76 / 177
第七十六話 死の気配
しおりを挟む課外授業三日目。
前日の軽い洞窟探検に続いて今日は本格的に洞窟を下っていく。
サラウさんやイザベラさんの懸念していた虫系統の魔物に対する嫌悪感は、意外なことにセロ以外はあらわにすることはなかった。
マルヴィラとエクレアは不快どころかなんとも思っていないようで、暗闇から突然現れる姿には多少驚くものの戦闘には支障はない。
寧ろサラウさんの方が俺たちより後方にいるはずなのに、軽く悲鳴をあげていた。
洞窟内はひんやりと冷気が漂い、ところどころ広い空間が広がっている。
住み着いている魔物たちを倒しつつ先に進むと地底湖らしきものを発見した。
暗闇の中での戦闘訓練と探索の注意点を学び、この日の探索は終わりを告げる。
虫系統の魔物だけでも多種多様な魔物がいることを実感させられた一日だった。
課外授業四日目。
課外授業の一週間の期間も半分を過ぎ、見知らぬ土地での生活にもかなり慣れてきていた。
エクレアを含め俺以外の三人は初めのうちは苦戦していた魔物や動物の解体も手際よく処理できるようになっており、ララットさん直伝の野草の見分け方も大分わかってきたのか森の探索も余裕をもって行えるようになってきた。
マルヴィラはサラウさん、セロはイザベラさんを中心に、それぞれが得難い経験をもち丁寧に指導してくれる相手から様々なことを吸収している。
この日はレリウス先生の待つ拠点を離れ、夜間の森での野営を行う。
夜行性の魔物も存在するため見張りは欠かせない。
焚き火を絶やさないようにしつつ、夜通し交代で魔物の警戒をしながら夜が明けるのを待つ。
課外授業五日目。
昨日の夜間は特にトラブルもなく過ごすことができた。
夜の森は暗く静かでよく音が響く。
どこからともなく魔物の叫び声が聞こえることもあったがテントを襲撃されることはなかった。
イザベラさんから聞かされた今日の予定は、迷わずの森深くまで自分たちだけで探索することだった。
すでに四人での連携も確立しつつある俺たちは、〈赤の燕〉の皆さんに教わったことを実践しながら魔物を倒し森を進む。
そうして迷わずの森の奥深く、魔力の薄い土地では珍しい、ポーションの原料ともなる薬草の生える群生地にたどり着く、その予定だった。
その悲鳴を聞くまでは……。
「キャアアアア!!」
「っ、なに!? 女の子の悲鳴みたいのが聞こえたよ」
一瞬の内に俺たちの間に緊張が走った。
(切羽詰まった悲鳴にも聞こえた。予期せぬトラブルでもあったのか?)
「ど、どうしよう、助けに行った方がいいよね」
突然の事態にいまだ動揺した様子のセロが提案してくる。
この場には俺たち四人しかいない。
判断は自分たちで下すしかない。
全員の意思を確認し、悲鳴の聞こえた方向に進もうとしたとき、それは現れた。
迷わずの森でも何度か遭遇し倒した相手。
半開きの口からはよだれを滴らせ、こちらを標的に見定めたのか低音で唸り威嚇してくる。
灰色の毛並みに包まれた一匹の狼。
「グルルル」
「なんだアレ、グレイウルフの……瘴気獣?」
身体には灰色の瘴気を纏っている。
紛れもなく瘴気獣だった。
(瘴気獣!? 課外授業の、しかも私たちしかいないこのタイミングで現れるのか!?)
「しょ、瘴気獣!? どうしよう、せ、先生に早く報告しないと!?」
「……落ち着いて」
慌てるマルヴィラをエクレアが落ち着くように諭す。
マルヴィラに声をかけつつもその両手にはすでに双剣の天成器が握られている。
「グアァッ!」
「うわあっ!?」
「……【ブルームアロー】」
グレイウルフが最も近くにいたセロに襲いかかってくる。
それをエクレアの放った魔法が横から迎撃した。
「キャンッ!?」
「こうなったら戦うしかない! セロは俺と一緒に盾でグレイウルフの攻撃を防いでくれ! マルヴィラとエクレアは遠距離から魔法で攻撃を頼む!」
エクレアの魔法の直撃を受けてもグレイウルフは多少の傷しか負っていない。
これまで戦ったグレイウルフなら横腹に魔法を受けたなら、もっと深手を負っているはずだ。
……やはり瘴気獣だから通常の魔物より強いのか?
「たああ!」
「【ヒートバレット3】!」
「【ブルームカッター・スピン2】」
セロの斬撃、マルヴィラの熱魔法、エクレアの魔法因子を加えた花片魔法、さらにはオレの射った錬成矢でグレイウルフの瘴気獣は徐々に傷ついていく。
「グルルッ! グガアァッ!!」
それでも闘志はなくならない。
目に入ったもの、触れるものはすべて傷つけようとするかの如くひたすらに攻撃だけをしてくる。
その狂乱とした様子からは防御というものを一切考えていないような印象を受ける。
戦闘はしばらく続き、全身の傷から灰色の瘴気を溢れさせ、もう少しでグレイウルフを倒せるところまできた。
しかし、迷わずの森に新たな轟音が響き渡る。
「ガアアアアアア!!」
「オオオォォォ!!」
「な、なに? 今度は何なの!?」
「…………嘘だ」
セロの思わず漏れてしまった言葉が耳に残っている。
新たに現れたのは赤黒い肌の筋骨隆々な鬼オーガの瘴気獣と厚い脂肪に包まれた巨体トロールの瘴気獣。
どちらもこの森にはいないはずの魔物の瘴気獣だった。
「……複数の瘴気獣なんて……そんなの聞いたことないよ」
「クライ、マズいぞ。こっちに向かってくる生命反応がいきなり増えだした!」
ミストレアの焦燥の籠もった警告を聞き、この場に留まるのはかなり危険だと咄嗟に思った。
エクレアを見る。
彼女も無表情ながら困惑と焦りを感じている。
この場から一刻も早く立ち去るべきだ。
「セロ、マルヴィラ! ここから離脱しよう!」
「で、でもさっきの悲鳴の女の子が……」
そうだ。
あれはもしかしたら同じクラスの生徒の一人かもしれない。
俺たちが瘴気獣に襲われているように彼女も襲われたのなら?
ここで俺たちが逃げたら……。
マルヴィラの言葉に躊躇が生まれてしまった。
その瞬間を狙ったかのように瀕死だったグレイウルフが飛びかかってくる。
しまった。
「【ブルームニードル4】」
俺を庇うように正面にたったエクレアの魔法で、グレイウルフは瘴気となり消えていく。
「ごめん……油断した」
「……」
エクレアの瞳はこのあとどうするべきか問うていた。
「……レリウス先生のいる拠点まで戻ろう。このままここにいても危険は増すばかりだ」
「でも……」
「ミストレアの生命探知の反応が増えている以上、このままだと囲まれる危険もある。すぐにこの場を離れないと……。ごめん、マルヴィラ」
オーガとトロール。
どちらも討伐難度Cの魔物。
さらに、その魔物の瘴気獣なら強さは想像できない。
「……うん、私こそ……ごめん。わがまま言った。レリウス先生や〈赤の燕〉のみんなに早くこのことを伝えないといけないよね」
悲しそうに俯くマルヴィラにかける言葉が見つからない。
助けられるなら俺だって助けたい。
だけど、動揺し、微かに怯えさえ見せているマルヴィラとセロを守りながらあの悲鳴の女の子まで助けることができるのか?
自問自答の瞬間を遮るようにオーガとトロールが叫ぶ。
森中に響く轟音。
木々からは小鳥たちが飛び立ち、地面は微かに揺れる。
「ガアアアッ!!」
「オオオォォォッ!!」
「……互いに争っている?」
オーガがその筋肉に包まれた太い腕でトロールに殴りかかる。
また、トロールもその巨体を生かしてオーガ目掛けて体当たりする。
周りの木は戦闘の余波で倒れ折れる。
二体の瘴気獣が倒れ込み地面が大きくひび割れる。
お互いが隣にたつ瘴気獣を敵と認識している。
なぜなのかはわからない。
それでもこれは好機だ。
「……いまの内に逃げよう。なるべく気配を消して悟られないように離れるんだ」
俺たちはオーガとトロールの視界に入らないように気配を抑えつつ荒れ狂う二体の戦いから遠ざかろうとした。
だが、争いの規模は俺たちの予想を遥かに上回るものだった。
「ガアア!! フンッ!」
オーガが足元から人の身体ほどもある岩石を持ち上げ投げる。
それはトロール、そして、戦場を離れる俺たちにすら届くものだった。
まったくの偶然なのか、それとも狙って投げたものなのか?
俺たち四人を押し潰す勢いで巨岩が迫る。
(クライ! 私の変形で――――)
時間がゆっくりと流れる間隔がした。
セロは迫る巨岩に驚愕の表情を見せ、マルヴィラは咄嗟に魔法を放とうと両手を掲げる。
エクレアは双剣で斬りかかろうとぐっと身体を沈める。
俺は左手のミストレアを――――。
「【ダークシリンダー】!!!」
突如として現れた闇の円柱が空中の巨岩とぶつかり粉々に粉砕した。
「オーッホッホッホ! ワタクシが皆さんを助けに参りましたわ! どうぞご安心して下さいまし!!」
白銀に輝く半月の刃を携えたプリエルザがそこに立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる