっていたが、弦はしっかり張られそれなりに立派だ。顎に手を当てる東。
「弾けないけど…このまま飾っとくのも宝の持ち腐れね」
「そしたら近所の爺さんとこ持ってくよ」
匠がコンコン木枠を叩く。九龍城では老人会で音楽を楽しむ人間も多い、サックスからタンバリンまで嗜む楽器も様々だ。
東は首を回し、ソファで酒瓶を呷っている猫と煙草を燻らす燈瑩に話を振った。
「猫弾ける?」
「弾けねぇよ。馬頭琴しか」
「燈瑩は?」
「んー…二胡なら…」
「伝統的ねお前ら」
樹は弾かないのと匠に訊かれ、楽器イジってんの見たことないなぁと腕を組む東。本日も兄弟は揃ってお出掛け中、帰りは遅くなるらしい。
んじゃ爺さんに持ってくかと袋を被せる匠、と、後ろで再び開く入り口のドア。
「やってるー?」
チャラけた挨拶と共に綠が店内へ入ってきた。数歩進んだところでボフッ、となにかが腹の辺りにぶつかり視線を落とす。寧だ。
「わっ寧ちゃんごめん!見えなかった!」
「だ、大丈夫です…私が小さいから…」
「綠お前それセクハラだぞ」
「やめて!?女の子は大好きだけどね!?」
ケタケタ笑う猫のセリフに慌て、屈み込んでペコペコ寧へ謝る綠。ふと足元の袋に目を留める。
「なにこれプレゼント?」
「聖誕老人かよ」
「あ、えっと、ギターです」
またぞろ喉を鳴らす猫、寧がギターを少し引っ張り出した。綠さんは音楽お好きですかと問えば思い掛けない返答。
「アタイは古典音楽とかで…十面埋伏が好きかな、古代歌曲の系統もだけど。でも普通にCPOPもいいね。週末はSOHOのバー、けっこう行ってる」
「え?すげぇ、詳しいじゃん」
「ほんのちょっと。お褒めに預かり光栄♪」
匠は驚くも、それより、興奮していたのは寧だった。ワクワクした表情でR&Bは?クラブミュージックはどうですか?と、立て続けに質問を投げる。
「EDMも聴くけどやっぱカントリーが落ち着くのよ。田舎育ちなもんで」
「カントリー…は、あんまりわかんなくて…どんな感じなのかな…」
「そうね、どんなんかってぇと」
綠はギターを指差した。
「弾こうか?」
「弾いてください!!!!」
店内に響き渡った声に、一瞬、時が止まる。
その声量に誰よりも唖然としたのは発した寧自身。ハッとして、ごめんなさいとみるみる縮こまる姿に綠は破顔。そんなに小っこくなったら居なくなっちまうぜ?そもそも小さいんだからと頭を撫でた。
それからギターを手に取り、上手かないけどと前置きして弦に触れる。
どこか懐かしいカントリーミュージックが聴こえ出した。前奏、Aメロ、Bメロ。サビに差しかかると綠は軽く歌詞を乗せた。柔らかく優しい声と音色。寧は真剣に耳を傾け、食い入るように見詰めている。
歌が終わり、もう1曲!もう1曲!とねだる寧。綠は‘何曲でもどうぞ’とリクエストに応える。その様子を見た匠が東に無言で指を振り、‘ギター【東風】に置いといていい?’と合図。東は唇の端を上げた。
しかし、随分と賑やかになってきた…口角を上げたまま店を見回す東。宗が突然現れてからこっち、ただでさえ溜まり場と化していた【東風】には余計に常時の滞在人数が増えている。もはや1日の中で東1人──ないし樹と2人──の時間は皆無といっても過言ではない。
携帯の画面が光り、東は微信を確認した。樹。〈何か買って帰る?〉との連絡に、〈みんな居るからつまめる物〉と返す。まぁ後で蓮に出前を頼んでもいいか。食肆まだやってたっけ、やってなくても吉娃娃は二つ返事で持ってきそうだな。
そんな事を考えつつ液晶を眺めていたので、東は猫が棚から秘蔵の高級老酒を取って開栓したのを見逃した。被害額数千香港ドル。
音楽は城塞の夜に心地良く溶けていく。穏やかにのんびりと過ぎる日常の上────湿度の高い風が、ゆっくりと、分厚い雲を運んでいた。
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