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54 家出少年
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今日のママ友会、シルヴァーナ公爵家は欠席だ。「夏風邪かな?」と思っていたら、バルツァー侯爵夫人が私にそっと耳打ちした。
「アドリアン様が行方不明だそうです」
「行方不明!?」
バルツァー侯爵夫人は「どこにも出ていない情報ですから、ご内密に」と私の口を塞ぐ。私は声を低く小さくした。
「ま、まさか誘拐…?」
「シルヴァーナ公爵家は大金持ちですから、その可能性もありますわ。まだ身代金の要求はないようですが」
私はぎゅうっと胸の前で手を握った。アドリアンくん、どうか無事でいて。シルヴァーナ公爵夫人やロゼマリアちゃんはどれだけ心配しているだろう。なにか私にできることはないだろうか。そうだ、アロイスさんに頼んで捜索してもらうとか…
「しかしシルヴァーナ公爵家の厳重な警備を潜り抜けてアドリアンを誘拐するなど、そうそうできることではありません」と、ぬっとルカスくんが会話に入ってきて、バルツァー侯爵夫人は「きゃっ」と椅子から落ちそうになって胸を押さえた。
「ルカスくん、びっくりさせないで…!っていうか、なんでルカスくんまで知ってるの。どこにも出てない情報なんでしょ?」
「ライバルとなる家門にスパイを潜り込ませるのが、貴族の常です」
バルツァー侯爵夫人が気まずそうに目を逸らして、扇子で口を隠す。つまりは肯定だ。私、すごい世界に来たんだな。
「確かにシルヴァーナ公爵邸の警備は王城並みですの。あの屋敷からアドリアン様を誘拐するなど、不可能に近い状態ですわ」とリヒターフェルト侯爵夫人も入ってくる。「そもそも誘拐するのであれば、王太子妃候補に名を連ねているロゼマリア様にも価値はあるわけです。むしろより非力なロゼマリア様のほうが誘拐しやすいはずですわ」とザイデルベルグ伯爵夫人。
なんかさ、もうみんな知ってるじゃん。小声で話す意味ある?
「ってことは…」
「公爵家嫡子しか知らない隠し通路を使って、家出したのではないかと」とルカスくん。あの「品行方正」を人の形にしたらこうなるんだろうなっていうアドリアンくんが、家出?全然想像できないけど…
「僕の側近になるのが、嫌になったのかな?」と、いつの間にかテーブルの側に来ていたレオくんが眉を下げる。
「そ、そんなことないと思うけど…」
「サティ。僕を探してくれたときみたいに、クロにアドリアンを探してもらえないかな?ロゼマリア嬢も心配しているだろうし…」
だけど魔法師団の詰め所につくってもらったドラゴン小屋で昼寝していたクロは、「アドリアンって誰?顔も匂いも知らないし、探しようがないんだけど」という顔をした。
「そりゃそうですよね…」
私はシルヴァーナ公爵夫人に「行方不明がもし事実なら、力になりたい」と連絡して、彼の肖像画と使っていた枕を持ってきてもらった。
クロは面倒くさそうに枕の匂いを嗅ぎ、大きくなった翼を広げる。その姿はかなりの迫力だ。
「アドリアンくんを怖がらせないでね」
「それはどうしようもない」という顔でクロは飛び立った。
ーーー
クロは簡単にアドリアンくんを見つけたらしく、すぐ戻って来た。そして私に「背中に乗れ」と目で言う。出会ったときにはテオくんの肩に乗れるくらい小さかったクロだけど、今はもうおじいちゃん家のロバくらい大きい。だから乗ろうと思えば乗れるのだ。
シルヴァーナ公爵夫人が「母である私が行きませんと」、レオくんが「僕も一緒に」、騒ぎを聞いて駆け付けたテオくんが「俺が代わりに」と言う。だけどクロは尻尾を振って拒否した。
「私だけ?」
シルヴァーナ公爵夫人に「ちゃんと連れて帰ってきますから」と約束して、クロの背中に乗った。
「あ、ちょっと待ってこれ。どこ持てばいいのクロ、何か手綱的な物はないの…ってうああああああっ!!」
クロは急上昇して、私はクロの首に思い切りしがみつく。
「速すぎるってクロ!」
クロは「ぐふ」と笑う。確実にわざとやってる。昼寝を邪魔されてこき使われた仕返しなのだろうか。
「でも緊急事態なんだからさあああああ!!」
いきなり右に旋回されて、速すぎて落ちそうで怖いし、空からの景色を楽しむ余裕もない。私たちを先導役にしようとしたシルヴァーナ公爵家の騎士さんたちも、あっという間に見えなくなる。ただただ私がひとりで騒いでいる間にクロは今度は急降下して、地面に降り立った。
「死ぬかと思ったじゃん…!て、あれ、ここって…」
社会見学で来た風車小屋。
目を点にした風車守さんご夫婦が小屋から出てくる。ドラゴンに乗った女が空から急降下してくるなんて、そりゃびっくりだろう。アポなしでごめんなさい。
「王太子殿下の養育係のサティ様…?今日はどんな御用で…?」
私は乱れまくった髪を整えながら聞く。空を飛んでも髪が乱れないヒロインとか、まじでおとぎ話だから。
「あの、アドリアンくんをお見かけになりませんでしたか?茶色の髪に青い目の男の子です」
「見学に来てくださった、シルヴァーナ公爵の坊ちゃまですか?いいえ、お見かけしていませんが…」
クロはふいっと倉庫のような建物に鼻を向けた。
「あの建物は何ですか?」
「小麦粉を保管しておくための倉庫です」
「もし差し支えなければ、倉庫の中を見せていただけないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが…」
重い扉を開けると、粉っぽくて暗い倉庫に光が入る。
「アドリアンくん、いる…?」
声をかけると、中からカサリと音がした。
「アドリアン様が行方不明だそうです」
「行方不明!?」
バルツァー侯爵夫人は「どこにも出ていない情報ですから、ご内密に」と私の口を塞ぐ。私は声を低く小さくした。
「ま、まさか誘拐…?」
「シルヴァーナ公爵家は大金持ちですから、その可能性もありますわ。まだ身代金の要求はないようですが」
私はぎゅうっと胸の前で手を握った。アドリアンくん、どうか無事でいて。シルヴァーナ公爵夫人やロゼマリアちゃんはどれだけ心配しているだろう。なにか私にできることはないだろうか。そうだ、アロイスさんに頼んで捜索してもらうとか…
「しかしシルヴァーナ公爵家の厳重な警備を潜り抜けてアドリアンを誘拐するなど、そうそうできることではありません」と、ぬっとルカスくんが会話に入ってきて、バルツァー侯爵夫人は「きゃっ」と椅子から落ちそうになって胸を押さえた。
「ルカスくん、びっくりさせないで…!っていうか、なんでルカスくんまで知ってるの。どこにも出てない情報なんでしょ?」
「ライバルとなる家門にスパイを潜り込ませるのが、貴族の常です」
バルツァー侯爵夫人が気まずそうに目を逸らして、扇子で口を隠す。つまりは肯定だ。私、すごい世界に来たんだな。
「確かにシルヴァーナ公爵邸の警備は王城並みですの。あの屋敷からアドリアン様を誘拐するなど、不可能に近い状態ですわ」とリヒターフェルト侯爵夫人も入ってくる。「そもそも誘拐するのであれば、王太子妃候補に名を連ねているロゼマリア様にも価値はあるわけです。むしろより非力なロゼマリア様のほうが誘拐しやすいはずですわ」とザイデルベルグ伯爵夫人。
なんかさ、もうみんな知ってるじゃん。小声で話す意味ある?
「ってことは…」
「公爵家嫡子しか知らない隠し通路を使って、家出したのではないかと」とルカスくん。あの「品行方正」を人の形にしたらこうなるんだろうなっていうアドリアンくんが、家出?全然想像できないけど…
「僕の側近になるのが、嫌になったのかな?」と、いつの間にかテーブルの側に来ていたレオくんが眉を下げる。
「そ、そんなことないと思うけど…」
「サティ。僕を探してくれたときみたいに、クロにアドリアンを探してもらえないかな?ロゼマリア嬢も心配しているだろうし…」
だけど魔法師団の詰め所につくってもらったドラゴン小屋で昼寝していたクロは、「アドリアンって誰?顔も匂いも知らないし、探しようがないんだけど」という顔をした。
「そりゃそうですよね…」
私はシルヴァーナ公爵夫人に「行方不明がもし事実なら、力になりたい」と連絡して、彼の肖像画と使っていた枕を持ってきてもらった。
クロは面倒くさそうに枕の匂いを嗅ぎ、大きくなった翼を広げる。その姿はかなりの迫力だ。
「アドリアンくんを怖がらせないでね」
「それはどうしようもない」という顔でクロは飛び立った。
ーーー
クロは簡単にアドリアンくんを見つけたらしく、すぐ戻って来た。そして私に「背中に乗れ」と目で言う。出会ったときにはテオくんの肩に乗れるくらい小さかったクロだけど、今はもうおじいちゃん家のロバくらい大きい。だから乗ろうと思えば乗れるのだ。
シルヴァーナ公爵夫人が「母である私が行きませんと」、レオくんが「僕も一緒に」、騒ぎを聞いて駆け付けたテオくんが「俺が代わりに」と言う。だけどクロは尻尾を振って拒否した。
「私だけ?」
シルヴァーナ公爵夫人に「ちゃんと連れて帰ってきますから」と約束して、クロの背中に乗った。
「あ、ちょっと待ってこれ。どこ持てばいいのクロ、何か手綱的な物はないの…ってうああああああっ!!」
クロは急上昇して、私はクロの首に思い切りしがみつく。
「速すぎるってクロ!」
クロは「ぐふ」と笑う。確実にわざとやってる。昼寝を邪魔されてこき使われた仕返しなのだろうか。
「でも緊急事態なんだからさあああああ!!」
いきなり右に旋回されて、速すぎて落ちそうで怖いし、空からの景色を楽しむ余裕もない。私たちを先導役にしようとしたシルヴァーナ公爵家の騎士さんたちも、あっという間に見えなくなる。ただただ私がひとりで騒いでいる間にクロは今度は急降下して、地面に降り立った。
「死ぬかと思ったじゃん…!て、あれ、ここって…」
社会見学で来た風車小屋。
目を点にした風車守さんご夫婦が小屋から出てくる。ドラゴンに乗った女が空から急降下してくるなんて、そりゃびっくりだろう。アポなしでごめんなさい。
「王太子殿下の養育係のサティ様…?今日はどんな御用で…?」
私は乱れまくった髪を整えながら聞く。空を飛んでも髪が乱れないヒロインとか、まじでおとぎ話だから。
「あの、アドリアンくんをお見かけになりませんでしたか?茶色の髪に青い目の男の子です」
「見学に来てくださった、シルヴァーナ公爵の坊ちゃまですか?いいえ、お見かけしていませんが…」
クロはふいっと倉庫のような建物に鼻を向けた。
「あの建物は何ですか?」
「小麦粉を保管しておくための倉庫です」
「もし差し支えなければ、倉庫の中を見せていただけないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが…」
重い扉を開けると、粉っぽくて暗い倉庫に光が入る。
「アドリアンくん、いる…?」
声をかけると、中からカサリと音がした。
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