孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第百四十二話 先鋒

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 静かで厳かな雰囲気のあった執務室から一転。
 俺たちはハルレシオさんに連れられて屋敷の中庭に移動していた。

 周囲は塀に囲まれた空間。
 外界からは視線の通らない隔絶された場所だが、平坦で整備された地面に一角には全体を見渡せる席まである。
 さながら小規模な闘技場を思わせる作り。

(デカい屋敷に加えてこんなだだっ広い訓練場まであるとはな。母上の屋敷より整備されてるんじゃないか?)

「模擬戦!? はぁ!? いまからかよ!」

 唐突に聞かされたことに隣で目を丸くして驚くニール。

「そうだね。君たちの力を見せて欲しい。ルールはどちらかが戦闘不能になるか『まいった』と降参の文言を口にするまで。使う武器は天成器、闘気も魔法も使用可能とする。ただ相手に致命傷、または回復のポーションでも癒せない負傷を負わせた場合は反則負けだ。そして当然故意に死に至らしめる攻撃は禁止とする」

 俺とイクスムさんの戦った決闘では天成器を手元から放した場合も負けとする特別ルールだった。
 しかし、今回はどちらかの負傷は免れない戦い。
 流血を必然とする戦い。

「それと、先に言っておく。この模擬戦に勝敗は然程関係ない。君たちの力の程を見たいだけだからね。――――ただ本気で戦って欲しい」

「おいおい、見縊らないで欲しいもんだな。互いの力量を測るだけっていったって故意に手を抜くような奴はオレたちの中にはいないぜ」

「ニールさんの仰る通り! ワタクシたちがこの程度の脅し文句で怯むと思わないで欲しいですわ!」

 ニールとプリエルザの答えにフッと笑いかけるハルレシオさん。
 どうやら満足する答えだったようだ。
 しかしその和らいだ表情もニールの次に発した問いで強張る。

「それで? こっちからも質問していいか? ……エリクシルはどうなる。当然だが危険はあるとはいえ模擬戦程度じゃ渡しちゃくれねぇだろ?」

「ああ、すまないがこの模擬戦にたとえ君たちがすべて勝利したとしてもエリクシルを譲ることはできない。……ただこの戦いの結果次第、君たちの力量がそれに相応しいものなら私の方でもエリクシル譲渡に向けて協力すると約束しよう」

「協力、ね」

「……」

「まあ、いまはいいぜ。気にしないでおく。どの道オレたちの実力を見せた方がいいのは変わらない。エリクシルの代価として戦闘力が求められるならそちらさんとしても知っておきたいだろうからな」

 模擬戦を通じて実力を知ってもらうのがエリクシル譲渡への近道とニールは確信しているようだ。
 そして、それに無言で頷くハルレシオさん。

「では改めてもう一度聞こう。模擬戦といっても極めて決闘に近い天成器も魔法も使った戦いだ。命の危険も少なからずある。……それでもやるかい?」

 力を見せるためとはいえ突然の提案。

 ニールとプリエルザはすでに乗り気だった。
 しかし、まだ納得しきっていない人物がここにいる。

「お待ち下さい。天成器を使用した模擬戦は危険過ぎます。クライ様の身に何かあれば御当主様に申し開きができません。再考をお願いします」

「イクスムさん……」

 いままで事態の推移を見守ってくれていたイクスムさんもこれには看過できないといった様子だった。
 返事をする寸前に割り込むように発言する。
 
「話を聞く限りクライ様含む御三方の力量を測るための戦い。……戦いが始まってしまったら私は貴方をお守りできません。クライ様の安全を御当主様から頼まれている以上は――――」

「なら君が模擬戦の審判をしたらどうかな? 王都でも珍しいエルフの従者であり、ペンテシア伯爵家の現当主が大切な一人娘の護衛役として認めるほどの実力者。君なら審判役としての力量は十分に足りている」

「私のことをご存知でしたか……」

「勿論だよ。一人娘、いや、いまは何処からかもう一人兄が増えたようだが……」

 からかうような流し目を送ってくるハルレシオさん。

「『外交の切り札』と称される王国の重要人物が、最も大切にしていると公言していたエクレア・ペンテシアの安全を一手に担う従者。そもそも生死を問わない決闘にて仕える主に絡んできた相手を再起不能になるまで叩きのめしたのはあまりに有名な話だ」

 ん?
 生死を……問わない?

「あれはエクレアお嬢様に対して失礼な態度を取った相手が悪いのです。……一応手加減はしました」

「うわー、決闘なんて滅多に行われないくせに大抵どっちかの命を賭けた戦いだぞ。模擬戦より遥かに危険極まりない。実力主義の帝国でもないのによくやるぜ」

 イクスムさんがあまりに普通に戦いを挑んできたから気づかなかったけど……え? 決闘って命を賭けるのが前提なのか?
 もしかして一歩間違えれば……。

 な、なんて提案を初対面からしてきたんだイクスムさんはっ!?

「だが、君もクライ君の実力を信用していない訳ではないのだろう?」

 俺の動揺をよそに二人は話を続ける。
 あの、話を進めるのをちょっと待ってもらってもいいですか?

「ええ、クライ様の実力は私もある程度把握しています。そちらの全身鎧の女性はともかく……余程の実力者でなければ大抵の相手には負けないでしょう」

「回復のポーション以外にも万が一の時のために回復役は用意してある。公爵家に仕えてくれている上級回復魔法を使える者だ。重大な怪我の場合も対処可能と考えている。それでも難しいかい?」

「……わかりました」

 イクスムさんはハルレシオさんとの会話を終え、こちらに向き直る。
 その、まだ立ち直れてないんですけど……。

「くれぐれも命を投げ出すような無茶な戦いはしないで下さい。迷わずの森での出来事といい、貴方は時々とんでもなく無謀なことを仕出かしますからね。この場にいないからといって無駄な怪我をしてエクレアお嬢様の心労を増やさないことです。エクレアお嬢様は貴方を失うことを恐れている。…………私だって。と、とにかく危険な場合はすぐに止めますからね! わかりましたか!」

「……はい」

 妙に迫力のあるイクスムさんに圧倒されつつ、両陣営の合意はなった。
 ハルレシオさんに認めてもらうための模擬戦が始まる。





「クライ様っ! ぜひともワタクシのご活躍をご覧下さいまし! 先鋒プリエルザ・ヴィンヤードの華麗なる戦いを見せて差し上げますわ!!」

「……フン」

 ハルレシオさんに『どうせならよく見える位置に移動しようか』と誘われ、訓練場全体を見渡せる席に座っていた。
 眼下にはこちらを向いて精一杯手を振るプリエルザとそんな彼女を一瞥して呆れたような様子を見せるチェルシーさん。

「チェルシーは代々公爵家に仕えてくれている家系で私の警護を長年務めてくれているんだ。そして、私の自慢の護衛役でもある。プリエルザ君も二属性の魔法を操る実力者なのは知っているが……彼女には敵わないだろう」

(どうやらあの鎧女護衛の実力を相当信頼しているようだな。プリエルザの魔法も強力だったが、果たしてどうなるやら)

「では、両者とも前へ」

 イクスムさんの合図で両者とも訓練場の中心へと近づく。

「エイブラム」

 チェルシーさんの手元に顕現したのは白銀の無骨な塊。
 
「何だありゃ、棍棒? また大雑把な武器だな」

 精緻な装飾を施された全身鎧に身を包むチェルシーさんには不釣り合いにも感じる無骨で外観をまったく気にしない巨大な棍棒。
 両手で握る持ち手も合わせると全体で三mほどの長さに、持ち手の何倍もの太さのある打撃部分。

 さらには全体に走るブラウンのライン。
 あれは第四階梯の証。
 ……隙のない立ち振舞いからも多少推察できたけど、どうやらハルレシオさんが自慢するように相当な実力者のようだ。

「チェルシーの天成器エイブラムは巨大な棍棒の姿を持つ。細見のチェルシーには似合わないようにも見えるが、彼女はあの巨大さを物ともしない」

 両手でぐるりと大棍棒を振り回したあと、片手で確かめるように素振りするチェルシーさん。
 風を切る轟音が響くが、彼女の身体は巨大な棍棒を自在に振るう割には一切バランスを崩さない。

「ディアーナ。出番ですわ」

 対するプリエルザの手元に現れるは両手で支える半月刃。

 弧を描く斧の刃部分にも似たそれは半月の形に中央の取手をもつ斬撃武器。

 次に行われるのは審理の神ジュディカへの宣誓。
 勝敗によって賭けるものこそないものの、互いに合意したルールの元、この極めて決闘に近い模擬戦が行われることを宣言する。

「では、用意はよろしいですね。――――始めっ!」

 イクスムさんの合図に先手を打ったのはプリエルザ。
 いや、先手をチェルシーさんが譲ったとみていいかもしれない。
 それほど泰然として余裕のあるチェルシーさんにプリエルザの魔法が炸裂する。

「先手はワタクシがいただきますわ! 【ダークシリンダー・ダイブ 】!!」

(はじめから闇魔法の中級魔法か! 気前がいいな!)

 空中高く撃ちだされた闇の円柱が魔法因子によって角度を変え降り注ぐ。

 だが、チェルシーさんに動揺はない。

 迫る闇の円柱に自らの天成器を胸の前に構えるとその無骨な先端部分に手を這わせる。

「【バーニングエンチャント】」

 白銀の大棍棒に纏う灼熱の火炎。
 
「だあっ!!」

 一撃。

 着弾と同時に内包した闇が炸裂するはずの中級形成魔法を上方に振り抜いた一撃で粉砕する。

 力強く、それでいて灼熱の火炎渦巻く豪快な打撃。

「さあ、掛かって来なさい。我が主様の前でその尽くを砕いて差し上げましょう」

 数多の脅威から主を守る紅蓮の騎士がその場に立っていた。
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