【完結】まつりくんはオメガの自覚が無い

りちょ

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23話 僕と茉理

茉理は昔から、考えが読めないところがあった。

いつもへらへら笑っているから、何を考えているのか読みにくい。意識してるのか無意識でやっているのかまでは分からないが、本音を悟られないよう躱すのが上手かった。
呑気な性格でいつものんびりしてて、表情自体は豊かで喜怒哀楽はよく見えるから余計に厄介だ。うまく隠している時もあればシンプルで素直な部分もあってわかりにくい。いつも本心が見えにくい。
それが僕の茉理に対して、1番持っている印象だった。

僕はただただ不器用で表情が出にくいから分かりにくいと言われることが多いが、実際はそうでもない。
表情が乏しいだけで態度や仕草、目線にすぐに出る分隠し事ができないタイプだ。それとは茉理は真逆だった。




ついうっかり………うっかりで済む事でもないが、むしゃくしゃして茉理を襲って勢いで告白して突き放したのが先日。
想定よりずっと茉理が乱れていたから、そのままふわふわしている間に流されてくれないかなと攻めた。僕にしては踏み込んだ方だったけど、結局有耶無耶にされてしまった。

それから何となく、茉理が何かを切り出すんじゃないかと思うと怖くてほんの少し距離を置くようになってしまった。
今まで通り、なにも変わらず接してくるから余計に茉理がどうするのか読めなかった。そのままやっぱりひかるは友達だからと去っていってしまったらと考えると、正直すごく怖かった。

僕たちは昔からずっと一緒にいた。打ち合わせ無しに何をやっても隣には茉理がいて、それが当たり前だった。
慎重な性格でそこそこネガティブな僕とは違って、よく言えば楽観的で自信家、悪く言えば呑気で考えなしの茉理だから、上手いこと噛み合っていた。
外交的で隣に座っただけのクラスメイトともすぐに打ち解ける茉理とは違って、僕は友達が少ない。親友と呼べるのは、茉理しかいなかった。




珍しくバイトが入っていない平日の夜。
渡された合鍵を使って僕は、茉理の部屋に1人で入っていた。

仮の恋人関係になってからはお互いの部屋を行き来しすぎていて、お互いの私物がとっ散らかってしまっていた。特に物への執着がない茉理はひどくて、しょっちゅう勝手に僕の部屋に入ってきては、やれ服がない下着がない資料がないペンケースがないだの大騒ぎして部屋を荒らしていた。
思い出して呆れつつ、茉理の部屋に置きっぱなしだった服や小物を探して回収する。
茉理がヒートになる1週間と少しの間、友達の家に泊まるか実家に帰るかして距離を置くことに決めた。そのために今は荷物を整理している最中だった。

高校2年の夏頃くらいからだった。時々、茉理の匂いが変わることに気がつき始めた。
普段は何も気にならないのだが、時々なんだか甘ったるい匂いをさせている事があった。帰り道一緒に歩いている時や茉理が近くで着替えている時に鼻について、柔軟剤を変えたのかな、彼女の香水が移ったのかな、とぼんやり考えていたくらいで、それがオメガ特有のフェロモンだなんて夢にも思わなかった。

僕にアルファ性の診断が下ったのは、そこそこ遅い14の時だった。小学生の頃に全員が受ける検査では、僕はベータ性と診断されている。精密検査の数値はどっちつかずのグレーゾーンな上、アルファにある身体的特徴も薄いため一度ベータと診断されたものの、中学1年の冬から急激な成長の追い上げがあり再検査でアルファ性と診断され、一応一通りの講習を受けた。
だから僕はアルファとは言っても、結構グレーなところにいることになる。他人のフェロモンに反応したことも無いどころか、気がついたことも無かった。人によっては性器にコブが付いているらしいがそんなもんも無い。まあ勃起すれば人よりデカい自信はあるしそこそこ射精コントロールもできるけど、それくらいだった。
そのせいで、若干コンプレックスもある。
初めて観たAVでアルファ男性の通常時の性器をみたときに、自分のと違いすぎて僕は軽く落ち込んだ。
勃起さえすれば自信はあるとは言ったものの、デカくて痛いと言われて振られたこともあるから一概に良いこととも言い切れない。

そんな事もあって、自分の事は、ちんこがちょっと強いだけのベータ性だと思って生活していた。
フェロモンに当てられておかしくなるとか、たった1人の相手に本能で執着するとか、そんなのは無縁だと思っていた。
アルファ由来の加害性も、自分が持ち合わせているなんて微塵も思っていなかった。




部屋の扉を開けてすぐに茉理の匂いがした。いつのまにか分かるようになった匂い。ヒートの時のものとは違う、落ち着く匂いだった。

さっさと部屋に上がってクローゼットを開けて、自分の部屋着も下着も詰めていく。ついでに貸してた漫画も本も回収して回った。数年前に貸したはずのドラゴンボールも見つけたが、もう茉理の部屋に馴染んでいたからそれはそのままにしておいてあげた。

なんとなく、部屋を見渡す。
茉理の部屋は、相変わらずごちゃごちゃしていた。

シェルフにはクジなんかで当たったフィギュアや、バンドのCDが乱雑に飾られている。
一見小学生の秘密基地みたいな部屋なのに、どこで買ったのかオシャレなキャンドルなんかも置いてあって、チグハグだった。
ベッドのすぐ脇のサイドボードにも、日用品に混ざって漫画と携帯ゲーム機が置いてある。よく寝転んでだらだらゲームをやっている姿を見ていたから、ちょっとだけ笑ってしまう。とにかく気に入っているものを詰め込むところが子供っぽくて、素直で、純粋にかわいいなと思った。


今日が、仮の恋人期間の最後の日だった。

友達として過ごしてきた時の思い出も、それ以上の距離で過ごした思い出も全部ここにはあって、嫌でも感傷的な気持ちになる。

本当は今日くらいもう一度ちゃんと話がしたかった。うまく切り出せる自信も無いし、茉理の答えにも自信なんか無いけど、こんな適当な終わり方はしたくなかった。
今日飲み会誘われたから帰らない、と言われた時は正直イラっとした。断れよ、と言いかけて、こいつにとってはそれくらいのことだったんだとネガティブな自分が頭の中でつぶやいて、怖くて何も言えなくなった。そう、と一言そっけなく呟いて話を終わらせてしまった。

いつの間にこんなに好きになっていたんだろう。こんなに茉理に執着して性欲も全部ぶつけてきたくせに、こんな肝心な時には強い自分が鳴りを潜めてしまう。また少し、自分が嫌いになった。



「…………あれ」



サイドボードの引き出しがほんの少し開いていた。

勝手に見ちゃいけない場所だとは分かっていたけど、見知ったボトルが目に入ってしまって、つい開けてしまった。

中はシンプルだった。
男ならまあ持ってて仕方ないものが詰まってるであろうボックス。その隣に僕の香水が入っていた。
さっき目についたのは間違い無く、僕が一度茉理の部屋に持ち込んで、それ以来置きっぱなしにしてしまっていた、無くしていたと思っていたお気に入りの香水だった。

茉理と遊ぶ時も、それ以外で普段大学に行く時も僕はその香水をよく付けていた。柑橘系の香りで、甘すぎない軽い香りが好きだった。
確か最後に茉理の家で使ったときは、確か茉理が持っている香水やらワックスやらが入っているラックに一緒に入れたはず。僕はこんな所に自分の私物を置いたりしない。

隣のボックスの中身までわざわざ見るような野暮な事はしないけど、何が入ってるのかは大体見当つく。
そこに一緒に置いてたって事は、多分じゃあ、そういう時に使ってたってことだ。


「……………………………」


手に香水を持ったまま、立ちすくんでしまった。

 


茉理と関係を持った日は、とにかく何かがおかしかった。朝から頭がぼーっとしていた。大学に行ってからは、重くて甘ったるい匂いがずっと鼻について落ち着かなかった。時間が経つにつれて酷くなっていって、どんどん頭が重くなって感覚が鈍くなっていった。合コンだってそれどころじゃなくて、気がついたら心配した茉理が隣にいて、僕を抱えてトイレに連れていってくれていた。2人っきりになって茉理が近づいた瞬間、咽せ返るくらいの甘ったるい匂いが、身体の中に流れ込んできたのだった。

そこからは、何を考えていたのかあんまり覚えてない。
直感で、全部茉理が原因だって理解した。たまらなくなってキスをした時、茉理の目にもほんの少し期待の色が滲んだのが分かって、それで夢中で求めて抱き潰した。
全部終わってから後悔した。縁を切られても仕方がない事をしている自覚はあったから、たった1人の親友相手に不誠実なことをした事実に死にたくなった。
茉理は笑っていた。仕方ないとでも言うような顔で、へらへら笑って水に流した。

その日からどうもおかしくなってしまって、恋人に向けるような執着心を茉理に抱くようになった。親友でも恋人でも関係性はなんでも良いから茉理を独占したくて、仮だと言い張って恋人同士の関係を結んだ。

自分でも執着心の正体が分からないままだったから、その時は恋人になろうとは言わなかった。茉理が自分以外の誰かと親密になるのが突然耐えられなくなってしまって、そんな提案をしたのだった。だから別に、恋人らしく過ごしたいとかは、あんまり僕は思っていなかった。

茉理は初め、恋人なんて肩書きに戸惑うようにぎこちなかった。どうして良いのか分からないって顔をよくしていた。だから僕はギリギリ友達の範囲に収まるくらいのスキンシップを取った。
そんなに線引きしようとしないでいいよというつもりだったんだけど、そのせいなのかいつのまにか茉理は僕に心も体も全部預けてしまうくらいべったりになってしまったのだった。隙があれば膝を枕に寝転んでくるし、眠るときはやたらくっついてくる。
末っ子で甘やかされていた茉理は、とにかく引っ付くことに迷いがなかった。

寝ぼけている茉理の歯を磨いたことだってあった。
何を言っても生返事で返してくるくらい眠たそうにしていたから、仕方なく顎を掴んで歯ブラシを突っ込んで子供にするようにしゃこしゃこ綺麗に磨いてやったのだ。
綺麗に並んだ歯に守れた、弾力のある舌とその奥の柔らかい喉。そこを僕がブラシで一突きすれば、お前なんか血を吹いて簡単に死んでしまうのに。目を閉じたまま口を開ける茉理に、そんなことを考える自分がいた。

喰いつくしたいと思ってしまうくらいの、激しい情がちらつき出したのはこの辺だった。自分には無縁だと思っていた、アルファ由来とも言えるような獣じみた加虐性を、自分も所有していたことが少しショックだった。

寝ている茉理に、手を出しかけた事もあった。
夜中に目が覚めてベッドから降りようとした時に、腰に茉理が抱きついてきた時のことだ。襟の伸びたスウェットから、鎖骨も胸ものぞいていた。月明かりの下だと肌が生っ白く見えてしまって、つい出来心で服の下に手を入れた。すべすべの肌を指でなぞると、小さく茉理が喘いだ。低くて掠れた声だった。めちゃくちゃに欲情した。

それでもどうにか抑えられたのは、僕が茉理のことを好きだったからだ。友愛も恋慕もごちゃ混ぜになってしまったけれど、僕は茉理の事が大好きで、大切だった。

だからヒート中は、間違いが無いよう離れることにしたのだ。
あの時流されずに、茉理は最後まで僕を好きだとは言わなかった。普段何も考えてないくせに、こういう時だけちゃんと1人で考えて、折り合いをつけたがるのが茉理だって分かっていたから、もう粘るようなことはしなかった。



それなのに、香水に少し揺らいでしまう。どう考えってこんなの、好きなんじゃないの?僕のこと。
もう少し勇気があれば、今すぐ電話でもかけてそう言えたのかもしれない。


元通り香水もしまって引き出しも綺麗に閉じる。本当はお気に入りだから香水も持ち帰りたかったけど、茉理にあげたことにした。本当にそういう風に使っているなら、嬉しいし。用事も終わったし、さっさと帰ろう。

最後にもう一度部屋を見渡してからリビングのドアを開ける。暗い廊下の電気をつけると、人影が浮かんだ。


「………………うわッッッ!?!?」


情けない悲鳴が出た。
今日は飲みに行くから帰らないと言っていたはずの茉理が、ちょうど帰ってきたからだった。
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