【完結】まつりくんはオメガの自覚が無い

りちょ

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31話 大切な話

「あれ、速水くん今日早いね」

「俺明日用事あるんで。あんまりクマとか作りたくないんで帰りたいんすよ」

「へ~珍しい、デート?」

「はい」

「お~、馬鹿正直に答えるんだなそこは」


最後に念のためメールを確認しながら先輩と話す。去年の後期くらいから同じプロジェクトになった先輩だった。気さくでよく飯にも連れて行ってくれる、優しくて頼りになる人だ。


「山本さんまだ残るんですか」

「ちょっとねー…まだ帰れなくてねー」

「恋人さんかわいそ、たまにはちゃんと早く帰ってあげてくださいね」

「最近別れたっつったじゃん…時々ほんと可愛くないお前」

「えへ、コーヒー差し入れです、山本さん好きなメーカーのやつ」

「……好感度調整?」

「うん」

「やっぱなんかムカつくお前。さっさと帰れ!」

「俺は山本さん好きですけどね、先失礼しま~す」


仕事はできるけど、飲みに連れてってもらうたびに聞かされる私生活の話とか恋人との話なんかはなんだかちょっと残念なものが多く、隙があるのがこの先輩だった。
そういうところも含めて話しやすいし頼りやすい。人には恵まれたなあと思う。


久しぶりにほぼ定時で上がった。
まだ日が落ちていないのも、学生が電車にちらほら見えるのも久しぶりに見た気がする。
最寄り駅でコンビニで新発売のスイーツを2人分買ってから横断信号が変わるのを待っていると、後ろから肩を叩かれた。
ひかるが立っている。朝よりも崩れて落ちて来ていた前髪のせいで、なんだか幼く見えるのが俺は好きだった。


「おー…おつかれ」

「今日早いね。…おつかれ」


なんとなく帰るタイミングは2人とも同じになりやすく、待ち合わせなくても大体ここの横断歩道か、スーパーを過ぎた曲がり角で会って2人で帰ることが多かった。
他愛もない話をしながら見慣れたアパートに帰る。鍵を開けたひかるに続いて部屋に入ろうとすると、ひかるが振り返って止まった。


「明日さ、レストラン夜に予約してて」

「…………おう」

「…うまくサプライズで連れて行けないかなって日中の予定立てようとしたんだけど、多分うまくいかないなって思って」

「………………うん」

「だからとりあえず明日12時に駅集合で、どこ行くかはお前が考えてよ。レストランの場所送るから、いい感じに回れる予定考えて」

「俺が?」

「うん。お前得意だし好きじゃん、そういうのとか、あとサプライズも。僕がやったって失敗するし」

「まあ好きだけど………えっそんな投げ方ある?」

「レストランは調べた。予約した。そこ取るの大変だったんだからいいだろ」

「えー……………いや良いけど………レストランどのへん?」

「今送ったとこ、恵比寿。……だからまあ、今日は解散」

「全然良いんだけどもうちょい早く言えって…あっ待ってシュークリーム買って来たから渡す、はい」

「ありがと。……一応考えたんだよこっちも。でもまあ本当、向かないから。サプライズとか」


眉間に皺を寄せてつま先を見たまま、ひかるはそう言った。急に重い宿題も課されてしまったので大人しく自分の家に帰る。
スマホを開いて送られて来たURLを踏んだ。駅から少し離れた綺麗なとこだった。2人ではこんな店行ったことないし、学生の頃付き合ってた子とも流石に無かったなあと適当にマップや画像をスワイプして考える。
俺に内緒で色々考えてるみたいだったからひかるに任せっきりにしていたけど、結局ギリギリに俺に丸投げして来たのがひかるらしい。
確かにスケジュール組んだりサプライズ計画したり、そう言うのをそつ無くこなせるのは俺の方だし好きだし全然良いんだけど。

予約時間から逆算して周辺の情報を探す。12時集合ならまあそこそこ時間はある。ただメインは夜だろうし、のんびり回る方がいいだろな。

マップアプリをきゅっと縮小させて、文字情報のみになった東京全体を見渡した。こうやって見るとひかると行った場所がたくさん散っているのがわかる。ここは何をしに行ったところで、こっちは確かパフェを食べに行って、その後に映画を見た。意外と細かく覚えているもんだ。

せっかくなら、思い出がある場所を巡ろうかなと思った。
シャワーを浴びる準備もしつつ、のんびり明日のことについて考えた。



----------


結局、行き場所は2人で何度か行った大きな博物館にした。最初は幼稚園の遠足で行って、次に家族ぐるみのお出かけで行って、たしか最後に高校生の頃、初めて彼女ができたひかるの初デートで、緊張するからと何故か俺も呼ばれて3人で行った時だ。
女の子相手にガチガチに緊張しているひかるを見るのはおかしくって、俺にとっては楽しかった思い出の一つだからあんまり気にしなかったんだけど、駅を降りたあたりからひかるはちょっと微妙な顔をしていた。券売機でチケットを買っている時が一番眉間に皺がよっていて、2枚分のチケットが発券されたころに決心したような顔に変わって、黙って俺の手を取って歩き始めた。


「何考えてんのそんな顔して」

「え…?いやだって、思い出を塗り替えてやる!みたいなチョイスかなと思って………」

「ダブルデートの?なんで?あれはあれで楽しかったじゃん」


俺がヘラヘラ笑ってそういうと、いつものようにひかるは呆れた顔をした。


「そうだね、そういうタイプだね茉理は………緊張して損した、恨みがあってここ選んだんだと思った」

「わざわざ楽しい日にそんなことしないよ。それにあの時だって、俺たちだけで盛り上がったからひかるすぐ飽きられて終わったじゃん」

「………うん、まあ、そうなんだけど」

「あの時から楽しかったんでしょ、俺といる方が」

「………そうかな、うーん…そうだね」


一日、たっぷり時間を使ってやっと回りきれるくらい大きな博物館だった。俺たちは昔と同じように、小難しい機械の歴史や科学のブースは飛ばし飛ばし見て、でっかい化石や剥製なんかをのんびり見て回る。大きな怪物が苦手なひかるは、昔ここが怖くて入れなくて泣きべそをかいていた。
今はそんなことはしないけど、こちらに向かって大きく口を開けた化石の前を通る時だけ、ぎゅっとひかるは俺の手を握り直した。
かわいいと思った。安心させるようにゆっくり握り返す。横顔はいつも通り涼しい顔をしていたけど、しばらくひかるは俺の手を強く握っていた。



「これ、こんな体勢だったっけ?なんかもっとこう、強そうだった気がするけど」

「確かにでっかいニワトリみたいだね。……あー、変わったんじゃん研究進んで。へえ、ティラノサウルスって一回こんな鳥みたいな復元図になってんだ」

「えーなにこれ、え?こんな…マジででっかいニワトリじゃん」

「あはは、でも鳥も骨にしたらこんな感じか」

「夢無くなるわ、ジュラシックパークとか僕好きだったのに」


数年ぶりに訪れた博物館は、俺たちが子供の時に見た時よりなんだがぐっと現実味が増していた。
空想の余地が無くなった低い体勢のティラノサウルスを見て、思わず苦く笑った。


博物館を出たら近くの公園を少し散歩した。駅までまっすぐ歩くところを、少しだけ遠回りして知らない道を進んでみる。
ひかるが一言珍しい、と言った。いつも寄り道しようと誘うのはひかるで、なんで?別に良いよと同じ道を行くのが俺だった。
今日くらいは良いかなと回り道をした。こういうのは慣れてる分ひかるは上手くて、いつのまにか俺をリードして進んでいる。


「こういうとこ曲がると、意外とカフェとかあったりする」


そう言ってひかるが見つけたのは、時計店をリフォームして作られたセンスのいい喫茶店だった。鮮やかな有田焼のマグカップとソーサーも今時珍しい。コーヒーもチョコレートもおいしかった。元々祖父がやっていた眼鏡と時計の店を改造したんです、と若いマスターが教えてくれた。


「茉理と恋人になってから、コーヒーブラックで飲めるようになった」

「えー、それまで飲めなかったんだ」

「うん。あんまり美味いの飲んでなかったからかも。なんとなくさ、酸味とかもわかるようになってきたし」

「俺より懲り出すよなひかるって……何個か他にもこんなのなかった?」

「あはは、スト2とかそうじゃない、今もう茉理じゃ僕に勝てないでしょ」


少し離しているうちにゆっくり日が傾いてそれが橙色に染まっていた。西日の暖色の光は好きだった。ちょうどひかるの髪が光に透けていて、栗色に見える。似合うなあと思っていた。やっぱり俺は、ひかるの茶髪が好きだったのかもしれない。

また寄り道しつつゆっくり駅まで歩いた。途中ガチャガチャがいくつか置いてある古いゲームセンターを見つけた。ちょうどさっき話していたゲームのガチャガチャがあったから、ひかるがスト2を引いて、俺がMOTHERのフィギュアを引いた。最後に食事に行くのもあっていつもよりお互い小綺麗な格好をしていたから、近くを通った子供が訝しげな顔をして通り過ぎていったのが見えて、慌ててその場を離れて駅まで向かう。


「ちょうど良い時間じゃない?」

「うん。流石」

「でしょ、じゃあ後は任せるからよろしく」


ほんの少し、ひかるが背筋を正したのが分かった。片手で鞄を肩に掛け直して、それから俺の手を取って歩き出す。 途端に頼りあるかっこいい人に見えるんだから不思議だ。浮ついた気持ちのまま、ひかるに手を引かれるまま電車に乗った。


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ひかるに連れて来られたのは半個室のレストランで、おしゃれな雰囲気はあっても画像で見たより居心地が良かった。
結婚式で出てくるようなメニューが来たらどうしよう、あれ綺麗に食えないんだよなと少し身構えてしまったけど、案外気取らない料理が出てきてすこしほっとした。こんな店よく知ってたねと聞くと、上司に教えてもらったと言っていた。


一通り食事を終えて、最後に出てきたジェラートが3分の2くらい減ってきたあたりから、一気にひかるの挙動がおかしくなった。なんだかもうずっと目が合わないし、会話をしていても上の空だった。
いつもだったら笑ったり茶化したりできるんだけど、場所が違うからか、それとも特別なめ日だって分かっているからなのか、俺にまで緊張が伝染した。

食事を終えて、他愛無い話も尽きて無言になると、空気が硬くなる。少しこそばゆいような、嫌じゃない緊張感。
何か喋って間を持たせようかと考えたけど、少し言葉を探してからやめた。ひかるから誘ってくれたんだから、ちゃんとひかるを待とうと思った。

ようやく目が合う。
逸らさずに見つめていると、一瞬ひかるがぎゅっと瞬きをして、それから真剣な顔になった。





プロポーズの言葉は不器用で真っ直ぐで、カッコつかないものだった。最後なんか俺のこと睨みつけるように見つめていたけど、ひかるが目を離さないで言ってくれたのが嬉しかった。


「……ダイヤも指輪も、違うかなと思って。同じくらいの重さのものってなんだろうって、考えて」


そう言って最後にひかるが渡してきたのは時計だった。なかなか良いやつだ。ダイヤは給料何ヶ月分、だなんて昔聞いた言葉が脳裏を過ぎる。


「時計なら、ずっと着けててもらえるかなって」


ひかるがそう言って俺に時計をはめる。いつも着けてる腕時計とは重みが違った。心地よい重量は、そのまま想いの強さとも結びつくようでくすぐったい気持ちになる。

ひかるの言葉に続けるように、今度は俺が口を開いた。



「……同じ時間を過ごそうって意味もあるし、良いやつは壊れないしね」



腕を軽く回すと、文字盤をくるりと囲むシルバーの枠がつやつやと輝く。だけど全体はセミマットで統一されていて、肌馴染みも良くて上品なデザイン。

隅から隅まで、俺が好みそうなデザインだ。
多分俺と同じ観点で選んでる。こういう渋くて上品なのを、俺もひかるに着けて欲しいなと思ったからわかる。



「………そう、なんだけど。なに、詳しいね」


「俺もおんなじの買ってプロポーズしようとしてたし」


「………は?」


「やっぱ俺たちだね、メーカーもデザインも同じだし。あはは、混ざっちゃうね」


「………………待ってなに、え?」


「いや、夢じゃんこういうの。俺もやりたかったから」



そう言ってカバンに入っていた箱を取り出して、ひかるの目の前で開ける。所謂箱パカだ。

目を丸くしているひかるに、用意していた言葉を贈った。






おしまい
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