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改正番:学院編

17話,嫌な再会をしてしまったよう

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「ギャ、ギャリー、様……」
声と表情の圧に青ざめていたハーラン令嬢だが、すぐにギャリーと呼ばれた少年が自分に触れているという事に嬉しさを感じる。肩に置かれた彼の手に自身の手を乗せようとすると、片方の眉を上げたギャリーはその手を彼女の首元に滑らせ絞め持ち上げた。宙吊りになり、ハーラン令嬢は苦しそうに顔を歪める。
「キャッ?!ウっ、ぁ……がはっ……」
「っ、ギャリー止めてください!」
青ざめて立ち上がるレイナにギャリーはハーラン令嬢の首を絞めたままレイナを見て心底不思議そうに首を傾げた。
「何故ですか?貴方様に危害を加える者はこの世に1人として存在してはならない。私が行っている事は至極当然な事、何か問題がありますか?」
何言ってんだこいつ。
鳥肌の立った腕を擦りながらレイナはちらりとハーラン令嬢に視線を送る。限界が近いのかハクハクと口を動かし痙攣していた。静かに唇を噛んだ後、レイナはギャリーににこりと微笑み掛ける。それをレイナの同意と受け取ったのかハーラン令嬢の首を絞める力を強めた時、レイナは前方方向に倒れた。
ギャリーは黒い前髪で隠れ気味な紫の目を見開き、ハーラン令嬢の首を絞めていた手を緩める。彼女は誰も受け止めてくれず重力のままその場に座り込むが、レイナは次の瞬間には頭を床に打ち付けそうになっていた所でふわりと受け止められた。受け身を取り気を失った振りでもしようと思っていたレイナは驚いて思わず顔を上げてしまう。そんな彼女を流れるように立たせたのは妖しく微笑んだテディーだった。
「ご、御機嫌麗しゅう、テディー様。助けてくださりありがとうございます、少し目眩がしよろけてしまって」
「大丈夫?保健室まで付き添おうか」
「いいえ、御心配無く。問題ありません。ハーラン令嬢、助けて差し上げれず申し訳ありません。御無事ですか?」
「あ……あ……、うっ……」
ぐしゃりと顔を歪めて泣き出したハーラン令嬢にレイナは優しい笑みを浮かべたまましゃがみこみ彼女の背中を擦る。その慈悲深い行動に野次馬達は感嘆する。
「何て御優しいの。まさに女神ね」
「あんな無礼をされたのに他人の心配なんて…」
「さすが完璧王女パーフェクトクイーンの異名を持つ御方だ」
「麗しくて文武両道で優しくて……、本当に完全無欠ね」
そう囁かれる事にレイナは内心苦く思いながらも笑みを浮かべ続けた。対してハーラン令嬢はキッとレイナを睨み彼女の手を振り払った後、きゅるるんと目を潤ませながら呆然とした様子のギャリーを見上げる。
「ギャリー様ぁ、怖かったですぅ。それにしてもぉ、ギャリー様もおっちょこちょい何ですねぇ。わたくしの顔が見たかったのでしょう?」
何というポジティブ思考。
首を絞められても尚媚を売るなんて相当なミーハーだなと思いながらレイナはギャリーに視線を送った。するとその者はハッとしたように彼女に跪き頭を垂れた。
この世界で跪くという事は相手が絶対的に上である事を示す事、つまりは何を言われても従うという意向を示した物だ。そんな物はたとえ相手が王女であろうと軽々しく行う事では無い。
「ご機嫌麗しゅう、我が君。大変申し訳ありませんでした、私が御身を受け止める事が出来ず」
「……御久しぶりですね、ギャリー。倒れた件は御気になさらず、貴方のせいではありません」
「あぁ、貴方は何と慈悲深いのでしょうか」
そう言いギャリーは長い睫毛を震わせアメジストのような紫の瞳を伏せる。
ギャリー・エリクソン。レイナとは昔からの顔馴染みで、乙女ゲームの攻略対象。サイコパスなヤンデレキャラである。昔レイナが彼に助け舟を出してから妙に懐かれるようになっていた。実は彼は過去に、レイナを侮辱した侯爵令息が居た時その侯爵家ごと潰した事がある。ちなみに彼は自身の異常さが良く分かっているのでその事をレイナには隠していた。記憶が戻る前のレイナならきつめに嗜めるくらいで終わっただろうが、今のレイナなら極端に距離を置く事だろう。性格の差がみて取れる。
テディーがハーラン令嬢を立たせているのを横目に見ながらレイナが微笑んでギャリーを見つめていると、彼はズイッとレイナに顔を近づけて来た。
突然の事に、キャッ!では無くギャッ!という乙女らしからぬ声を出そうになるのを何とか押さえてレイナは首を傾げる。
「ど、うしましたか?」
「いえ……。レイナ様、何だか変わられましたね」
表情に出さずともレイナは静かに息を飲んだ。レイナが変わった、それは前世の記憶を思い出したからだろう。レイナは眉を寄せ少し悲しそうな顔をしてギャリーを見上げた。
「そうですか?自分では良く分かりませんけれど」
「………、申し訳ありません。私の気のせいでした」
「勘違い?何年も前からレイナちゃんを見てきた君が?へぇ、面白い事もあるんだね」
テディーの言葉にレイナが息の根をかききってやりたい気持ちを押さえていると予鈴がなった。テディーはハーラン令嬢の額にキスをした後、自身の教室に戻っていく。テディーのファンクラブの隊長である侯爵令嬢達はギッとハーラン令嬢を睨んだが気付いていない様子だ。ギャリーは最初こそ無言でレイナの横に膝を付いて居座り続けようとしていたが、鳥肌の立ったレイナの命令により、名残惜しそうに彼女の元を離れ自分の教室に向かう。
教室に入ってきた担任はぎょっとレイナを見たがじろじろ見ると不敬罪となる事を知っている為すぐに視線を反らした。
授業はレイナにとって、退屈以外何物でもなかった。出された問題を解いても、つまらない。授業を聞いても、知っている。結果、彼女がどうしたかと言うと…
「レイナ、久しぶりの授業はどうだった?」
「寝ました!」
「は?」
「寝ました!!」
「は?」
「授業が子守唄みたいで心地よかったです!!!」
その日の夜、『完璧王女パーフェクトクイーン』は国王に怒られたのだった。
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