【完結】お望み通り、丸裸にして差し上げますわ。

雲井咲穂(くもいさほ)

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3、「お役に立てるなら喜んで。」

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 花園でのお茶会から数か月後。

 天井で黄金の輝きを反射するシャンデリアのパーツを見上げながら、この度の会場となった王の離宮の控えの間で、レヴィローズは一人ぼんやりと時間を潰していた。

 侍女によって美しく整えられた薄紅色のドレスの裾を扇を持つ指先で持ち上げたり、裾をはたいたりしながら人を待っている。

「こんなことなら、成績、手を抜いておけばよかった」

 どんなことでも全力投球してしまうわが身の不器用さと家訓を呪ってしまう。

 ドレスと同じ色で仕上げられたきめの細かいサテン地の長手袋で指先を握ったり開いたりしながら、長く細くため息を吐く。

 成績優秀者を表彰する国王主催の小規模饗宴に、学年最優秀者代表として出席しなければならなくなったのだ。最終学年の生徒はすべて出席が義務づけられ、他下位の二学年は成績優秀者男女合わせて各六名のみが出席を許される。

 最終学年の生徒の両親はもちろん、婚約者がいればパートナーを会場までエスコートしなければならないので、警護や給仕の数も合わせると小規模とはいえ相当な数に上る。

 卒業後の進路は結婚、ではなく領地直轄の騎士団に入団することが決まっている為、王都を離れることになるのだけが唯一の救いだ。それによって、婚姻と共に王族となるクリステアとはおいそれと会えなくなってしまうのだが。

「お待たせをして申し訳ありません」

 ―――気配がなかった。

 ハッとして顔を上げれば、数歩先に儀礼用の騎士団の礼服を纏った紳士が立っていた。

 精緻で美しい金刺繍が施された濃紺色の騎士団の盛装だ。

 主に国事に関わる式典や王侯貴族揃い踏みの警備の際に騎士団が着用することが多い。本来であれば利き手と反対側の腰に佩刀しているはずだが、彼にはそれが見当たらない。

「アッシェンバッハ嬢?」

 訝しんで屈みこんだ青年の薄い緑色の瞳がすぐ目の前にある。

 考え事をしていたとはいえ、王の剣を称する一族の長姫としてあるまじき失態。

 さらにばつが悪いのは、ちょっとした動揺を見破られてしまったようだ。

「あの、怒っておられますか?」

 幸いなことに心の内までは見透かされていないようだと安堵して、レヴィローズはゆるりと首を振った。

 それよりも、と前置いて頭一つ分背の高い青年を申し訳なさそうな表情で見上げる。

「いいえ。心から感謝しております。ニーグランド伯爵。騎士団が本日の警護を担っていることは父や兄から聞いて存じております。仕事中のご多忙な中、私の我儘にお付き合いいただくことになってしまい、誠に申し訳ございません」

 会釈をして貴族令嬢らしく礼を取れば、ニーグランドは少し寂しそうに微笑んで、胸に白い手袋を嵌めた手を添えて騎士の礼を返す。

「いえ。ウェルドライク侯爵令嬢たってのご指名と伺っておりますし、輝くばかりに美しいアッシェンバッハ嬢のエスコートをお任せいただけるとは、身に余る栄誉です」

 そう。

 実は第二王子の妨害を受けて学内でエスコート相手を探すどころではなかったというのが裏側の事実だ。

「俺でお役に立てるのでしたら喜んで」

 にこりと嫌味なく微笑まれれば、申し訳なさ過ぎて項垂れるしかない。

 ニルヴェルト・フォン・ニーグランド。

 王の剣であるアッシェンバッハと双璧を成す、王の盾と称されるニーグランド伯爵家。

 早くして父を病で失い、若くしてその家督を継いだ当主である青年が彼だという。

 家格も歴史もニーグランドの方が上であるのに、身分も年齢も下の自分に真摯に対応してくれるなんてなんて出来た人間なんだ。

 何故こんな真面目で誠実な青年があの第二王子の護衛におさまっていたのだろうか。

 もっと別の、それこそ第一王子の護衛騎士や末の王子の護衛でも十分務まるはずだ。

 思い上がりかもしれないが、自分の存在さえなければ出世街道まっしぐらだったのではないかと考え至り、彼の名誉を傷つけることに繋がりかねない為、口には出せないが益々非常に申し訳ない気持ちになってきた。

 王子の特殊な要望を退け、部屋から逃がしてくれた目の前の護衛騎士はその日中に任を解かれることになったとクリステアから知らされた。

 その後は、騎士団に戻らずに彼女の護衛騎士として召し上げられたと聞いていたのでほっとしたが。

 そういえば、先日の花園にも遠目にその姿があったようななかったような。

 花園でのお茶会の後、クリステアがどのように手を回したのかはわからないが、第二王子の表立っての妨害としか思えない嫌がらせ、もとい、熱烈な求愛行動はすっかり納まった。

「一連の出来事のせいで、エスコトート相手を探すどころの物件ではなくなったところを、温情でお助けいただいたことは感謝の念に堪えません」

 いやほんと。

 マジであの二人のせいで、エスコートの相手探しがかなり難航し、こちらから声をかけても連続で何度も断られるという辛い体験を経験させてもらったからね。

 まるで腫れものを扱うような微妙な距離が一部生徒、特に男子生徒との間に生まれたことに関して、レヴィローズは多少恨んでいい気もする。

「君に気安く声をかけたと知られれば、特に侯爵令嬢を敵に回すことになるからね」

 アハハ、と他人事のように笑われて、レヴィローズは頭痛を押さえるように額に手をやる。

「まあ、そのおかげで俺としては願ったり、叶ったりなんですが。実においしい役どころです」

「お戯れを」

「いえ。本音を言うと、俺をエスコート役にと押してくださった令嬢には感謝してもし足りないほどです。こういう学内の宴は、我々のような卒業した部外者にとっては縁のないものですから。貴女のパートナーがどのような人なのか、ヒヤヒヤ見守っていた身の上ですので」

 苦笑しながら慣れた手つきで片腕を差し出す。

 その隙間に、そろそろと手を伸べて淡く絡めさせ、いざ行かんとばかりに表情を引き締めると決戦の場へと至る扉へと視線を縫い留めた。


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