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とぼとぼと城の通路を歩きながら、胸にせりあがる大きな不安と後悔をなんとか押し留めていた。もう何度も昨夜の自分を責めている。
今までも使用人として未熟な部分はあったが、初めて大きなミスをしてしまった。事前に知らされていたはずのユキ様の苦手な食材を今朝の朝食に使用してしまったのだ。
料理長への伝え漏れのせいで、自分だけの責任ではなく料理人全体への迷惑になってしまった。
なによりユキ様からの信頼に応えることができなかったことが申し訳ない。
ユキ様はこの城の料理人が調理したものは美味しいから問題なく食べられたと言ってくださったが、きっと僕のことを気遣ってのことだろう。
ユキ様は何も言わずに召し上がったから、オーウェン王子が苦手ではなかったかと仰らなければ気づくことさえできなかった。
後でもう一度ユキ様に謝罪して、ディランさんにも報告して料理人の皆さんにも謝ろう。
重い足を引きずるような気分で歩いていると、まさに思い浮かべていた人の声に呼び止められた。
「セス」
「……はい」
振り返ればディランさんが僕の方に静かに近づいてくる。
見つめる顔の表情は王子の隣に立ついつもと変わらないものだった。
「ディランさん、」
「あぁ、さっき聞いたよ。セスにしては珍しいミスだね」
怒られると覚悟していたのに、向けられたのは意外なほど優しい声だった。
タレめがちな綺麗な瞳が気遣うように僕を見る。
いっそ厳しく叱ってくれた方が良かったと思うと同時に目頭が熱くなる。
「ユキ様はお優しい方なので何も仰いませんが、普通なら担当を変えられたり解雇されてもおかしくないようなミスです」
「あぁ、そうだね」
頷いたディランさんに、やっぱりそれが普通であることを改めて実感する。となるとユキ様専属使用人から外されてしまうのだろうか。
ユキ様のお側にいることができないことを想像すると、胸が張り裂けるように痛む。
「だから次は気を付けるように」
少しだけ堅い声色に戻したディランさんはそれだけしか言わないから、また少し呆気にとられてしまう。
「それだけ、ですか?」
「誰よりもセス自身がセスを叱っているだろう?」
「そうですが……」
僕が僕を叱っているからといって、この失態がこんなにあっさりと許されてしまってもいいのだろうか。
まだ重い表情のままの僕に、ディランさんは仕方がなさそうに小さく溜め息を吐いた。
「皆には内緒だが、執事になった今でも私もミスをする」
「え……?ディランさんがですか?」
「あぁ。失敗をしない人間なんていない。だから必要以上に自分を責めなくていい。セスがいつも頑張っていることはユキ様も私も、皆が知っている」
堅かった声が柔らかくなり、励ますように向けられるとじわじわと視界が滲んでいく。
もうだめだと思ったところでいくつもの滴が頬を滑り落ちた。
「っ……ありがとう、ございます」
溢れてくる涙を止めることができないでみっともない姿を晒す僕の背に優しく手が添えられる。
その遠慮がちな、しかし安心させようと撫でる力にますます喉が熱くなった。
「料理長のところには?」
「いまから、です……」
「そうか。一緒に行くよ」
僕を落ち着かせようと何度も背中をさする手、優しい声に胸が一杯になり言葉に詰まる。
ディランさんに情けないところを見られたくないとも思うけど、忙しいだろうにそんな素振りは見せずにいつまでも隣に居てくれることがどうしようもなく嬉しかった。
今までも使用人として未熟な部分はあったが、初めて大きなミスをしてしまった。事前に知らされていたはずのユキ様の苦手な食材を今朝の朝食に使用してしまったのだ。
料理長への伝え漏れのせいで、自分だけの責任ではなく料理人全体への迷惑になってしまった。
なによりユキ様からの信頼に応えることができなかったことが申し訳ない。
ユキ様はこの城の料理人が調理したものは美味しいから問題なく食べられたと言ってくださったが、きっと僕のことを気遣ってのことだろう。
ユキ様は何も言わずに召し上がったから、オーウェン王子が苦手ではなかったかと仰らなければ気づくことさえできなかった。
後でもう一度ユキ様に謝罪して、ディランさんにも報告して料理人の皆さんにも謝ろう。
重い足を引きずるような気分で歩いていると、まさに思い浮かべていた人の声に呼び止められた。
「セス」
「……はい」
振り返ればディランさんが僕の方に静かに近づいてくる。
見つめる顔の表情は王子の隣に立ついつもと変わらないものだった。
「ディランさん、」
「あぁ、さっき聞いたよ。セスにしては珍しいミスだね」
怒られると覚悟していたのに、向けられたのは意外なほど優しい声だった。
タレめがちな綺麗な瞳が気遣うように僕を見る。
いっそ厳しく叱ってくれた方が良かったと思うと同時に目頭が熱くなる。
「ユキ様はお優しい方なので何も仰いませんが、普通なら担当を変えられたり解雇されてもおかしくないようなミスです」
「あぁ、そうだね」
頷いたディランさんに、やっぱりそれが普通であることを改めて実感する。となるとユキ様専属使用人から外されてしまうのだろうか。
ユキ様のお側にいることができないことを想像すると、胸が張り裂けるように痛む。
「だから次は気を付けるように」
少しだけ堅い声色に戻したディランさんはそれだけしか言わないから、また少し呆気にとられてしまう。
「それだけ、ですか?」
「誰よりもセス自身がセスを叱っているだろう?」
「そうですが……」
僕が僕を叱っているからといって、この失態がこんなにあっさりと許されてしまってもいいのだろうか。
まだ重い表情のままの僕に、ディランさんは仕方がなさそうに小さく溜め息を吐いた。
「皆には内緒だが、執事になった今でも私もミスをする」
「え……?ディランさんがですか?」
「あぁ。失敗をしない人間なんていない。だから必要以上に自分を責めなくていい。セスがいつも頑張っていることはユキ様も私も、皆が知っている」
堅かった声が柔らかくなり、励ますように向けられるとじわじわと視界が滲んでいく。
もうだめだと思ったところでいくつもの滴が頬を滑り落ちた。
「っ……ありがとう、ございます」
溢れてくる涙を止めることができないでみっともない姿を晒す僕の背に優しく手が添えられる。
その遠慮がちな、しかし安心させようと撫でる力にますます喉が熱くなった。
「料理長のところには?」
「いまから、です……」
「そうか。一緒に行くよ」
僕を落ち着かせようと何度も背中をさする手、優しい声に胸が一杯になり言葉に詰まる。
ディランさんに情けないところを見られたくないとも思うけど、忙しいだろうにそんな素振りは見せずにいつまでも隣に居てくれることがどうしようもなく嬉しかった。
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