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12話 帰宅してからのこと
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フラフラと家に帰ってきて、とりあえずシャワーを浴びた。
暑いお湯を浴びて、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いに自分が戻ったことに少し安心する。
気怠い。
セックスの後はいつも疲れるけど、それとは違う気持ちが落ちている時の重さだった。
ドライヤーで髪を乾かそうとして、面倒になってヘアオイルだけをつけてやめた。ゆるくパーマをかけたばっかりだし、このまま自然乾燥でいいかと思って手櫛でなんとなく髪を揃えた。
疲れているはずなのに眠る気にも慣れない。
立て付けの悪いガラス戸を開けて、久しぶりにベランダに出てみた。
滅多に使わないベランダは、四隅に落ち葉が溜まっていて汚れている。古いアパートの2階からの景色はあまり良いものでは無いが、遠くに見えるコンビニの灯りが不思議と寂しさを紛らわせてくれるから好きだった。
砂埃を軽く払って、手すりに肘をついてぼんやり外を眺める。
ふと煙草の匂いに気がついて、身を乗り出して隣を覗き込んだ。
「………なんで起きてんの」
「そっちこそ」
寝癖のついたひかるが、最近始めたばかりだと言う電子タバコを握って、俺と同じようにぼんやり外を眺めていた。
ブルーベリーを焦がしたような、ひかるが吸う電子タバコ独特の匂い。俺はタバコは吸わないけど、時々ひかるがこの匂いをさせるようになってから銘柄を覚えてしまった。
ひかるがタバコを吸い始めたのはつい最近だった。ゼミの課題が終わらず徹夜が続いていた時期に、他の同期と付き合いで喫煙所に行ってそれで始めたらしい。
意外と繊細なところがあるひかるは、大体ストレスが溜まった時に1人でタバコを吸うようになっていた。
今日もなんかあったんだろうかと、ふわふわ漂う煙たい匂いにそんなことを思った。
「…今日、どうだったの」
安っぽい仕切り越しに、ひかるがそう聞いてきた。
「どうだったって、なにが」
あんまりに抽象的だったから、意地悪をするようにそっくりそのまま質問を返す。
「……なにがって、女の子と会ったんじゃないの」
「そうだけど」
「この前の合コンの時の子?ショートの」
「…や、ちがう。連絡先結局聞いてないし、なんもないその子とは」
「そうなの?……じゃあ何、今日誰と会ったの」
「アプリの子。……ちょっと合わなそうだったから、もう終わりかなって感じ」
「ふうん。珍しいね、茉理がそういうことするの」
「……なにそれ、別にいいだろ」
薄い仕切り一枚挟んで、顔も見ないでぽつぽつ会話する。
こんな風にひかるが細かく、女の子との話を聞いてくることはあんまり無かった。
なんで今日に限ってと思いながら、馬鹿正直に全部話すのは嫌で、適当に誤魔化しながら返す。早く話を終わりにしたくて、ついぶっきらぼうに言葉を切ってしまう。
いつのまにかタバコの匂いも薄くなっていた。
隣からガラス戸を開ける音が聞こえて、吸い終わったひかるが部屋に入るのかな、と思った。
それで自分の手先がすっかり冷えていたことに気がついて、部屋に戻ろうと外履きを脱いで扉を開ける。
その瞬間、ガシャン、と大きな音がした。
驚いて振り返ると、ひかるがベランダの柵の外側を渡って俺の部屋のスペースまで来ていた。
「……はぁ?!バカお前なにやってんの!?!」
「…流石にちょっと怖い」
「当たり前だろ一応ここ2階だかんな!?」
慌ててひかるの服を引っ掴んで、ベランダの中に引っ張り込む。
心臓がバクバク痛いくらい脈を打っていた。なんてことするんだこいつ。
「こっわ……お前一回中入ってインターホン押せばいいだろ、普通に玄関から来いって」
「まあ…確かにそうだけど」
「なんだそれ…本当なんでこんなことしたんだよ」
まだ、両手でひかるの腕を強く握ったままだった。薄いトレーナー越しに筋肉と骨の硬い感触がする。
筋肉がつきにくい体質の俺とは違って、ひかるは骨ばった体型をしていた。同じ部活で同じメニューをしていたはずなのに、こうやって触るとどこもひかるはゴツゴツしていて硬い。
これも性差が関係しているのかなと思った時に、突っ込まれた指も節が立って硬かったことを思い出してしまった。
「…すぐ顔が見たかった」
「………え?」
「なんか、変だなと思って。らしくない事して、何聞いても空返事って感じで気になって」
「……そんな理由で、あんな事したの?」
「うん」
「へえ、……ロマンチックー」
いくら付き合いが長いからって、幼馴染だからって、たかが友人1人にする事じゃない。
そんなのは、ドラマかなんかの恋人同士がする事じゃん、と思ってしまったら急に顔が熱くなったのが分かった。
本当に変だ。おかしい。
赤くなってるところは見られたくなくて、さっさと背を向けて部屋に戻る。ひかるがついてくる足音が後ろから聞こえた。
なにかインスタントのスープでも作ろうかと考えた矢先、ひかるが口を開く。
「茉理、……僕のせい?」
ひかるは、何とは言わずにただそう聞いた。
言われなくても、ひかるが何を言いたいのかは分かった。
カチ、とケトルのスイッチを入れる音が、部屋に間抜けに響いた。
暑いお湯を浴びて、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いに自分が戻ったことに少し安心する。
気怠い。
セックスの後はいつも疲れるけど、それとは違う気持ちが落ちている時の重さだった。
ドライヤーで髪を乾かそうとして、面倒になってヘアオイルだけをつけてやめた。ゆるくパーマをかけたばっかりだし、このまま自然乾燥でいいかと思って手櫛でなんとなく髪を揃えた。
疲れているはずなのに眠る気にも慣れない。
立て付けの悪いガラス戸を開けて、久しぶりにベランダに出てみた。
滅多に使わないベランダは、四隅に落ち葉が溜まっていて汚れている。古いアパートの2階からの景色はあまり良いものでは無いが、遠くに見えるコンビニの灯りが不思議と寂しさを紛らわせてくれるから好きだった。
砂埃を軽く払って、手すりに肘をついてぼんやり外を眺める。
ふと煙草の匂いに気がついて、身を乗り出して隣を覗き込んだ。
「………なんで起きてんの」
「そっちこそ」
寝癖のついたひかるが、最近始めたばかりだと言う電子タバコを握って、俺と同じようにぼんやり外を眺めていた。
ブルーベリーを焦がしたような、ひかるが吸う電子タバコ独特の匂い。俺はタバコは吸わないけど、時々ひかるがこの匂いをさせるようになってから銘柄を覚えてしまった。
ひかるがタバコを吸い始めたのはつい最近だった。ゼミの課題が終わらず徹夜が続いていた時期に、他の同期と付き合いで喫煙所に行ってそれで始めたらしい。
意外と繊細なところがあるひかるは、大体ストレスが溜まった時に1人でタバコを吸うようになっていた。
今日もなんかあったんだろうかと、ふわふわ漂う煙たい匂いにそんなことを思った。
「…今日、どうだったの」
安っぽい仕切り越しに、ひかるがそう聞いてきた。
「どうだったって、なにが」
あんまりに抽象的だったから、意地悪をするようにそっくりそのまま質問を返す。
「……なにがって、女の子と会ったんじゃないの」
「そうだけど」
「この前の合コンの時の子?ショートの」
「…や、ちがう。連絡先結局聞いてないし、なんもないその子とは」
「そうなの?……じゃあ何、今日誰と会ったの」
「アプリの子。……ちょっと合わなそうだったから、もう終わりかなって感じ」
「ふうん。珍しいね、茉理がそういうことするの」
「……なにそれ、別にいいだろ」
薄い仕切り一枚挟んで、顔も見ないでぽつぽつ会話する。
こんな風にひかるが細かく、女の子との話を聞いてくることはあんまり無かった。
なんで今日に限ってと思いながら、馬鹿正直に全部話すのは嫌で、適当に誤魔化しながら返す。早く話を終わりにしたくて、ついぶっきらぼうに言葉を切ってしまう。
いつのまにかタバコの匂いも薄くなっていた。
隣からガラス戸を開ける音が聞こえて、吸い終わったひかるが部屋に入るのかな、と思った。
それで自分の手先がすっかり冷えていたことに気がついて、部屋に戻ろうと外履きを脱いで扉を開ける。
その瞬間、ガシャン、と大きな音がした。
驚いて振り返ると、ひかるがベランダの柵の外側を渡って俺の部屋のスペースまで来ていた。
「……はぁ?!バカお前なにやってんの!?!」
「…流石にちょっと怖い」
「当たり前だろ一応ここ2階だかんな!?」
慌ててひかるの服を引っ掴んで、ベランダの中に引っ張り込む。
心臓がバクバク痛いくらい脈を打っていた。なんてことするんだこいつ。
「こっわ……お前一回中入ってインターホン押せばいいだろ、普通に玄関から来いって」
「まあ…確かにそうだけど」
「なんだそれ…本当なんでこんなことしたんだよ」
まだ、両手でひかるの腕を強く握ったままだった。薄いトレーナー越しに筋肉と骨の硬い感触がする。
筋肉がつきにくい体質の俺とは違って、ひかるは骨ばった体型をしていた。同じ部活で同じメニューをしていたはずなのに、こうやって触るとどこもひかるはゴツゴツしていて硬い。
これも性差が関係しているのかなと思った時に、突っ込まれた指も節が立って硬かったことを思い出してしまった。
「…すぐ顔が見たかった」
「………え?」
「なんか、変だなと思って。らしくない事して、何聞いても空返事って感じで気になって」
「……そんな理由で、あんな事したの?」
「うん」
「へえ、……ロマンチックー」
いくら付き合いが長いからって、幼馴染だからって、たかが友人1人にする事じゃない。
そんなのは、ドラマかなんかの恋人同士がする事じゃん、と思ってしまったら急に顔が熱くなったのが分かった。
本当に変だ。おかしい。
赤くなってるところは見られたくなくて、さっさと背を向けて部屋に戻る。ひかるがついてくる足音が後ろから聞こえた。
なにかインスタントのスープでも作ろうかと考えた矢先、ひかるが口を開く。
「茉理、……僕のせい?」
ひかるは、何とは言わずにただそう聞いた。
言われなくても、ひかるが何を言いたいのかは分かった。
カチ、とケトルのスイッチを入れる音が、部屋に間抜けに響いた。
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