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第一章 命ある概念達
第2話 決闘《ゲーム》
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一体何が始まるのか。2人の間にはピリピリとした緊張感というか、もはや殺気にも近い空気が広がっていた。
彼女が――ユスティが『マロム』とか言っていた気がするが、そいつの雰囲気がさっきよりも“鋭く”、そして“荒く“なった。
ユスティもそうだ。あいつが現れてからまるで“親の仇”にでも会ったみたいにみたいに豹変した、さっきとは別人みたいだ。
ただ・・・・・・これだけは、確実にわかる。
2人とも、“本気”だ!
「我、『正義』を与えられしモノ。今ここに、自らの“一つ”を捧げ。己が“対”に、挑まん!」
「我、『悪』を与えられしモノ。今ここに、自らの“一つ”を捧げ。己が“対”に、挑まん!」
そして、2人は自分の胸、正確にはみぞおち辺りに、心臓があるはずの所に手を添えて、そう言った。
まるで“何かを誓う”ように。
誰かに向かって言うわけでもなく、お互いに向かって言うわけでもなく、ただ“宣言した”。
その直後、2人の添えた手の辺りから“光る球体”が出てきた。そして、2人は腕を振り上げて、それを天にかかげた。
すると、2つの光がまるで打ち上げ花火みたいに上に上がった。
かと思ったら、今度はスニーカーの靴紐の蝶結びみたいに複雑に絡み合った後、ぶつかってドーム状に広がって周りを飲み込んでいった。
「な、なんだよ? これ?」
みるみるそれが広がっていく、少し怖くなった。
「大丈夫です、害はありません。これは私達の問題。これは無関係な人間達を巻き込まない為の、いわば『闘技場』」
彼女がそう答えた。『闘技場』? それってつまり、“戦う”のか? ゲームってそういうことなのか?
「と言っても、『約束者《プロミスト》』であるお前は関係者扱いだがな」
マロムが僕に向かって言ってきた。
「説明すんのも面倒だが、一応言ってやる。要は、“ここ”にいる間“あっち”にはなんら影響のない都合の良い空間ってとこだ。どんな原理かはパッとしないがな」
と、言われても・・・・・・イマイチよくわからない。
それに、自分でも何なのかわからないものを使って大丈夫なのか。
そして、2人はまた見合った。さっきからずっとそうだ、お互いをじっと見つめ合って視線をそらさない。
まるで『絶対に逃がさない、見逃さない』と言っているようだった。
風が一吹き、ビュウっと吹いた。
そして、それにさらわれた木の葉が、ヒラリヒラリと舞いながら地面に落ちた。
刹那。
2人は地面を蹴って、一気に距離を縮めた。
そして、全身の力を一点に集中させるがごとくの拳を叩き込んだ。
お互いの拳をぶつけ合い、ドゴ! というような打撃音が辺りに響いた。
その後、2人は大きくのけぞり吹っ飛ばされるが、すぐに体制をなおし。
彼女は手刀を大きく振るって、マロムは手にした剣を振り下ろし、“斬撃”のようなものを、彼女は手刀を振って、“オーラ”の様なものを飛ばした。
そして、その2つがぶつかるとどちらも跡形もなく消えしまった。
「チッ! 今のは喰らえよ!」
「そっちこそ!」
そう言い合った後、2人は再び距離を詰め、今度は空中での格闘戦に移った。
どちらも譲らず、一進一退の攻防が繰り広げられている。
ユスティは、オーラの纏った手刀や拳で確実に防御したり、サッと回避したりして、相手の隙を見つけたらそこをつき攻撃を繰り出す堅実で隙のない戦い方。
対して、マロムは手にした剣や蹴りの脚を思い切り振るって攻撃したり、体勢を崩しにかかったりと、相手に攻撃の隙を与えない荒々しい戦い方をしていた。
「くっ! 当たらないわ、防がれるわラチが開かない! なら、これはどうだ!」
マロムが大きく距離を取ったと思ったら、今度は打って変わって、遠距離から斬撃やオーラを連射してきた。
流石にこれは喰らったらマズイ!
そう思ったのか、ユスティも戦い方を変え、回避に徹し始めた。攻撃を避けた後ろのアスファルトやコンクリートが粉々に砕け散っている。
マロムがジワリジワリと詰め寄ってくる。
ユスティはたまらずその場から離れ、マロムはそれを追った。
◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆
「ハァ、ハァ・・・・・・いけない! どこかに誘い込まれてる!」
攻撃を回避しながら、ユスティは気がついた。
そう、マロムの攻撃に“攻撃する”という“殺気”こそあるものの、“殺意”が、“攻撃を当てる”という気配が少ないのだ。
立ち止まろうにも、後ろからはマロムの猛攻が。方向を変えようにも、既に住宅街に追い詰められてしまっている。
道のわかりやすいこの場所で、あいつがそんなことを許すやつでは無いことは“対”である自分が一番理解しているつもりだ。
自分達ホムンクルスにはそれぞれ一部の『例外』を除き、全てに一体づつ“対”となる概念を持つホムンクルスがいる。
“対“どうしでの戦いでは、互いに概念に干渉し合って『能力』を打ち消し合える。
だから固有の『能力』はほとんど意味をなさない、かといって直接攻撃だけで勝てるほど甘くは無い。
勝敗をわける要因は大きく四つ。
一つは、自分のいる現在の“地形”。
一つは、自分の持てる限りの“知恵”。
一つは、咄嗟の出来事を乗り越える為の“発想力”。
最後は、そられら全てを生かしきるか、もしくは跳ね除けられるだけの“概念的な実力”。
私は今、自分の置かれている状況をもう一度、冷静に判断し整理してみた。
まずは“地形”。
これはやや不利だが、それは相手も同じはず、狭い所に誘い込めば攻撃のチャンスが増える可能性もあるが、逆に思い切り動くことができなくなるので。上手くやれば切り抜けられるのかもしれない。
その次に“知恵”。
自分は博識な方ではないがそれなりにはあるつもりだ。
マロムはおそらく住宅街のどこか屋内または閉所に誘い込み、一気に決着をつけるつもりだろう。
当然、狭い場所だと回避も攻撃も難しい。多分、一撃でケリをつける気だ。そうと分かれば。
次に“発想力”。
正直いってこれは、その時にならないとよくわからないが、これを生かすためには、冷静さと素早い判断が不可欠だ。それに、マロムのことだ一応、用心しておこう。
最後に“概念的な実力”。
これはそのまま、『気合』や『根性』、『意地』や『凄み』なので、いざという時のみ役立つ。
「いつまで逃げるつもりだ? そんなんじゃ勝てないぞ?」
「言われなくても知ってるのよ!」
牽制程度に反撃。あっさり避けられてしまったが問題はない。
避けた隙に、近くの工場のような建物に滑り込んだ。
そっちがその気なら、受けて立とうじゃない!
建物の中は狭かった。自分の素早さをフルに生かせる地形ではないが、これでほぼ互角の条件。息を潜めてやつが来るのを待つ。
要は『待ち伏せ』だ。
「チッ! 逃げの次は『待ち伏せ《アンブッシュ》』ときたか! 一応言ってやるが、どこに隠れてる!」
来た。勝負は一瞬、外しも躊躇も許されない。
足音がしないあたり、浮遊して接近しているのだろう。だが、素早さならこちらが上だ。
カンッ!
空き缶が弾かれたような高い音が、通路の真ん中から響いた、チャンスだ。
「そこォッ!!」
すかさず攻撃にかかった、手応えを確かに感じることができた。渾身の一撃は確実に決まった!
だが、すぐにその手応えが“違和感”に変わった。
「ん!? これは・・・・・・?」
そこにはマロムの姿は無く、攻撃の手応えは通路の棚に積まれた空き缶のものだったのだ。
棚が倒れ、甲高い音が辺りに響いた。
しまった、はめられた。
「俺が、直接いくと思ったか? 残念だったな、本命はこっちだ!」
天井に空いたわずかな隙間から、マロムの姿が見えた。
「一応言ってやる・・・・・・粉々になれッ! ユースティティア!!」
そして、その隙を逃さんとばかりに“上”から無数の斬撃が降り注ぐ。
油断した、マロムの狙いは最初から自分の攻撃の見えない位置に追い込み、逃げ場なくし、反撃を封じた上で、自分だけが攻撃出来る状況を作ることだったのだ。
自分は俊敏さ素早さはやつより上だが、単純な“力”では圧倒的に不利だ。
やつのパワーなら建物ごと攻撃できるだろうし、なおかつ、今自分は逃げ場がほとんど無い狭い場所にいてしまっている。
「ぐうぅ・・・・・・! うわああああああああ!?」
数秒後、あたりは静寂に包まれた。
「俺の勝ちだ! 『正義《ユースティティア》』!」
余波で、建物が限界を迎え倒れていく。
「惜しかったよ、いや・・・・・・そうでも無いか。これだけ『約束者《プロミスト》』と離れさせれば、供給されるエネルギーも半減する。それに何より、お前には今“『約束者《プロミスト》』といるから自分はお前より強い“とか思ってなかったか?」
粉々に砕け、無惨に散乱したガレキの山に向かってマロムが言う。
「そういう“慢心”が命取りだ。だがまぁ、よく粘った方だよ、嫌になるくらい」
◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
2人からだいぶ離れてしまってからどれだけ経っただろうか。
突如、謎の爆音がどこかから響いたので、流石に気になって音の方角を探りながら来てしまった。
途中逃げようかと思ったけど、なぜかこのドームから外に出られない。無理に出ようとすると、おもいっきり弾かれるし。
警察か誰かに助けを求めようとも思ったけど、こんな空間じゃ繋がるか分かんないし。
何より、説明したとしても、誰も信じてくれないだろうからやめた。
「ハァ、ハァ。はっ!?」
そこには、これまた信じられない光景が広がっていた。
まるで映画のアクションシーンで破壊されたみたいに、みるも無惨に崩れている建物、その上空に背を向けているマロム。
さっきから、やけに強く光ったと思ったら点滅しだしたりするこの『小指に繋がれた光の糸』をたどってここまで来たけど・・・・・・糸はあの崩れた建物に続いているようだ。
「まさか!?」
あいつにやられてしまったのか? ここからではわからないが、2人の戦いに巻き込まれたらひとたまりもないことは目に見えているので、これ以上近づくのは危険すぎる。
いくら、元の世界に影響が無いからってやりすぎだろ。
本当にユスティはやられてしまったのだろうか? はたまた、どこかにじっと身を潜めているのだろうか? 今の僕には知る術がないのでわからない。
「『正義《ユースティティア》』、“俺にあってお前に無いもの”をこの際一つだけ教えてやる」
マロムが何やら語り始めた。
「お前はどこの誰とも知らない、ついさっきまで名前も知らないやつと、かなり安い約束を結んだな? 確かにそりゃ緊急事態だ、仕方ないさ。俺も同じ状況だったそうしてたかもな」
すると、今度は急に建物の方へ振り返って叫んだ。
「だが、“そこ”だ! お前はいつもそうだ! 周りのやつらを手あたり次第、「助けなきゃ』『ほっとけない』『可哀想』適当な言い訳を口にして、だれかれ構わず助けてた・・・・・・それが『正義』だってな!」
刀の先をガレキの山に向け、マロムは叫び続ける。
「意味がわかんないよ!? なぜ名前も知らない、どうゆうやつかもわからない、そんなやつを平然と助けられるんだ? もしかしたら、お前が助けたソイツは、とんでもないロクでなしかもしれないんだぞ!? そもそも、お前の『守りたいもの』『助けたいもの』ってなんだ? 目に付くやつを後先考えず助けることが『正義』か? 違うね! 『正義』とはいわば、“自分自身の正しいと思う事”だ! “意味は必ずしも一つだけじゃない”! 俺はそれを“あの人”から学んだ!」
ひとしきり叫んだ後、少し呼吸を置いてから再び喋り始めた。
「どうせ聞こえてないんだろうが、一応言っといてやるよ。いい加減認めたらどうだ? 結局お前のやってる事はな――まだ偽善なんだよ。“まだ”な」
マロムは長々とまるで説教のように語った。
離れていたので一部聞き逃してしまったが、かなり勝手なことを言っている風に聞こえた。
少し嫌気というか、怒りが湧いたが次の瞬間。突如として起こった変化に僕は釘付けにされた。
「ん? ヤアァッ!! ん? なんだ、これ? “空き缶”?」
マロムに向かって“投げられた”のは、工場で使う塗料などを入れる為の容器の空き缶だった。
そして、それをマロムが斬り捨てた瞬間。
「うっさいッ! わからずや!」
「ぐふォォ!?」
ガレキが動いたと思ったら、その下からユスティが大砲で打ち出されたみたいに飛び出し。
マロムに蹴りの一撃を喰らわせた。
渾身の蹴りを胴体に喰らったマロムは、更に上空に吹っ飛ばされた。
同時に、持っていた剣が弾き飛ばされ、地面に落ちると“ペン”に変わってしまった。
「ゴホッ! ゲホッ!? な、なぜだ!? 確実に仕留めたはず!? 手応えはあった!」
「空き缶の棚よ!」
動揺するマロムに、彼女は声高らかに答えた。
「あの時私は、攻撃で倒れた棚の内側、つまり、棚に覆われる形になったーーホムンクルスの概念の能力は“対の概念”で打ち消せるーーだから私は、倒れてきた棚に自分の概念を被せて、貴方の攻撃を打ち消したの」
「・・・・・・ッ! だが、それだけの事で無事で済む訳がない! 建物ごと切り刻んだんだぞ!?」
体勢を立て直したマロムが、少しよろけながら叫ぶ。
「たとえ直撃は防げても、どの道ガレキに押し潰されるハズーー」
「ガレキ程度で、私を簡単に倒せると思ってたなんて、心外ですよ!」
マロムがそう喋りきるよりも前に、彼女が言った。
「・・・・・・まぁ、正直に言うと、運良くガレキに潰されない隙間に入れたからですけどね」
「んな!? そ、そんなミラクルあってたまるかァ!!」
「“運も実力のうち”です! そして、あなたの性格上、攻撃の後は必ずスキが出来る! あとは待つだけだった、あなたが勝利を確信して油断するところを!」
「くっ! 味なことをした上で癪にさわることを!!」
「『正義』は必ず勝つッ!」
「何やってでも勝つから『正義』なんだろうが! この野郎ッ!!」
2人はそのまま空中でもつれあい、激しい格闘戦を繰り広げた。
最初こそマロムが優先だったが、次第にユスティが押してきた。
「ぐぅ、さっきのでだいぶダメージの蓄積が・・・・・・!」
「そこ! とりゃあッ!!」
ここぞとばかりにユスティの渾身の踵落とし。
「何!?」
(しまった! 今の蓄積じゃ防御はできないし、回避も間に合わねぇ・・・・・・! クソォォ、こんな奴にッ!)
そしてそのまま、体制の崩れたマロムにユスティが渾身の一撃を叩き込む。
「さっきのォォォ、お返しだァァァァ!!!」
「グゥ!? ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
全力を込めた一撃はマロムの胴体に決まった。
そして、2人の落下と同時に、辺りの景色が元に戻っていく。
「ぐっ! うぅ、俺が負けた? バカなッ!?」
上空から2つの光る球体がユスティに吸い寄せらるようにに寄ってきて、そのまま“取り込まれた”。
「ハァ、ハァ・・・・・・勝った? 勝ったの? 私? い、イィヤッタァァァァァァァァァ!!」
彼女は飛び跳ねて喜んだ。
誰が見ても、嬉しそうだと言うぐらいはしゃいで喜んでいる、まるで子供みたいだ。
「どうですか『悪《マロム》』! 『悪』は負ける運命にあるときまってるんですよ!」
「クソッ! 勝ったからっていい気になるな! 次は、次はない! 一応言っといてやるが、覚えてろよ!!」
マロムはそう捨て台詞を言うと、ペンを回収してどこかに行ってしまった。
「流石私です! ピンチを逆手に取ってからの大逆転! これぞ『正義』です! あ、シムもありがとうです! おかげで勝てました!」
ユスティは、別の建物のかげから見ていた僕を見つけると、近づいてきてお礼を言ってきた。
「あ、ああ、こっちもありがとう。守ってくれて」
あんまり守ってもらった感じがしないけど、まぁいいか。
「という訳でシム、これからもよろ――」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼女が話してる途中だったけど、たまらず遮った。
「え? って、あの? 私まだ話してるんですけど?」
「ご、ごめん・・・・・・でも、とにかく説明、詳しい説明を頼む! 何がなんだかさっぱり分からないんだ」
正直、まだ思考が追い付いてこない。というか理解できない。
「わ、分かりました、落ち着いてください! ちゃんと説明しますから。でも、これだけは言わせてください」
「ん?」
「途中で眠ったりしたら、ビンタしますからね」
「・・・・・・え?」
そう言われた瞬間、僕は悟った。
もしかしてコレ、説明長くなるパターン?
彼女が――ユスティが『マロム』とか言っていた気がするが、そいつの雰囲気がさっきよりも“鋭く”、そして“荒く“なった。
ユスティもそうだ。あいつが現れてからまるで“親の仇”にでも会ったみたいにみたいに豹変した、さっきとは別人みたいだ。
ただ・・・・・・これだけは、確実にわかる。
2人とも、“本気”だ!
「我、『正義』を与えられしモノ。今ここに、自らの“一つ”を捧げ。己が“対”に、挑まん!」
「我、『悪』を与えられしモノ。今ここに、自らの“一つ”を捧げ。己が“対”に、挑まん!」
そして、2人は自分の胸、正確にはみぞおち辺りに、心臓があるはずの所に手を添えて、そう言った。
まるで“何かを誓う”ように。
誰かに向かって言うわけでもなく、お互いに向かって言うわけでもなく、ただ“宣言した”。
その直後、2人の添えた手の辺りから“光る球体”が出てきた。そして、2人は腕を振り上げて、それを天にかかげた。
すると、2つの光がまるで打ち上げ花火みたいに上に上がった。
かと思ったら、今度はスニーカーの靴紐の蝶結びみたいに複雑に絡み合った後、ぶつかってドーム状に広がって周りを飲み込んでいった。
「な、なんだよ? これ?」
みるみるそれが広がっていく、少し怖くなった。
「大丈夫です、害はありません。これは私達の問題。これは無関係な人間達を巻き込まない為の、いわば『闘技場』」
彼女がそう答えた。『闘技場』? それってつまり、“戦う”のか? ゲームってそういうことなのか?
「と言っても、『約束者《プロミスト》』であるお前は関係者扱いだがな」
マロムが僕に向かって言ってきた。
「説明すんのも面倒だが、一応言ってやる。要は、“ここ”にいる間“あっち”にはなんら影響のない都合の良い空間ってとこだ。どんな原理かはパッとしないがな」
と、言われても・・・・・・イマイチよくわからない。
それに、自分でも何なのかわからないものを使って大丈夫なのか。
そして、2人はまた見合った。さっきからずっとそうだ、お互いをじっと見つめ合って視線をそらさない。
まるで『絶対に逃がさない、見逃さない』と言っているようだった。
風が一吹き、ビュウっと吹いた。
そして、それにさらわれた木の葉が、ヒラリヒラリと舞いながら地面に落ちた。
刹那。
2人は地面を蹴って、一気に距離を縮めた。
そして、全身の力を一点に集中させるがごとくの拳を叩き込んだ。
お互いの拳をぶつけ合い、ドゴ! というような打撃音が辺りに響いた。
その後、2人は大きくのけぞり吹っ飛ばされるが、すぐに体制をなおし。
彼女は手刀を大きく振るって、マロムは手にした剣を振り下ろし、“斬撃”のようなものを、彼女は手刀を振って、“オーラ”の様なものを飛ばした。
そして、その2つがぶつかるとどちらも跡形もなく消えしまった。
「チッ! 今のは喰らえよ!」
「そっちこそ!」
そう言い合った後、2人は再び距離を詰め、今度は空中での格闘戦に移った。
どちらも譲らず、一進一退の攻防が繰り広げられている。
ユスティは、オーラの纏った手刀や拳で確実に防御したり、サッと回避したりして、相手の隙を見つけたらそこをつき攻撃を繰り出す堅実で隙のない戦い方。
対して、マロムは手にした剣や蹴りの脚を思い切り振るって攻撃したり、体勢を崩しにかかったりと、相手に攻撃の隙を与えない荒々しい戦い方をしていた。
「くっ! 当たらないわ、防がれるわラチが開かない! なら、これはどうだ!」
マロムが大きく距離を取ったと思ったら、今度は打って変わって、遠距離から斬撃やオーラを連射してきた。
流石にこれは喰らったらマズイ!
そう思ったのか、ユスティも戦い方を変え、回避に徹し始めた。攻撃を避けた後ろのアスファルトやコンクリートが粉々に砕け散っている。
マロムがジワリジワリと詰め寄ってくる。
ユスティはたまらずその場から離れ、マロムはそれを追った。
◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆
「ハァ、ハァ・・・・・・いけない! どこかに誘い込まれてる!」
攻撃を回避しながら、ユスティは気がついた。
そう、マロムの攻撃に“攻撃する”という“殺気”こそあるものの、“殺意”が、“攻撃を当てる”という気配が少ないのだ。
立ち止まろうにも、後ろからはマロムの猛攻が。方向を変えようにも、既に住宅街に追い詰められてしまっている。
道のわかりやすいこの場所で、あいつがそんなことを許すやつでは無いことは“対”である自分が一番理解しているつもりだ。
自分達ホムンクルスにはそれぞれ一部の『例外』を除き、全てに一体づつ“対”となる概念を持つホムンクルスがいる。
“対“どうしでの戦いでは、互いに概念に干渉し合って『能力』を打ち消し合える。
だから固有の『能力』はほとんど意味をなさない、かといって直接攻撃だけで勝てるほど甘くは無い。
勝敗をわける要因は大きく四つ。
一つは、自分のいる現在の“地形”。
一つは、自分の持てる限りの“知恵”。
一つは、咄嗟の出来事を乗り越える為の“発想力”。
最後は、そられら全てを生かしきるか、もしくは跳ね除けられるだけの“概念的な実力”。
私は今、自分の置かれている状況をもう一度、冷静に判断し整理してみた。
まずは“地形”。
これはやや不利だが、それは相手も同じはず、狭い所に誘い込めば攻撃のチャンスが増える可能性もあるが、逆に思い切り動くことができなくなるので。上手くやれば切り抜けられるのかもしれない。
その次に“知恵”。
自分は博識な方ではないがそれなりにはあるつもりだ。
マロムはおそらく住宅街のどこか屋内または閉所に誘い込み、一気に決着をつけるつもりだろう。
当然、狭い場所だと回避も攻撃も難しい。多分、一撃でケリをつける気だ。そうと分かれば。
次に“発想力”。
正直いってこれは、その時にならないとよくわからないが、これを生かすためには、冷静さと素早い判断が不可欠だ。それに、マロムのことだ一応、用心しておこう。
最後に“概念的な実力”。
これはそのまま、『気合』や『根性』、『意地』や『凄み』なので、いざという時のみ役立つ。
「いつまで逃げるつもりだ? そんなんじゃ勝てないぞ?」
「言われなくても知ってるのよ!」
牽制程度に反撃。あっさり避けられてしまったが問題はない。
避けた隙に、近くの工場のような建物に滑り込んだ。
そっちがその気なら、受けて立とうじゃない!
建物の中は狭かった。自分の素早さをフルに生かせる地形ではないが、これでほぼ互角の条件。息を潜めてやつが来るのを待つ。
要は『待ち伏せ』だ。
「チッ! 逃げの次は『待ち伏せ《アンブッシュ》』ときたか! 一応言ってやるが、どこに隠れてる!」
来た。勝負は一瞬、外しも躊躇も許されない。
足音がしないあたり、浮遊して接近しているのだろう。だが、素早さならこちらが上だ。
カンッ!
空き缶が弾かれたような高い音が、通路の真ん中から響いた、チャンスだ。
「そこォッ!!」
すかさず攻撃にかかった、手応えを確かに感じることができた。渾身の一撃は確実に決まった!
だが、すぐにその手応えが“違和感”に変わった。
「ん!? これは・・・・・・?」
そこにはマロムの姿は無く、攻撃の手応えは通路の棚に積まれた空き缶のものだったのだ。
棚が倒れ、甲高い音が辺りに響いた。
しまった、はめられた。
「俺が、直接いくと思ったか? 残念だったな、本命はこっちだ!」
天井に空いたわずかな隙間から、マロムの姿が見えた。
「一応言ってやる・・・・・・粉々になれッ! ユースティティア!!」
そして、その隙を逃さんとばかりに“上”から無数の斬撃が降り注ぐ。
油断した、マロムの狙いは最初から自分の攻撃の見えない位置に追い込み、逃げ場なくし、反撃を封じた上で、自分だけが攻撃出来る状況を作ることだったのだ。
自分は俊敏さ素早さはやつより上だが、単純な“力”では圧倒的に不利だ。
やつのパワーなら建物ごと攻撃できるだろうし、なおかつ、今自分は逃げ場がほとんど無い狭い場所にいてしまっている。
「ぐうぅ・・・・・・! うわああああああああ!?」
数秒後、あたりは静寂に包まれた。
「俺の勝ちだ! 『正義《ユースティティア》』!」
余波で、建物が限界を迎え倒れていく。
「惜しかったよ、いや・・・・・・そうでも無いか。これだけ『約束者《プロミスト》』と離れさせれば、供給されるエネルギーも半減する。それに何より、お前には今“『約束者《プロミスト》』といるから自分はお前より強い“とか思ってなかったか?」
粉々に砕け、無惨に散乱したガレキの山に向かってマロムが言う。
「そういう“慢心”が命取りだ。だがまぁ、よく粘った方だよ、嫌になるくらい」
◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
2人からだいぶ離れてしまってからどれだけ経っただろうか。
突如、謎の爆音がどこかから響いたので、流石に気になって音の方角を探りながら来てしまった。
途中逃げようかと思ったけど、なぜかこのドームから外に出られない。無理に出ようとすると、おもいっきり弾かれるし。
警察か誰かに助けを求めようとも思ったけど、こんな空間じゃ繋がるか分かんないし。
何より、説明したとしても、誰も信じてくれないだろうからやめた。
「ハァ、ハァ。はっ!?」
そこには、これまた信じられない光景が広がっていた。
まるで映画のアクションシーンで破壊されたみたいに、みるも無惨に崩れている建物、その上空に背を向けているマロム。
さっきから、やけに強く光ったと思ったら点滅しだしたりするこの『小指に繋がれた光の糸』をたどってここまで来たけど・・・・・・糸はあの崩れた建物に続いているようだ。
「まさか!?」
あいつにやられてしまったのか? ここからではわからないが、2人の戦いに巻き込まれたらひとたまりもないことは目に見えているので、これ以上近づくのは危険すぎる。
いくら、元の世界に影響が無いからってやりすぎだろ。
本当にユスティはやられてしまったのだろうか? はたまた、どこかにじっと身を潜めているのだろうか? 今の僕には知る術がないのでわからない。
「『正義《ユースティティア》』、“俺にあってお前に無いもの”をこの際一つだけ教えてやる」
マロムが何やら語り始めた。
「お前はどこの誰とも知らない、ついさっきまで名前も知らないやつと、かなり安い約束を結んだな? 確かにそりゃ緊急事態だ、仕方ないさ。俺も同じ状況だったそうしてたかもな」
すると、今度は急に建物の方へ振り返って叫んだ。
「だが、“そこ”だ! お前はいつもそうだ! 周りのやつらを手あたり次第、「助けなきゃ』『ほっとけない』『可哀想』適当な言い訳を口にして、だれかれ構わず助けてた・・・・・・それが『正義』だってな!」
刀の先をガレキの山に向け、マロムは叫び続ける。
「意味がわかんないよ!? なぜ名前も知らない、どうゆうやつかもわからない、そんなやつを平然と助けられるんだ? もしかしたら、お前が助けたソイツは、とんでもないロクでなしかもしれないんだぞ!? そもそも、お前の『守りたいもの』『助けたいもの』ってなんだ? 目に付くやつを後先考えず助けることが『正義』か? 違うね! 『正義』とはいわば、“自分自身の正しいと思う事”だ! “意味は必ずしも一つだけじゃない”! 俺はそれを“あの人”から学んだ!」
ひとしきり叫んだ後、少し呼吸を置いてから再び喋り始めた。
「どうせ聞こえてないんだろうが、一応言っといてやるよ。いい加減認めたらどうだ? 結局お前のやってる事はな――まだ偽善なんだよ。“まだ”な」
マロムは長々とまるで説教のように語った。
離れていたので一部聞き逃してしまったが、かなり勝手なことを言っている風に聞こえた。
少し嫌気というか、怒りが湧いたが次の瞬間。突如として起こった変化に僕は釘付けにされた。
「ん? ヤアァッ!! ん? なんだ、これ? “空き缶”?」
マロムに向かって“投げられた”のは、工場で使う塗料などを入れる為の容器の空き缶だった。
そして、それをマロムが斬り捨てた瞬間。
「うっさいッ! わからずや!」
「ぐふォォ!?」
ガレキが動いたと思ったら、その下からユスティが大砲で打ち出されたみたいに飛び出し。
マロムに蹴りの一撃を喰らわせた。
渾身の蹴りを胴体に喰らったマロムは、更に上空に吹っ飛ばされた。
同時に、持っていた剣が弾き飛ばされ、地面に落ちると“ペン”に変わってしまった。
「ゴホッ! ゲホッ!? な、なぜだ!? 確実に仕留めたはず!? 手応えはあった!」
「空き缶の棚よ!」
動揺するマロムに、彼女は声高らかに答えた。
「あの時私は、攻撃で倒れた棚の内側、つまり、棚に覆われる形になったーーホムンクルスの概念の能力は“対の概念”で打ち消せるーーだから私は、倒れてきた棚に自分の概念を被せて、貴方の攻撃を打ち消したの」
「・・・・・・ッ! だが、それだけの事で無事で済む訳がない! 建物ごと切り刻んだんだぞ!?」
体勢を立て直したマロムが、少しよろけながら叫ぶ。
「たとえ直撃は防げても、どの道ガレキに押し潰されるハズーー」
「ガレキ程度で、私を簡単に倒せると思ってたなんて、心外ですよ!」
マロムがそう喋りきるよりも前に、彼女が言った。
「・・・・・・まぁ、正直に言うと、運良くガレキに潰されない隙間に入れたからですけどね」
「んな!? そ、そんなミラクルあってたまるかァ!!」
「“運も実力のうち”です! そして、あなたの性格上、攻撃の後は必ずスキが出来る! あとは待つだけだった、あなたが勝利を確信して油断するところを!」
「くっ! 味なことをした上で癪にさわることを!!」
「『正義』は必ず勝つッ!」
「何やってでも勝つから『正義』なんだろうが! この野郎ッ!!」
2人はそのまま空中でもつれあい、激しい格闘戦を繰り広げた。
最初こそマロムが優先だったが、次第にユスティが押してきた。
「ぐぅ、さっきのでだいぶダメージの蓄積が・・・・・・!」
「そこ! とりゃあッ!!」
ここぞとばかりにユスティの渾身の踵落とし。
「何!?」
(しまった! 今の蓄積じゃ防御はできないし、回避も間に合わねぇ・・・・・・! クソォォ、こんな奴にッ!)
そしてそのまま、体制の崩れたマロムにユスティが渾身の一撃を叩き込む。
「さっきのォォォ、お返しだァァァァ!!!」
「グゥ!? ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
全力を込めた一撃はマロムの胴体に決まった。
そして、2人の落下と同時に、辺りの景色が元に戻っていく。
「ぐっ! うぅ、俺が負けた? バカなッ!?」
上空から2つの光る球体がユスティに吸い寄せらるようにに寄ってきて、そのまま“取り込まれた”。
「ハァ、ハァ・・・・・・勝った? 勝ったの? 私? い、イィヤッタァァァァァァァァァ!!」
彼女は飛び跳ねて喜んだ。
誰が見ても、嬉しそうだと言うぐらいはしゃいで喜んでいる、まるで子供みたいだ。
「どうですか『悪《マロム》』! 『悪』は負ける運命にあるときまってるんですよ!」
「クソッ! 勝ったからっていい気になるな! 次は、次はない! 一応言っといてやるが、覚えてろよ!!」
マロムはそう捨て台詞を言うと、ペンを回収してどこかに行ってしまった。
「流石私です! ピンチを逆手に取ってからの大逆転! これぞ『正義』です! あ、シムもありがとうです! おかげで勝てました!」
ユスティは、別の建物のかげから見ていた僕を見つけると、近づいてきてお礼を言ってきた。
「あ、ああ、こっちもありがとう。守ってくれて」
あんまり守ってもらった感じがしないけど、まぁいいか。
「という訳でシム、これからもよろ――」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼女が話してる途中だったけど、たまらず遮った。
「え? って、あの? 私まだ話してるんですけど?」
「ご、ごめん・・・・・・でも、とにかく説明、詳しい説明を頼む! 何がなんだかさっぱり分からないんだ」
正直、まだ思考が追い付いてこない。というか理解できない。
「わ、分かりました、落ち着いてください! ちゃんと説明しますから。でも、これだけは言わせてください」
「ん?」
「途中で眠ったりしたら、ビンタしますからね」
「・・・・・・え?」
そう言われた瞬間、僕は悟った。
もしかしてコレ、説明長くなるパターン?
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