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5、「お望み通り、丸裸にして差し上げますわ。」その1
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なんだか胃が痛くなってきた。
貴婦人然とした佇まいで王の激励の言葉を聞くふりをしながら、レヴィローズは気が気ではなかった。エスコート役のニルヴェルトはレヴィローズが壇上に上がるまで付き添い、他の表彰者たちと並ぶとゆっくりと壇を折りてしまった。あとで階段から降りる時に再度上がってきてくれるとはいえ、この場に一人で立たされているような恐怖に胃がキリキリする。
というのは。
先ほどからちらちらと王の背中越しに不穏な動きをしている第二王子レングルトの挙動が怪しいからだ。
出たり引っ込んだり、かと思えば悦に入ったような表情をしたりでたいそう気持ちが悪い。
さらに言えば、傍らに立つクリステアが美しい表情を微動だにさせず、笑顔で王子を威圧しているからでもあった。
騎士の家の出身で、父親は騎士団長。妹馬鹿な兄はあれでも一つの小隊を任される隊長である。その王の剣たる一族出身の自分が、隣から発せられる親友の殺気に怖気づく日が来るなんて。
出来ればすぐにでもこの場から逃げたいのだが、王の言葉が完全に終わりきるまでの退出は不敬に当たる。
なんだこれ、表彰じゃなくて罰ゲームだったの。
全神経を集中させ、表情を表に出さないように必死でコントロールするのだが、異様な空気を感じてしまい生唾を呑みこむのが精いっぱいである。
「卒業してからも、己の研鑽を続けるように」
締めくくられた王の言葉にうち揃って礼を取り、先に与えられたサッシュとメダルを階下の聴衆に見えるように、男性側から一人ずつ披露していく。披露が終われば一人ずつ粛々と階下に下がっていく。
歓声が上がり、拍手で空間が満たされる。
次は女性の第三位が歩き出し、エスコート役の男性が優雅に手を取って降り始めた、まさにその時だった。
「父上」
大きくも小さくもない。
だがはっきりとした声音でレングルトが先に動いた。
「お待ちくださいませ」
遮るようにレヴィローズの傍らで王子の様子を注意深く観察していたらしいクリステアが声を上げる。
「なんだお前。不敬だぞ。下位の者が上位のものの言葉を遮るなど」
「殿下。不敬であることは重々承知いたしておりますが、この場で何をなさろうとお考えですか?」
普段のクリステアから想像もつかない、冷え冷えとした声音が凛と空気を打つ。
ざわ、と異変を察知した者たちが訝しむように壇上に視線を注ぐ。
「お前にも関係があることだから」
「その前に、内容については陛下も、妃殿下もご承知おきのことでございますか?」
「は?」
一拍置いて、クリステアは背後に控えていた侍女に自らが授与されたメダルとサシェを手渡すと、国王と王妃の目の前で深々と跪く。
「クリステア!」
「あなたは黙っていなさい、レングルト」
王妃が鋭く息子の言を封じ、愁いを帯びた瞳でクリステアに視線を注ぐ。
「クリステア。許します。お話しなさい」
「先日お話を聞いていただきました案件につきまして、この場で審らかにしたきことがございます」
王は一瞬、う、と顔を曇らせたが、王妃は紅色の唇を面映ゆそうに歪めて首肯する。
「幼き頃より己を殺し、努力を重ねてきたウェルドライク侯爵令嬢たっての頼みです。陛下、既に了承したではありませんか。往生際が悪いと示しがつきませんよ」
「だが…、あれは…その」
「陛下」
「わかった…」
煮え切らない夫だこと。
呟いて、王妃はにこやかに微笑んだ。
「存分におやりなさい。用意を」
言うや否や、王妃の背後に控えていた騎士が大きな金属の花を伴う四角い箱を持って現れた。
「あれは?」
「蓄音機?随分珍しい品物ね」
黒銀の大きな百合の花のようなホーンを持つ大型の音声再生装置だ。
装置はクリステアの前を通り過ぎ、別の騎士が持ってきた猫脚の台座の上にそっと設置される。
「レヴィ」
傍らに立つクリステアが不安げに瞳を揺らしている。
「あなたはまた嫌な思いをするかもしれないけれど。今日が終わればもう二度と、貴女に不快な思いをさせないと約束しますわ。わたくしのこの命にかけて。だから、信じてくださいますか?」
以前花園で彼女は言った。
表立って友であるレヴィローズを助けることができず、悔しいと。
そして、表立たない方法で彼女は時間を使って約束を果たそうとしている。
彼女は言った。
社会的に抹殺すると。
それがどんな意味を持つのか、聡い彼女のことだ。
十二分に理解しているはず。
根回しをし、時とお金とコネを使って逃げ道すら用意して、今日この時をずっと待っていたはずだ。
占いによって王族の婚約者が決める、この国のルールを嫌悪する彼女だからこそ。
「お望み通り、丸裸にして差し上げましょう」
自らの道は、自らで切り開く。
レヴィローズは悠然とほほ笑み、クリステアの菫色の瞳をまっすぐ見返して頷いた。
親友は覚悟を決めた表情で蓄音機で音声を再生するように指示を出した。
「お望み通り、丸裸にして差し上げますわ!―――音声の再生を」
レングルトはそれが何かに気づき、絶叫を上げて蓄音機に突進したが、王の命によって騎士によって拘束され、その場に引き倒された。
貴婦人然とした佇まいで王の激励の言葉を聞くふりをしながら、レヴィローズは気が気ではなかった。エスコート役のニルヴェルトはレヴィローズが壇上に上がるまで付き添い、他の表彰者たちと並ぶとゆっくりと壇を折りてしまった。あとで階段から降りる時に再度上がってきてくれるとはいえ、この場に一人で立たされているような恐怖に胃がキリキリする。
というのは。
先ほどからちらちらと王の背中越しに不穏な動きをしている第二王子レングルトの挙動が怪しいからだ。
出たり引っ込んだり、かと思えば悦に入ったような表情をしたりでたいそう気持ちが悪い。
さらに言えば、傍らに立つクリステアが美しい表情を微動だにさせず、笑顔で王子を威圧しているからでもあった。
騎士の家の出身で、父親は騎士団長。妹馬鹿な兄はあれでも一つの小隊を任される隊長である。その王の剣たる一族出身の自分が、隣から発せられる親友の殺気に怖気づく日が来るなんて。
出来ればすぐにでもこの場から逃げたいのだが、王の言葉が完全に終わりきるまでの退出は不敬に当たる。
なんだこれ、表彰じゃなくて罰ゲームだったの。
全神経を集中させ、表情を表に出さないように必死でコントロールするのだが、異様な空気を感じてしまい生唾を呑みこむのが精いっぱいである。
「卒業してからも、己の研鑽を続けるように」
締めくくられた王の言葉にうち揃って礼を取り、先に与えられたサッシュとメダルを階下の聴衆に見えるように、男性側から一人ずつ披露していく。披露が終われば一人ずつ粛々と階下に下がっていく。
歓声が上がり、拍手で空間が満たされる。
次は女性の第三位が歩き出し、エスコート役の男性が優雅に手を取って降り始めた、まさにその時だった。
「父上」
大きくも小さくもない。
だがはっきりとした声音でレングルトが先に動いた。
「お待ちくださいませ」
遮るようにレヴィローズの傍らで王子の様子を注意深く観察していたらしいクリステアが声を上げる。
「なんだお前。不敬だぞ。下位の者が上位のものの言葉を遮るなど」
「殿下。不敬であることは重々承知いたしておりますが、この場で何をなさろうとお考えですか?」
普段のクリステアから想像もつかない、冷え冷えとした声音が凛と空気を打つ。
ざわ、と異変を察知した者たちが訝しむように壇上に視線を注ぐ。
「お前にも関係があることだから」
「その前に、内容については陛下も、妃殿下もご承知おきのことでございますか?」
「は?」
一拍置いて、クリステアは背後に控えていた侍女に自らが授与されたメダルとサシェを手渡すと、国王と王妃の目の前で深々と跪く。
「クリステア!」
「あなたは黙っていなさい、レングルト」
王妃が鋭く息子の言を封じ、愁いを帯びた瞳でクリステアに視線を注ぐ。
「クリステア。許します。お話しなさい」
「先日お話を聞いていただきました案件につきまして、この場で審らかにしたきことがございます」
王は一瞬、う、と顔を曇らせたが、王妃は紅色の唇を面映ゆそうに歪めて首肯する。
「幼き頃より己を殺し、努力を重ねてきたウェルドライク侯爵令嬢たっての頼みです。陛下、既に了承したではありませんか。往生際が悪いと示しがつきませんよ」
「だが…、あれは…その」
「陛下」
「わかった…」
煮え切らない夫だこと。
呟いて、王妃はにこやかに微笑んだ。
「存分におやりなさい。用意を」
言うや否や、王妃の背後に控えていた騎士が大きな金属の花を伴う四角い箱を持って現れた。
「あれは?」
「蓄音機?随分珍しい品物ね」
黒銀の大きな百合の花のようなホーンを持つ大型の音声再生装置だ。
装置はクリステアの前を通り過ぎ、別の騎士が持ってきた猫脚の台座の上にそっと設置される。
「レヴィ」
傍らに立つクリステアが不安げに瞳を揺らしている。
「あなたはまた嫌な思いをするかもしれないけれど。今日が終わればもう二度と、貴女に不快な思いをさせないと約束しますわ。わたくしのこの命にかけて。だから、信じてくださいますか?」
以前花園で彼女は言った。
表立って友であるレヴィローズを助けることができず、悔しいと。
そして、表立たない方法で彼女は時間を使って約束を果たそうとしている。
彼女は言った。
社会的に抹殺すると。
それがどんな意味を持つのか、聡い彼女のことだ。
十二分に理解しているはず。
根回しをし、時とお金とコネを使って逃げ道すら用意して、今日この時をずっと待っていたはずだ。
占いによって王族の婚約者が決める、この国のルールを嫌悪する彼女だからこそ。
「お望み通り、丸裸にして差し上げましょう」
自らの道は、自らで切り開く。
レヴィローズは悠然とほほ笑み、クリステアの菫色の瞳をまっすぐ見返して頷いた。
親友は覚悟を決めた表情で蓄音機で音声を再生するように指示を出した。
「お望み通り、丸裸にして差し上げますわ!―――音声の再生を」
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