異世界でも保育士やってます~転生先に希望条件が反映されてないんですが!?~

こじまき

文字の大きさ
55 / 84

55 優等生の焦燥

しおりを挟む
音がしたほうへ進むと、小さな足が大きな小麦粉の袋の陰に隠れるように縮められた。

「アドリアンくん…!?」

大人が入り込めないような袋と袋の隙間で縮こまっていたのは、アドリアンくんだった。青い目で怯えたようにこっちを見ている。私は安堵でへなへなっと腰が抜けそうになり、震える声で呼びかける。

「大丈夫、サティだよ」
「サティ様…」
「来て。ぎゅっとさせて」

アドリアンくんはずりずりっと三角座りのまま進んでくる。いつもきれいに整えられている茶色の髪は乱れ、小麦粉を被っていた。私はぎゅうっとアドリアンくんを抱きしめて、彼の体温に安心する。

「無事で良かった…」
「叱らないのですか、サティ様。僕は勝手に家を出てきて…いっぱい迷惑をかけて、きっと公爵家は大騒ぎで…」

わかってるなら、今私が叱る必要はない。叱るだけ自己満足ってもんだ。だから私は彼を抱きしめたままで聞く。

「理由があったんでしょ?」

アドリアンくんは何も言わない。彼の目を覗き込むと、彼はちょっと唇を噛んだ。

「…怖くて」
「何が怖いの?」
「僕に価値がないこと。それにみんなが気づくこと」

価値がないだなんて。こんな小さな子が、可能性に満ち溢れた子が、自分に価値がないと思うだなんて。一体どうなってるの。

でも今、否定はできない。「王太子の養育係」である私が否定したら、この子はきっと思いを吐き出せなくなってしまうから。

「どうして自分に価値がないと思うの?」
「だって…」

アドリアンくんはぽつりぽつりと話し始める。

彼はレオくんが王城に帰ってきて以降、自分がレオくんの最側近になるのだと、信じて疑わなかった。両親にも常々そう言われていたし、家柄にも、自分が身につけてきたマナーにも勉強にも絶対の自信があったから。

初めてママ友会に参加した日も、ユリウスくんは滑り台を頭から滑って注意され、リオネルくんはおどおどしていて、ルカスくんは問題児。レオくんの側近ムーブができているのは自分だけだった。

「それを見て母上が嬉しそうにしているのが、僕は何より嬉しかったんです」

強くて立派な父。いつも正しく美しい母。彼は両親の期待に、完璧に応えていた。

けれど風向きが変わり始めた。

ルカスくんが問題児ではなく恐ろしい記憶力と知識量を備えた天才だとわかり、ユリウスくんは人懐こい性格と大きな声で場の雰囲気を明るくし、リオネルくんはその繊細さでみんなを救い国王陛下の前で褒められた。

「それに王太子殿下も…」

アドリアンくんから見たレオくんは、「砂場で夢中になって遊ぶ、王太子にしては精神年齢の幼い男の子」だった。なのに社会見学では小麦ひとつで国民の生活を思い、魔法師団の団長には威厳を示した。そしてレオくんをそばで支えたのは、自分が「守るべきもの」と認識していた自分の妹だった。

「なのに僕だけが何にもできないって…何も得意なものがないってわかって…」

怖くなって家を抜け出し、だけどどこにも行くところがなくて、思いついたのがみんなで来た風車小屋だった。隠れながら一生小麦を食べて暮らそうと思ったらしい。

「ロゼマリアは王太子妃の候補の中でもすば抜けて可愛くて賢いのに、兄の僕がこんなことではだめです。お父様にもお母様にも、家のみんなにも幻滅されてしまいます」

兄バカがすごいのは気になるけど、そんなことを言ってる場合ではない。私は彼を抱きしめながら、茶色の髪をそっと撫でる。ふわふわして柔らかい、子どもの髪の毛。彼がまだ幼い証。

「ねえアドリアンくん、どうやったって他の人にはなれないよ」
「でもそれじゃ、僕は…」
「他の人じゃなくて、もっといいアドリアンくんになればいいの。だって他の誰とも違う、アドリアンくんの良さがあるんだもの」
「僕の良さ?」
「こんなに思い悩むってことは、それだけ頑張ってきたってことだよね。真剣に考えないと、悩まないもん。いっぱい悩んで考えて頑張れるって、すごい才能だと思う」
「僕の、才能…」
「そう。それにみんなのことをすごいなって思うってことは、みんなのいいところに気づいたってこと。それだって、気づけない人は気づけないんだよ」

アドリアンくんの目からは、あとからあとから涙が溢れてくる。

「アドリアンくんにも、得意なことがたくさんあるよ」

私は彼が落ち着くまで背中をさすりながら待って、風車守さんご夫婦にご挨拶して、アドリアンくんとクロに乗った。

クロは行きと違って、背中のアドリアンくんを気遣ってゆっくりと空に舞い上がる。SNSでバズる、子どもに優しい大型犬みたい。

「そう言えばアドリアンくん、昨日の夜から何も食べてないんじゃない?」
「はい」
「じゃあお腹空いてるね!何か食べてから帰ろ!」
「え、でも…早く帰らないと…」

大丈夫。ときにはちょっと寄り道して休んだっていいの。

「何も食べないで倒れちゃったら、それこそ大変だもん!私もお腹空いたし、クロの速さなら寄り道したってすぐ帰れるし」
「でも…」
「もし遅いって怒られたら、私のせいだから!ね?」
「はい…」

クロはUターンして王都に背を向け、風車小屋があるエリアを通り過ぎ、「田舎カフェ」みたいな、テラス席もある雰囲気のいいお店の前に着地してくれた。グルメガイドもできるドラゴン、最高かよ。

座れば全自動で料理が出てくる生活をしているお坊ちゃまが、メニューを見てドキドキしながら「今日のパンとハムサラダのセット」を注文して、ワンプレートのランチやワンセットしかないスプーン&フォークに戸惑っている。

子どもの「初めて」に立ち会える瞬間って、キラキラ輝いてて、震えるくらいに温かくて、嬉しい。

「どうだった?」
「…何だか、今までで一番美味しく感じました」
「そっか、よかった」

そろそろ帰らなくちゃ。待っている人がいるから。

「帰れる?」
「…はい」

クロの背に乗ろうとすると、アドリアンくんはすっと手を差し出してくれた。

「サティ様、お手を」
「ふふ…ありがとう、小さな騎士さん」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

追放された地味探索者、実は隠された伝説級スキルの持ち主でした~気付いたら無自覚に最強ハーレムを築いていた件~

fuwamofu
ファンタジー
地味で目立たない探索者アレンは、仲間に「足手まとい」と罵られパーティを追放された。だが実は彼のスキル【探索眼】は、古代英雄の力を見抜く唯一の能力だった! 鉱山の奥で偶然出会った少女を救ったことから、運命が動き出す。 魔王軍、古代遺跡、神々の争い——すべての鍵を握るのは「ただの探索者」だった男。彼は気付かぬうちに、世界を救い、そして多くの少女たちの心をつかんでいく。 地味だけど最強、無自覚だけどモテまくり。これは世界を変えた謙虚な英雄の物語である。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜

あいみ
ファンタジー
亡き祖父母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。 困っている人がいればすぐに駆け付ける。 人が良すぎると周りからはよく怒られていた。 「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」 それは口癖。 最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。 偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。 両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。 優しく手を差し伸べられる存在になりたい。 変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。 目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。 そのはずだった。 不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……? 人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

処理中です...