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4話,勿論枕は持ってかねぇ

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5つの荷馬車に荷物を詰め込む使用人達を窓から眺めるエマヌエーラは、ため息をついて目線を下げた。今日は彼女がフィランダーの宮に越す日で、今は先日から纏めていた荷物を馬車に詰め込んでいる。
頬杖を付きながら彼女はちらりとテーブルに置かれた白い薔薇の花束を横目に見た。そしてまたため息を付く。カップに紅茶を注いでいたピーサレフはそんなエマヌエーラに首を傾げた。
「エマ様、どうしたの?」
「いや、手土産アレでいいんかなって。あいつの好みが分かんねぇんだよ。王太子はディヴェシリド帝国産の紅茶が好きだとか、オルセン商会の砂糖菓子が好物とか有名な噂あんのに。あ、そういやピーレ。おまえこの前王子に何か言われてたじゃん、アレ何?」
「…知らない。ピーレ、あの方に会った事も無いよ」
桃色の髪を揺らしてふるふると首を振るピーサレフに、エマヌエーラはそうかと頷き視線を外す。
(やっぱあいつが誰ともあんまし喋んないからか?王太子とも仲良くないって噂だし)
顎に手を当ててそうしばらく考えていると、まだ注がれた紅茶から湯気が出ているうちに扉がノックされた。扉付近に居たメイドが扉を開くとメイド長が入ってくる。
「失礼致します、準備が完了致しました」
「あぁ。親父達は?まだ挨拶してねぇんだけど」
「当主様は王宮に呼び出されておりいらっしゃりません。奥様はお茶会にお呼ばれしておられます。若様はいらっしゃり、見送りをされたいと玄関でお待ちです」
「分かった」
メイド長の言葉に頷いた後立ち上がり、エマヌエーラは改めて自分の格好に不備がないか確認する。黒い髪はゆったりと上に纏められており、大きな金の簪が刺されている。ドレスはフィランダーの瞳を意識して水色の生地が使われており、彼の髪の色である、金色の複雑な刺繍が所々に施されている。ふんだんにフリルが使われるいつものドレスとは違い、今日は流れるようなゆったりとした服装だ。耳にはサファイアのイヤリング、首には琥珀のネックレス、手首にはブラックダイアモンドのブレスネットを付けてもうじゃらじゃらだ。ピーサレフは背中に付いた、見えるか見えないかくらいの僅かな埃を払った後、テーブルに置かれた薔薇の花束を手に持つ。
それを確認したエマヌエーラはメイドにエスコートされながら玄関へと歩き出した、重さ等感じさせぬ笑みを浮かべて。しばらく壁が白に黒いカーペットが敷かれた廊下を歩いていると、カーペットが赤な為目立つ玄関が見えた。そして思わず目が引かれるような、綺麗な容姿をした自身の弟も。
「姉君っ!」
エマヌエーラを見た瞬間、パァッと嬉しそうに青い目を細め彼女の弟、シーヴァークス=アルヴァレズは駆け寄ってきた。彼はエマヌエーラとは3つ離れた歳で、婚約者も何処から捕まえてきたのか他国の公爵令嬢が既に居る。エマヌエーラ程では無いが公爵令息としては申し分ない実力を持っており、婚約者が決まった13歳の頃までは多くの婚約申請の手紙が来ていた。笑顔で燃やしていたシーヴァークスは、流石エマヌエーラの弟としか言いようが無い。それを知らないエマヌエーラは本当に嬉しそうに笑みを浮かべ、飛び付いてきた“いい子„なシーヴァークスを抱き締めた。
「シーヴァー、おはよう。今日も元気ね」
「おはようございます、姉君。聞いてください、父上酷いんですよ。僕に姉君の婚姻の事を今日の朝まで教えてくださらなかったのだから」
「あら、そうなの。けれど良かったわ、シーヴァーに会えて。宮に住むなんて、しばらく会えないものね。わたくしは王子妃としてしっかり勤めを果たすから、貴方も次期当主として頑張りなさい」
「はい。姉君のおっしゃる通り優良物件も手に入れましたし、今のところ順調です」
天使の笑顔で婚約者を優良物件呼ばわりするシーヴァークスに控えていたメイド達は内心頬をひきつらせたが、エマヌエーラは笑みを浮かべたままシーヴァークスの背中に回していた腕を緩めた。
「じゃあそろそろ行くわね」
既に回していた腕を離したエマヌエーラに反比例するように、シーヴァークスは彼女を抱き締める力を強めた。
「姉君は、いつだって僕だけの物ですよね…?」
幼い頃から良く発せられるそれにエマヌエーラは笑顔で頷く。昔はいつだって僕のだったが。言葉は変われど変わらない感覚のまま彼女は答えた。
「えぇ、わたくしはいつだって貴方だけの姉よ」
「うん、……ありがとうございます」
そう言ってシーヴァークスはエマヌエーラの腰に回していた腕をゆっくりと緩める。そして彼は馬車に視線を送り、軽く右手を上げた。瞬間宙に小さく丸い水が複数現れ、日光を反射しキラキラと光る。シーヴァークスが出した水魔法にエマヌエーラは嬉しそうに微笑んだ。
「姉君に祝福あれ」 
「ありがとう、シーヴァークス。行ってきます」
「いってらっしゃい、姉君」
笑顔で手を振るシーヴァークスを背にエマヌエーラはメイドのエスコートと共に馬車に向かい、御者が開いた馬車の向こうに足を踏み出す。彼女が座り扉が閉められると、数秒してすぐ馬車が発車された。窓の外を見るとシーヴァークスはまだ手を振っており、エマヌエーラは肩をすくめて手を振り返す。馬車の姿が見えなくなると彼はようやく手を下ろした。けれどその手は最後まで下ろされる事は無く、口に運ばれ強く爪を噛んだ。刺すような痛みがあるが、構わず彼は爪を噛み続ける。
「──フィランダー、か。……邪魔だな」
そうぼそりと呟きため息を付いた後、くるりと体を反転させフィランダーは屋敷に戻って行った。
一方その頃、馬車の中でエマヌエーラはこれからのフィランダーへの対応を決めかねていた。
「──ぶりっ子」
「主に無視される部類」
「大人の女性」
「伯爵家のが顔面に傷貰って戻ってた」
「ドS」
「冷酷にドS向けてどうすんだよ、前に誤ってあいつに熱い茶ぶっかけた令嬢が折檻された」
エマヌエーラの言葉にピーサレフはわあ、と小さく口を開く。
2人はフィランダーに気に入られる性格が何か考えていた。完全に演じたら性格が演技だとバレるし、冷酷王子が性格くらいで誰かを受け入れる可能性は低いだろうとエマヌエーラが考えるのを後回しにしていた事だ。けれど常に演じる事は出来ずともふとした時にその性格の方向性の言動が出来るかもしれない。それでピーサレフに案を出させているのだがエマヌエーラは容赦無く却下していた。
「儚げ」
「冷たくあしらわれ玉砕してた王女が居た、あれは笑える」
「明るい」
「うるさいって一蹴されてたな」
「ドM」
「あるんじゃね?」
「国外通報されると思う」
「あ?そうか?つかそれなら言うなよ」
「もう案無い」
真顔で両手を上げて降参ポーズをするピーサレフにエマヌエーラは呆れた表情を浮かべ肩をすくめた。この策は諦め彼女は顎に手を当て他の策を考える。
「後はぁ……、アルヴァレズ家の力を使って気に入られるか、何かしらの恩を売ったり弱味を握ったりするか、くらいだな」
自身が仕えている主の性格の悪さを再認識したピーサレフはエマヌエーラからそっと視線を反らす。すると途端に道が険しくなりエマヌエーラは眉を寄せて窓の外を見た。彼女の目に木々の向こうににあるフィランダーの宮が映る。
(後少しの辛抱か…)
そう思いエマヌエーラは口元を手で覆いしばらく馬車に揺られ続ける。宮に着き気持ち悪さを隠して笑みを浮かべながら、彼女はエスコートの為に差し伸べられた手に手を重ねた。ふとその手がいつもの御者と違い細く滑りがいいと感じ、エマヌエーラはエスコート相手に視線を向ける。すると、なんとその手の主は御者では無くフィランダーだった。
(あ?!)
エマヌエーラは大きく目を見開いて思わず手を引いてしまったが、フィランダーは逃がさないと言わんばかりに強く掴んでその手を引き寄せる。彼女は数歩踏み出し何とかバランスを保って呆然とフィランダーを見上げた。
「フィ、ランダー様……」
笑みを浮かべる事も忘れ、彼女は相変わらず冷たい水色を宿している目を見つめる。表情を変えずふいっと目を反らしたフィランダーに、エマヌエーラはハッとし慌ててカーテシーをした。
「ご、御挨拶申し上げます。申し訳ありません、出迎えてくださるなんて。光栄にございます」
そう微笑み顔を上げたエマヌエーラに彼はちらりと視線を向けた後、無言でくいっと彼女の手を軽く引いて歩き出した。慌てて足を動かすエマヌエーラは、ちらりとフィランダーの顔を見上げる。その表情からは今も何も読み取れ無ず、真っ直ぐ進行方向を見つめていた。
(何がしたいんだ…)
相手の狙いが分からないエマヌエーラは、笑みを浮かべながら内心酷くフィランダーを警戒していた。
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